第二十六話 ライバル
セシルとローナが歩き出して一分もしないうちに路地裏へ入り、ひなびた喫茶店へと入って行った。
外から観察してみるが中は狭そうだ。これでは見つかってしまう。
確か、窓ガラスの振動から内部の会話を聞き出す手段が科学的にあったはず。
そんな魔法習ったことは無いが、科学で出来るなら魔法でも可能なはずだ。
喫茶店内からこちらが見えない位置かつ、外周に不自然に思われないよう喫茶店の向かい側の建物の壁に背を預けて休んでますという格好をする。
可能性のある既存の魔法をぶつぶつと小声で詠唱し組み合わせてみた。
四つ目の試作魔法で俺の耳に喫茶店内部の会話が聞こえてきたので無言で拳を握る。
「どうぞ」
「ありがとう。ここのコーヒーはなかなか美味いんだ」
恐らく店長だろう男性の声に礼を言うセシル。
「そうですか、頂きます……熱っ」
「少しずつ冷ましながら飲むと良い」
「そうします」
「…………落ち着いたか? とりあえず今回の経緯を話すから最後まで聞いてほしい」
まとめると魔王の執務室でセシルとお見合いしたときの彼女の事情とあまり変わらない内容だった。
付け加えるなら、彼女の家族がそこそこの出の娘で両親の手伝いをしながら日常を過ごしていて、家族関係も良好だったことくらいか。
「それで魔王軍に拾われた私は巨人部隊に所属する事になり、戦場を転々として回った。視界に入る敵を片端から
長々と話して疲れたのかコーヒーを飲む音が聞こえる。
「その身の上話、婚約と関係ありますか?」
「あるとも。君を泣き落としできるか試したが……駄目だったようだ」
セシルって意外と策士なんだな。
「貴族のメイドをしていると、そんな話はありふれた物として語られていますので」
「そうか。……ところで、君は自身の身の上話をしないのか? 勇者と添い遂げたいということは随分と想いをつのらせていると見える」
「無論あります。私が五才くらいの頃、お母さんと先代勇者様の戦争終結パレードを見に行きました。それで勇者様に憧れましたが、先代はすでに恋人がいたので諦めました」
今からざっと二十年くらい前の話か。
その勇者は今は何をしているんだろうか……っと、今は余計な雑念だな。集中集中。
「五才でか?」
「女の子が恋する年頃は関係ありません。……まあ、それで次代の勇者様が来るまで何年も何年も待ちました。ようやくヤスタケさんが現れたと思ったらお世話係に立候補した女がたくさん出てきて、たった一名の枠を巡っての争奪戦となりました。……結果的に見事勝ち取ったんですよ」
あののんびり屋のローナがため息を吐いている。よほど大変だったようだ。
「それは、また」
「……逆に質問しますが、軍事国家に滅ぼされる前の故郷では恋人はいなかったんですか?」
「いるにはいたが、死んだと思う。彼の最期は見ていないが、魔王軍に救出された町のわずかな生き残りの中にいなかったんだ。仕方がない」
「ごめんなさい」
「いや、いい。もう心の整理は済んだ」
会話が止む。互いにコーヒーを飲む音が聞こえる。
「ところでだな」
「何ですか?」
「君さえ良ければだが、重婚しないか?」
「はい?」
むせた。セシルは一体何を考えてるんだ。
「重婚。意味は……」
「いえ、知ってます。いきなりどうしたんですか?」
「君の勇者に対する想いは良く理解した。私だけが勝者になっても良いが、さすがに不憫だと思ってね」
「同情ですか?」
「平たく言えばそうなる」
「魅力的な提案ですがお断りします。正直、私だって独り占めしたいんです。絶対にヤスタケさんを奪い返します」
まあ、ローナの気持ちも分からないではない。苦労して勝ち取った勇者の傍にいる権利をいきなりかっさらわれるようなものだ。
「……本気のようだな。いいだろう、どうするのかは知らないがやってみせろ」
「後悔しないで下さいね」
「一度絶望を味わったんだ、今更後悔がひとつ加わったところでどうと言う事はない」
「……貴方、強いですね」
「セシルだ、これからはそう呼んでくれ」
「ローナです、以後よろしくお願いします」
一触即発の状態で不安だったけど、今のところはどうにか治まったようだ。
殺し合いに発展すれば介入する必要があったが杞憂だったか。
