嘘つきはだあれ?
「どんな謎も、この私にお任せあれです!!」
胸を張り、高らかに宣言する少女。
その顔は溢れんばかりに輝いており、赤縁メガネの奥の瞳も好奇心でキラキラとしている。
普通であれば魅力的に見えたかもしれない。しかし俺の脳内では警報が鳴り響く。この女にこれ以上関わるのはまずい、と。
「…………そうか、じゃあ頑張ってくれ」
今度こそ本当にこの場を離れようとする。しかしーー
「いやいや、待ってくださいよ。何1人で行っちゃおうとするんですか?」
「離せ! 制服がシワになるだろうが! つうかもういいじゃん、俺もう解放されてもいいじゃねえか!」
「ここまできたら最後まで付き合ってください!」
「こんな面倒くせえことに付き合ってられるか! ほら、あれだ。もうそろそろ授業が始まるだろうが」
「チンピラのくせして急に真面目ぶらないでください!」
「誰がチンピラだ!!」
なんだこの女は? 話せば話すほど好感度がマイナスになっていく。最初は親切な女子生徒という印象だったのに、すでに俺の中では変な女にカテゴライズされている。
「つうかよくよく考えれば、落とし物入れがダメでも教師に直接渡せばそれで済む話だろうが。わざわざ落とし主を探す必要はねえだろ」
「何言ってるんですか、目の前にこんな面白そうな謎が、まさに解いてくださいと言わんばかりにぶら下がっているのにそれを無視するつもりですか?」
「それはお前の趣味の話で、俺には関係ねえだろうが!」
強引に歩みを進めようとするが、制服を掴んだ小さな手が離れる気配がない。なんて力だこの女。
「…………じゃあいいんですか? 財布が誰の物なのか、なんで持ち主であることを誰も名乗り出ないのか、気にならないんですか?」
ブーたれた表情で挑発してくる。
「そりゃあ…………」
正直に言えば、気にはなる。
「ここで私を置いて行っちゃったら、永遠に真相はわからずじまいですよ? 私が謎を解いても、絶対に教えてあげませんからね? これから先の人生、あの財布の持ち主は誰だったんだろう? ってモヤモヤを抱えたまま生きることになるんですよ!!」
「わかった、わかった! 最後まで付き合えばいいだろう!!」
結局根負け。
勝った。と言わんばかりに妙に誇らしげな笑顔が腹ただしい。
俺はこの変な女の謎解きに付き合わされる羽目になった。
「さて、まずは確定している事実からおさらいしましょうか」
俺たちはひとまず食堂のテーブルについて顔を突き合わせる。
「この財布を落としたのは、鬼辛赤ラーメンを食べているあの2人。これは間違い無いでしょう」
2本の指を立て、ハサミのようにチョキチョキ動かしながら語り出す。
「そうだな。だけど問題は2人とも財布を落としたことを否定したことだ」
友人たちに囃し立てられながらラーメンを啜る2年生。その友人たちはすでに食事を終えていたのか、テーブルの上には鬼辛赤ラーメン1杯しか置いてない状態で大いに盛り上がっていた。
そしてもう1人の1年生は対照的に静かに、ラーメンの味を楽しむと言うよりも何か使命を帯びているかのような表情でラーメンを食べていた。(もっともこれはあまりの辛さに感情が死んでただけの可能性があるが)
「どちらかが嘘をついていることは明白。なぜ嘘をついたのか、これさえわかれば自ずと本当の持ち主が見つかるはずです」
「嘘をついた理由…………」
自分の財布を自分の物ではないと言い張る理由、正直全く意味がわからない。
「まず考えられるの可能性。それはこの財布を捨てた可能性です」
「…………は?」
突拍子もない推理に唖然とする。
「そうであれば嘘をつく理由にも説明がつきます。せっかく捨てた財布をわざわざ拾ってこられては良い迷惑ですから」
「待て待て! それは読み終わった雑誌とか、空っぽになったペットボトルとか、もう必要のない物をゴミとして処分したい時に成り立つもんだろうが! 財布を、まして中身の入ったもんをいらないから捨てようなんて奴なんていねえよ!」
「でしょうね。見たところこの財布は新しい物のようですし捨てる理由はありません。ですからこの可能性は却下です」
からかうようにケラケラと笑う。両手の指でバツ印を作るその仕草が妙に似合っていた。
「では次の可能性。それはこの財布が自分の物だと知られてはマズイ、何か後ろめたい事情がある場合です」
「後ろめたい事情? なんだよ?」
「例えば、財布の中に人に知られたくない物が入っている場合とかですね」
人に知られたくない物?
「そうですね。これは実際によくあるケースだそうですが、警察に落とし物として届けられた財布の中には落とし主が全く現れない物があるそうです」
「へえ、今の状況と似てるな。で、その理由は?」
「財布の中に、いけないお薬が入っているためです」
「…………おい、まさか」
嫌な予感に背筋に冷たいものが流れる。
「ああ、いえいえ。この財布の中にはそんな物入ってませんでしたよ」
「脅かすんじゃねえ!」
あっけらかんとした様子で手を振り否定される。とんでもない犯罪の可能性に肝を冷やした。またからかいやがったなこの女。
「財布の中に入っていたのは小銭と鬼辛赤ラーメンの半券だけでしたよ。隠しポケットみたいなのもありませんし、犯罪の香りはしませんでしたね」
「…………じゃあなんだ? 半券が後ろめたい事情なのか?」
「フフフ、もしかしたら鬼辛赤ラーメンを食べていることを知られるのが恥ずかしい、なんて思う人も世の中にはいるかもしれませんが、あの2人は堂々と食べていましたから、半券が理由ではありません」
「じゃあ中に入っている小銭か?」
「おしい! おしいですよ。もうあとちょっとです」
こちらを試すようにニヤニヤと笑われる。
こいつのこの態度、もしかしてーー
「…………なあ、お前本当はもうこの謎の真相がわかってるんじゃないか?」
眉根を寄せて軽く睨みつけるが、それを涼しい顔で受け流しながら彼女は不敵に微笑む。
「ええ、この謎はすでに解けています」
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