第三十六話 西暦二〇二八年二月十四日
西暦2028年2月14日16時15分 呉駅前ロータリー
呉駅から外に出ると辺りは薄暗くなっていた。まあ冬だからな、日が落ちるのも早い。
「着いたー!」
「後は旅館に戻るだけか」
「買った服を両手に下げて移動する経験も初めてだ」
「それは良かった」
二人に手渡したお金はあっと言う間に底をついた。
どうしようかな。明日はゆっくり過ごして明後日に東京へ帰ろうか。
そんな事をつらつらと考えていると、ローナとセシルの二人が手提げ袋を置きそろって背を向けていた。
「……ところで、二人してこそこそと何してるんだ」
俺の呼びかけに二人がこちらへ向き直ったが、二人とも両手を後ろ手にしている。
「んーとねー、えへへ」
「そろそろ頃合いか……これを典男にやる」
「はーい、バレンタインチョコだよー」
二人の手に綺麗に包装された箱。共にハート型だ。
「おお? こいつは嬉しいな」
「お店の人に訊いたら本命チョコって言うんだって」
「私もそれにした」
俺も荷物を置いて二人からチョコを受け取る。
「いや、ありがとう。うら若き女性からチョコをもらえるとは……感無量だ……」
「涙を流すくらい感動する事なの?」
「女性からもらえるだけで男にとって大事な事なんだ」
思えば、学生時代にクラスの女子から受け取ったのは男子全員に配られた義理だけだったな。こんな年になってもらえたのは素直に嬉しいね。
「ちなみに、お店の人から聞いたのだが、お返しのホワイトデーがあるとか。期待してもいいのだろうね?」
「任せろ」
◆ ◆ ◆
『安武はローナという女と結婚してるはずだな?』
『セシルという女からもチョコを受け取っていますが、これは?』
『おいおい、まさか二股だってのか』
『……本部、異常有り』
『どうした』
『呉駅前ロータリーに黒い穴が開いてます』
『穴? どこにだ』
『バス乗り場の側です。……空中に浮いてる?』
『何を言ってるんだ、呉駅入り口のヘヴンイレブンの前だろう?』
『国道31号を挟んだ向かい側にもあるんだが……何だこれ?』
『二河大橋付近にも出現を確認』
『待てお前たち、黒い穴とは何だ』
『複数個所に穴?』
『本部、本部、異常確認。穴の中から音が聞こえる。……足音だ、それも十や二十じゃきかない。ガチャガチャと金属音のような音が聞こえ…………は?』
『おい、どうした』
『本部、異常事態発生! 中から中世ヨーロッパ風の軍た……ぐげ!?』
『おい!』
『二河大橋付近にいた隊員の心拍数が急激に低下、……鼓動停止しました!』
『各自現状報告!』
『何だこいつら!』
『剣や槍で武装してます!』
『くそ、手当たり次第に人々を襲い始めやがった!』
『呉駅側に常駐している陸自に連絡、直ちに武装集団の鎮圧に当たれ! 新広駅に常駐してる陸自にも応援を要請しろ!』
『……駄目です、新広駅方面にも謎の武装集団が現れたとの事。救援は難しそうです』
『くそったれ!』
『とにかく一人でも多く参加させろ、非番の連中も呼び戻せ』
『了解しました』
◆ ◆ ◆
同年2月14日16時19分 呉駅前ロータリー
「何か騒がしいな」
「典男、見てあれ」
いつになくローナが真剣な表情で指差す方を見やると、ロータリー内のバス停の近くの空中に黒い穴が出現していた。
さっきまであんな物無かったような……。
「あれがどうした……?」
意味が分からずローナに問うた直後、剣や槍で武装した人間たちが穴からわき出てきた。
「は?」
思考が停止した直後、たまたま通りかかったバスがクラクションを鳴らしながら彼らをひき潰した。
「え?」
大質量の車に轢かれるとああなるんだな、と
急ブレーキをかけて止まったバスの運転手が混乱しているのが見える。
近場にいた気の早い奴らはスマホを構えて写真か動画を撮影し始めた。その間にも次々と時代
ただ事ではないと感じたのか、日本人たちの一部がその場から背を向けて逃げ出す。一方で危機感を感じていないのか撮影していた奴らは興奮しながら実況を始めている。
武装集団の先頭にいた男が手にした槍を振りかぶって撮影していた男に投げた。
胸を槍に貫かれた男がぐえっとくぐもった声を上げて仰向けに倒れて動かなくなる。
ようやく事態を掴んだのか、その光景を目撃した日本人たちが蜘蛛の子を散らすようにわっと武装集団から逃げ去ろうとする。
しかし、武装集団は目についた日本人に対して手当たり次第に襲い掛かり始めた。
「典男、どうする?」
「あいつら、どう見てもカルアンデ王国の兵隊だよ?」
いや、本当どうしよう。
俺たちが逃げたって、たまたま居合わせた人々が殺されていくのは忍びない。
ああもう、しょうがないなあ。
「とりあえず、奴らから民間人を逃がすために俺たちが食い止めるぞ」
「時間稼ぎだな、了解した」
「別に倒しちゃってもいいんでしょ?」
「ローナは力を使い過ぎるな。あと動けなくするくらいで良いから。ほどほどにしとけ」
「分かったー」
せっかく嫁にしたのに、魔力を消耗してこの世から消滅だなんて事は避けたい。ましてやここは日本だ、殺人罪で国外追放は御免だ。