おっと二人が席を立ったようだ、身を隠さねば疑われる。
そそくさと離れたところに会計を済ませた二人が店を出てきた。
「私はそろそろ戻らないといけない。君は?」
「城に戻ります。ちょっと勇者……ヤスタケさんに言いたいことができました」
「そうか。ではまた明日の夜に」
「また明日」
セシルがその場を離れ人混みの中に消えて行き、ローナが彼女を見送ると独り言を言った。
「いつまでそこに隠れているつもりですか?」
ばれていたか。これ以上は意味が無いので物陰から姿を現してローナに近寄る。
「どこから聞いていましたか?」
「ローナがどういうつもりですかと言ってたところから店に入るまで」
「そうですか」
しれっと嘘を吐く。店内の話まで聞かれていた事を知ったら何を言われるか分かったものじゃない。
「二人が殺し合いに発展しないか冷や冷やしていたよ」
「そこまで考えていませんよ、せいぜい叩き合いになるくらいでしょうし」
「そうか。……で、婚約パーティーには参加するのか?」
「します。公の場でセシルに堂々と宣戦布告するつもりです」
「……お手柔らかにな」
「セシルの態度と状況次第ですねー」
そんなことを言い合いながら帰路につく。
願わくば事が穏便に済むようにと祈らずにはいられなかった。
◆ ◆ ◆
初め小規模を予定していた婚約パーティーは魔王軍の将軍たちや経済界の有力者たちがこぞって参加し、規模が中々の大きさとなり会場は大広間へと移された。
正装した俺とドレス姿のセシルの前に彼らは満面の笑顔で訪れては、しきりに握手を求めてくる。
元は敵国に所属していた人間なのに、どうしてこうまで歓待されるんだろうと思い訊いてみた。
将軍たち曰く、総力戦となったうえ戦線が広くなっていたから人員不足に陥り崩壊間近となり戦争終結間際の頃には戦々恐々としていたとのこと。
また経済界の重鎮たち曰く、物資不足で価格が全体的に高騰し魔王領内部で不満が爆発寸前だったとのことで危険水域に入っていたようだ。
そこへ俺が現れ和平条約を締結し平和が訪れたことで、危機を回避できた事に皆が胸を撫で下ろしたそうだ。
おかしいな、今夜はパーティーで宮廷音楽が響く中での厳かな雰囲気で行われるはずだ。
それが今は思い出したかのように、たびたび乾杯してはワインをこれでもかと呑み宴会の如き様相だ。
態度に出ていたのかセシルに訊かれる。
「ノリオ、どうした?」
「想像していたパーティーと違う」
「親族の内輪での飲み会と思えば良いんじゃないか?」
「魔王陛下はお怒りではないだろうか?」
魔王兄妹を見やると多くの有力者たちに囲まれて和やかに談笑しているのが見えた。
「セシル、どう思う?」
「さすが魔王陛下だ、この程度の騒ぎを許容する器をお持ちであらせられる」
「そうか、そういう見方もあるな」
彼にしてみればこの状況はどう捉えるのだろうか?
戦乱の世の中に軍事国家が侵攻してきて魔族をひとつに纏め、逆侵攻して滅ぼして平和が訪れたと思えば、さらに外周の国々と戦争になり泥沼の状態になっていた。
彼らは共に同じ時代を駆け抜けた盟友でもあるから、婚約パーティーを肴に羽目を外してとことん楽しもう、……というところだろうか。
「ところで、ローナはどこにいるんだ?」
セシルの問いに俺が大広間の片隅のテーブルを指差す。
テーブルでワインの瓶が三本転がっている側でローナがワインの入ったグラスを口元に持って行くのが見えた。
「どうも生まれて初めて酒を飲んだらしくて、いたくお気に召したらしい」
「いやいや、ワインはそれほどの酒精は無いがあれほど飲むとなると……」
「そろそろ止めに行くか」
「何で今まで止めなかった?」
「止めた。けど『私なら大丈夫です』と根拠のない事を言って聞かなくてな」
「無理にでも止めてくれ」
俺とセシルは二人して彼女に近づいていく。何故か周囲にいた魔族もついてくるがそれどころではない。
ワインをかぱかぱ
「あ~、ノリオと恋敵だ~」
何か変だ、語尾がおかしくなってる。まさか酔っ払ってるのかこいつ。
きちんと予定を遂行できるのか不安になってきたぞ。
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