第二十八話 発覚

 婚約パーティーから四ヶ月が経過した。

 結婚は戦争終結を記念して式典を開く他、俺とセシルの結婚式も執り行うことになった。

 式典には外国の要人も招待して盛大に祝うとのこと。既に各国に大使と親書を送ったそうだ。


 結婚式の後は俺とセシルの地球の日本への送還儀式を行い、この世界から去る予定だ。

 結婚式までに少しずつ帰還の準備を進めながら日常を過ごす。あれからローナもいつも通りの笑顔で応対してくるので安心しているのだが、私に構ってという圧が強くなった。

 圧が強すぎて引いてしまう時もあり、それとなく注意してはいるのだが思い込みが強いのか加減ができないのか振り回されることもある。


 その日も相変わらず刻印魔法の勉強と研究、勇者部隊の面々と話したりロボット開発の勇者と意見交換したり、ときたま体力維持のためセシルのジョグに付き合ったり、魔王兄妹と仕事の合間の息抜きにお茶をしたりと過ごしていた。

 魔王兄妹と俺とローナで歓談してる中、副官がしきりとローナを不審げな顔つきでちらちらと見ている。

 何かやらかしたのだろうか。


「失礼します。……ローナさん、ちょっとこちらへ……」

「どうしたんですか? ……ちょっと、引っ張らないで下さい。おっとっと……」


 副官がローナを連れて給湯室へ行き、姿が見えなくなる。


「何だ?」

「さあ?」


 俺と魔王が給湯室入り口を見て不思議そうに首を傾げる。

 防音結界の魔法が張られた。給湯室からの音が遮断される。いよいよもっておかしい。

 少しして二人が戻ってきたがローナがうきうきしていて、後から体を左右にふらつかせている副官が出て来た。大丈夫か?


「お兄様、ちょっとこちらへ」

「妹よ、どうした。……おい、そんなに引っ張るな」

「いいから」

「分かった分かった。……何なんだ一体」


 今度は魔王兄妹が給湯室へ消えていく。再度張られる防音結界。

 …………何となく、俺に関係のある話と察した。だが意味が分からない。

 少しして兄妹が戻ってきた。相変わらず副官はふらふらしているし、魔王は額に手を当てている。

 魔王がことさらどかりと執務用の椅子に腰を下ろした。


「魔王様?」

「ヤスタケよ」

「はい、何でしょう」


 いつになく真剣な顔の魔王にこちらも気を引き締める。


「貴様の召使との式は何時にする?」

「…………は?」


 思考が停止する。

 式、式とは何だ?

 一般的に言われるのは結婚式だが、何で?

 召使ってローナの事だよな。彼女と俺が? え?

 微動だにしなくなった俺に魔王がため息を吐いてローナを見る。


「まさかとは思うがローナよ、知らせてなかったのか?」

「えへへー、驚かせようと思って黙ってましたー」

「全く、この娘は……」


 照れるローナに世話のかかる妹を見るような目で副官がひとちる。


「何にせよ、これでセシルとローナとの重婚で決まりね」

「それなら、揉めないようにセシルと合同結婚式にするか」


 戸惑う俺を置き去りに魔王兄妹が話をまとめていく。


「……は? え、何で?」


 俺の口から意識せずにこぼれた言葉に、副官がぴしゃりと言う。


「妊娠四ヶ月」

「いやー」


 両手で頬を押さえて照れくさそうに笑うローナと生暖かい目の魔王、冷たい目の副官を見て俺は絶句した。

 ローナのお腹に目を向ける。確かに下腹部が膨らんでいる。


「最近お腹が出てきてるから、てっきり食事で食い過ぎた結果とばかり」

「む、それ女性に対して失礼だよー!」


 ローナの抗議に半眼で突っ込みを入れる。


「いやお前、肉体を獲得してから食事が美味しいってばくばく食べてたじゃないか」

「うっ」

「太るから量を減らせって言ってるのに減らさないし、ほれ見たことかと思ってたんだが」


 俺の指摘にローナの笑顔が引きつる。


「む〜、そうじゃないからねっ」

「分かった分かった。……それにしてもいつの間に……?」

「ヤスタケ様、いくら何でもその言葉は無いのでは?」

「観念しろヤスタケ、男は諦めが肝心だ」


 首を傾げた俺に副官と魔王が強めの口調で諭してきた。


「いや、そうじゃなく、俺はローナとそういう行為をした覚えは一切無いんだけど」

「……はい?」

「ん?」


 俺の弁解に眉を寄せる魔王兄妹。


「いや、本当、身に覚えがないんだって」

「あー酷ーい、私とノリオの子だよー! ちゃんと城下町の産科医のお医者さんに調べてもらったんだからねー!」

「調べたって、どうやって?」

「お医者さんの言う通り、私とノリオの髪の毛を持って行ったらそれで分かっただって!」


 遺伝子検査したのか!? この世界の医学は侮れないな。

 彼女の発言に魔王は半眼で、副官は俺を睨みつける。


「……と言ってるが?」

「まさかとは思いますが、酔った勢いでとかありませんよね?」

「いや、本当にそんなのは知らないって。……第一、四ヶ月前にお前と寝た記憶が無いんだが……」


 俺の言葉に副官が四ヶ月、と呟く。


「確か、その頃は婚約パーティーがありましたね。……まさかローナが酔い潰れたあの時に……?」

「いや、それは無いだろう。あの騒動は今でも記憶に新しい」

「でしょう? だから寝てないんですって」

「そりゃありませんよ、寝ていたのはノリオだけでしたし」


 …………ん?