そこへセシルが訊いてくる。
「
「街中だから止めろ。後で街の修復代金をせびられるぞ」
「むう、世知辛いな」
俺たちが帰ってきたこと自体国にばれているのならどう暴れたのかもう知られているだろう。であれば自重するしかない。
◆ ◆ ◆
『呉駅側に常駐している陸自一個班、集合できずに呉駅周辺に出現した謎の武装勢力と各自交戦を開始しました』
『昨日到着した第○○混成連隊も戦闘に加わりました』
『一分班の偵察車が射撃を始めました』
『弾を一発一発大事に使え。外したら民間人に当たる。気を付けろ』
『報告します。機関砲は当たりますが、各隊員が撃った弾が当たりません!』
『畜生、マジで弾が逸れていくぞ!?』
『既に海田市駐屯地などから救援要請をしている。民間人の避難が最優先だ、遅滞戦闘に徹しろ』
『了解』
『【シモ】を使用しても?』
『……むやみやたらに使うなよ。重要目標を狙え』
『【ベッゲー】を急行させてもよろしいでしょうか?』
『……敵の数が分からん以上、様子を見たいところだがそうも言ってられんな。許可する』
『了解』
『報告します。民間人の中に武装集団へ抵抗を試みる者がいます』
『今すぐ避難するよう呼びかけろ、国民の盾になるのが我々の役目だ』
『いえ、どうやら抵抗しているのは安武一味のようです』
『何?』
『にわかには信じがたいのですが、民間人の避難を支援しているように見えます』
『はあ?』
◆ ◆ ◆
スマホを構えて実況中継を続けていた男が座り込んでいた。
あわや敵の槍衾で串刺しになりかけた男に不可視の盾を展開して守る。
「そこの人、早く逃げて!」
ローナの呼びかけに首を上下に振った男は実況を止めて逃げ出す。……かと思えば、二十m程下がった所で向き直ると再び実況を始める。
今度は俺たちにカメラを向けて。
「逃げてくれないとこっちも逃げられないんだよ……!」
「どうする?」
「こうする!」
摩擦係数0の不可視の板を実況中継中の男の足元に出現させ転倒させると板を空中歩道よりも高く持ち上げ斜面を作る。強制的に空中歩道へと滑って消えて行った。
俺は敵に向き直ると、後から後から沸いて出て来た敵に対し不可視の壁を変形させロータリーの黒い穴の周囲を囲むようにして半球状に展開する。
『何だこれ、先へ進めねえ!』
『痛え、押すな押すな!』
『……いやがったぞ、勇者ヤスタケだ!』
『どこだ!?』
『すぐそこにいるぞ!』
敵はカルアンデ語で叫び散らかす。
おいおい、本当に俺を追って来たのか。主戦派閥の奴ら恨みがましいぞ。
残念だがお前らの相手は俺じゃない。
銃声が鳴る。
音源を見ると呉駅交番にいた警察官と何故かいる自衛隊員が、不可視の盾から逃れて民間人に襲いかかる敵に向けて銃を構えているのが見えた。
警察官と自衛隊員が続けざまに二発三発と発砲する。
しかし命中した様子が無い。
どういう事かと首を傾げていると、ローナが頭内通話で解説してくる。
『あいつら、典男の刻印魔法っぽいのを使ってるよ』
『……カルアンデ王国では禁呪に指定されてなかったか?』
『一般庶民には禁止にして、一部の貴族だけで独り占めしてたんじゃない?』
ローナの言葉にげんなりする。
『腐ってるなあ』
『この間の暗殺者たちもそれを使ってたみたいだけど、それを上回る武器で殺しちゃったんだから日本の軍隊の方が強いよ』
強いことは確かなんだが、小銃が効かない事自体が大幅な戦力低下を招いている事は否めない。
攻撃されていることに気づいた敵が警察官たちへ向き直ると
役目を果たした滑る板は消しておく。
警察官と自衛隊員は困惑した顔で敵を見下ろしている。銃が効かないと悟ったのか撃っていない。が、その代わりに自衛隊員がごつごつと足音を立てながら無造作に近づくと足を振り上げ敵の頭を踏みつけた。ごきゃ、と音を立てて敵の頭がありえない角度へ曲がる。
首の骨をへし折ったのか、なかなかやる。
「小銃は効かないが直接攻撃は通るぞ!」
「巡査、俺の日本刀を持って来い!」
交番の中にいる警察官へ怒鳴る巡査長らしき警察官。血気盛んで喜ばしい事だ。
俺もあと二十若ければなあ。
◆ ◆ ◆
『黒い穴出現箇所近辺で戦闘が起きています』
『小銃が効きません。手榴弾は効果有りと認められましたが効き目が薄そうです』
『敵武装集団、なおも増大。民間人を避難させつつ我々も後退します』
『安武一味と呉駅前の敵集団は?』
『監視対象付近に出現した黒い穴からわき出る武装集団だけは限定的です。一定数以上規模を維持したまま拡大しません』
『おかしな事に安武一味の周囲の武装集団が動けなくなる現象が起きてます』
『具体的には』
『見えない壁に阻まれているかのように前進しなくなったり、転倒したりしてます』
『……一体、何をやってるんだ?』
『不明です』
◆ ◆ ◆
会話内容を知られないように無属性魔法を用いた頭内通話をしている。
『典男ー、けが人いるけど治して良ーい?』
『マリーの魔法を使うのか? 使えば助かりそうな人だけにしとけよ』
『それだと間に合わないよ?
『いつの間に……。分かった。セシル、ローナの護衛を頼む』
『心得た。典男は?』
『ここまで来たら無関係を決め込むのは無理だろう。自衛隊に協力を申し出るよ』
『いいのか?』
『力があるのに何故使わなかったとか、使っていれば死なずにすんだとか糾弾されそうだからな』
『典男がそう望むのならそうしよう。それはそうと鏖殺丸だが……』
『鏖殺丸にローナを乗せるのが一番安全なんだが、外部に向けて回復魔法は使えるのか?』
『いや、できない』
『なら我慢してくれ。うっかりローナを踏み潰しかねない』
『仕方が無い、我慢するよ』
◆ ◆ ◆
『【シモ】と【ベッゲー】はまだか?』
『【シモ】衛星通信及び通信兵のC4Iとの同期完了、いつでも行けます。【ベッゲー】隊員は現場に移動中、今しばらくお待ち下さい』
『【シモ】の使用は各自の判断に任せる』
『了解』
『安武一味が二手に分かれました。女二人が駅の入り口前へ、安武は交番へ近寄ります』
『何をする気だ?』
『女、ローナが両手を広げました。セシルが周囲を警戒してます。……………………はあ!?』
『どうした』
『ローナの周辺に敵に襲われて倒れていた民間人たちが立ち上がりました! ……全員ではありませんが。自身の負傷した所を触って確かめてます!』
『は?』
◆ ◆ ◆
西暦2028年2月14日16時27分 呉駅前ロータリー
転倒した敵に止めを刺してまわる日本刀持ちの警察官と銃床を振り下ろす自衛隊員の二人組に近づきながら声をかけた。
「民間人の避難を手伝います!」
「……君も民間人だろう、早く安全な所に避難しなさい!」
「ちょっとした手品が使えます、見てから判断して下さい!」
「手品ぁ?」
「見てて下さい」
適当な敵に指を差して指パッチン。あら不思議、こっちに向かって来た敵数人が派手に転倒した。
「こっち来い!」
演出のために叫ぶと倒れた数人が滑る板の上をつるーっと流されてくる。俺の目の前で奴らを止めてから二人組を見る。
「どうですか?」
俺の問いかけに二人組は無言で倒れた敵数人の息の根を止め、俺を見て自衛隊員が言う。
「なるほど、信じざるをえんが確かに効率が良い。駅前にいる奴らを片付けたいが、手伝ってもらえるか?」
「喜んで」
「ちなみに聞くが、今まであいつらが転んだりしてたのも?」
「私です」
「感謝する」
◆ ◆ ◆
『対象を転ばせる手品だぁ?』
『一体全体どうなっている?』
『【小説家になってやる】や【カコウヨモウ】じゃあるまいし』
『そういえば調査員Aの車が動けなくなった事があったな。まさかあれもか?』
『使い方次第で凶悪な代物になるんじゃ?』
『まあそれはともかく、直接攻撃が何故か効くのがよく分からんが対応策があるのはありがたい』
『呉警察署からSATと機動隊が出動しました。手近な所から対処するようです』
『呉市内各交番からも応援が現場に急行中』
『海自基地に停泊中の各護衛艦がまもなく戦闘態勢に入りながら出航します』
『江田島からSBUが出撃準備中とのこと』
『猫の手も借りたいところだが、在日米軍は?』
『今現在は広島近辺にいません。応援には時間がかかります』
『仕方がないな』
◆ ◆ ◆
西暦2028年2月14日16時44分 呉駅前ロータリー
呉駅前ロータリーに出現した黒い穴は今だ閉じる様子が無い。
一体、穴の向こう側にはあとどのくらいの敵がいるのだろうか。魔力量は十分な量があるので平気だが、どうしたものか。
そんな事を考えていると、不可視の壁で囲った敵集団のいる所で規模の小さな爆発が起きた。
こちらから攻撃してないぞ。どうなってる?
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