「…………ちょっと待って下さい」

「それは……まさか……」


 こめかみをひくつかせながら副官が待ったをかける。魔王も予想がついたのか顔が引きつっている。

 ローナに俺たちの視線が集まった。


「ローナ、一応訊くが、俺が寝ている間にそういう行為をしたのか?」

「大せーかーい!」

「……あー」


 恐る恐る訊いたらローナは両腕を上げて満面の笑みでの回答。可愛すぎか。

 魔王が遠い目をし、副官は頭痛でもするのか額に手を当てている。


「普通、そんな事をされれば途中で起きるはずなんだが。……騎乗位でもしたのか?」


 当然の疑問をローナにぶつける。

 仰向けの状態で寝てたからその体勢で行為に及んだはずだ。


「ポットに一服盛りましたー。……それと騎乗位って何ですか?」


 ああ、それで一晩中起きることは無かったわけか。おまけに寝間着が一時期乱れていたので寝相が悪くなったのかと思っていた。

 いや、それよりも何かおかしな事言ったぞ。

 騎乗位を知らない?

 貴族に仕えてたんだから性的な噂話も耳にしているはずだ。知らないって、んな馬鹿な事あるか。


「騎乗位じゃないって、なら何をやったんだ?」

「介入受胎ってご存知でしょうか?」


 ローナに質問したら質問で返された。


「知りませんね」

「知らんな」

「どっかで聞いたような」


 副官、魔王ともに知らないようだ。俺の場合は久方ぶりに聞いたような気がする。

 誰から聞いたんだっけか。


「ノリオも知らないの? カルアンデ王国の貴族界隈では有名だよー」


 貴族界隈でぴんと来た。


「不妊治療」

「ちーがーいーまーすー。夫婦の間で直接交わりたくない方たちのための方法ですー」


 間違った回答だったようだ。ローナは首を左右にぶんぶんと振って訂正した。


「ああ、思い出した。……騎乗位はしなかったのか」

「騎乗位が何なのか分からないけど、直接交わるとノリオ起きちゃうかもしれないから介入受胎を選んだよー」


 ローナの言葉に副官が頷いた。


「なるほど、睡眠薬はそこまで強い薬ではなかったと」

「私、薬には詳しくないよー。間違うと永眠しちゃうから加減しましたー」

「怖い……」


 あっけらかんとしたローナの説明に魔王がぼそりと呟いた。


「で、介入受胎って具体的にどうやるんだ?」

「あ、それ訊いちゃう? どうしようかなー。うーん仕方ないなー教えましょう」


 三人を代表して俺が訊く。魔法学園での授業でさわりだけしか教わってないので内容は知らなかったりする。

 ローナはちょっともったいぶった態度をとっていたが、すぐに喋りだした。


「まずねー、私たち幽霊族の手で直接夫の肉棒をこすって種を取り出したらー、妻のちつに差し込んでー」

「もういい、分かった。その先は喋らなくていいぞ」

「えー」

「えー、じゃねえよ。何で残念そうなんだよ」


 興味本位で訊いた俺が馬鹿だった。

 副官が額に手を当てたまま、声を絞り出す。


「まあ、確かにその方法なら受胎できるでしょう」

「たった一度でこうなるとは……介入受胎恐るべし」

「一度じゃないですよー。確実性を高めるために二週間くらい毎晩。さすがにおかしいと疑われそうになったのでそこで止めましたー」


 魔王が戦慄しているとローナが正直に訂正してきた。

 てへへと笑うローナを見て俺は頭が痛くなる。


「……おお、もう……」

「召使がやっちゃいかんだろう、そういうのは」


 頭を抱える俺の隣で、魔王が首を横に振りながら苦言をていす。


「兄様の就寝中の身辺警護を強化しておきます」

「ああ、頼むわ……」


 副官の配慮に魔王は呻き声で返す。


「それで、ヤスタケ様はどうされますか? 認知しますか、それともろしますか?」

「……堕ろすのは駄目だ、ここまで大きくなったら母体に傷がつく」


 副官が俺に向き直ると尋ねてきたので、母子ともに安全第一を選ぶ。


「それでは認知しますか?」

「…………それしかないだろう?」


 俺の子だと確定したんだ、受け入れる他無いだろう。


「ローナ、おめでとうございます」

「どうなったの?」

「ヤスタケ様は貴方と結婚を決めたようです」

「や、や、やったー!」


 ローナの正攻法を退け続けていた俺であったが、からめ手で敗北した瞬間だった。


「ならせめて、重婚は嫌なのでセシルとの婚約を無かった事に……」

「できるとでも?」


 劣勢な俺の嘆願を無情な副官のたたみかけにひるむ。

 感情では納得できなくても理性では分かっているのだ。

 魔王領が国を挙げて婚約を発表したのに、勇者の一存いちぞんくつがえせるわけがないのだ。強引に反故にしたら魔王の顔に泥を塗る事になる。


「…………できませんね。無理を言って申し訳ございません」

「なら良し」


 セシルに何て言おうか。土下座するしかないか。

 降ってわいた困難に頭を抱えるばかりだった。

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