第十話 交流その二

 だが、俺は戦争を知らない身。見栄を張るより正直に答えた方が良いだろう。


「いや、それがさっぱり。俺の能力が発展途上だからまだ見当けんとうがつかなくてな。それと、生徒たちの成長をかんがみてバランスの取れたパーティーが作られると思うから、最短でも一年、下手へたをすればこの先何年もかかるかもしれない」

「まあそればっかりは仕方がないさ。実戦を経験した教官たちに太鼓判たいこばんを押されるまでは無理だろうね」


 ウェブルがコーヒーを飲みながら答える。

 へえ、教官たちは経験者なのか。それは心強い。

 そういった豆知識は今後必要になるだろう。ちなみに座学を担当するのが教師で、剣術や魔法の実技は教官と呼んでいる。

 それにしても、古参こさんが学園の教官とは。実戦的でこのましい。

 学園の教育体制の評価を上方修正していると、マリーに話しかけられる。


「魔法の勉強はどのくらい進んでいるの?」

「そうだな、初級に指定されている魔法なら無詠唱で発動できるようになった。それ以上になると呪文を唱える必要がある上に、属性の適性が無い魔法だと魔力を結構持っていかれるんだよ」


 まあ、相性の良い属性なら定型文的な文章の音読ではなく、短縮した呪文で発動できるから十分便利なのだけれど。

 ウェブルがその考えを読んだのか俺をめてくる。


「いやいや、普通は適性の無い属性魔法を使うのは発動自体が無理なんだ。魔力の消耗しょうもうはげしすぎてね。それを苦も無く使える君がおかしいんだよ。……それにしても、たった一ヶ月でそこまで来たのか、凄く早い成長だね」

「言語理解の魔法のおかげさ」

「あーあれね」


 俺が肩をすくめて答えると、ウェブルが苦笑し、マリーが同情するような目つきで引いている。


「きついでしょ」

「おや、マリーも経験したのか」

「まだ幼い頃にね。……物凄く痛かったことだけは覚えてるわ」

「俺も受けたぞ、どうってことなかった」


 それまで沈黙していたルモールが声を上げ、マリーの表情が固まり、ウェブルが彼を驚愕の眼差しで見る。


「……マジ?」

「おう、マジだとも」

「よく無事だったわね」


 ルモールの返事に二人はおよごしだ。

 廃人になる確率は低いとも言うけれど、実際に受けてみるまでは分からないからな。

 引かれているルモールが不憫ふびんなので、助け舟を出すことにする。


「危険はつきものだけれども、それをもって余りある利益が得られたよ。悪いことだけじゃない」

「君がそう思うのならそれでいいけど」


 ウェブルは浮かない表情で言った。

 この話題は避けた方が良さそうだ。話を魔王について戻すことにした。


「それで魔王のことについてなんだが、短期間に一つの国を攻め滅ぼしたその力は一体何なんだ?」


 俺の問いにウェブルが乗った。


「さあ? 僕の実家は家格がそれほど高くないから、そこまでの情報は入ってきてないね。ちなみに今の王国での噂をまとめると、魔王の国にも色んな種族がいて、その中の誰かが物凄い力を持っていたとか、魔王直々に勇者を召喚したと考えられているようだ」


 彼の答えに国はまだ十分な情報を得られていないことが察せられた。と思いきや、ルモールが別の情報を持ってくる。


「俺の親戚が前線にいるんだけどさ、聞いた話によると、敵は巨人族を多数投入して攻撃してきたらしい。恐ろしく頑丈がんじょうで剣や槍では歯が立たないとか」


 俺は首を傾げた。ウェブルほどの人物でも知らない情報があるのか。

 三人寄らば文殊もんじゅの知恵、だったか。

 友達は多い方が良いという典型だろう。


「魔法はどうなんだ?」

「中級火属性のファイアーボールで焦げ目しかつかないらしい上、痛みにも強いらしくて、怯む様子が無いとか」


 ファイアーボールとは、文字通り火の玉を空中で形成して、敵陣ど真ん中で炸裂さくれつさせる爆弾のような魔法だ。まともに食らえば大火傷おおやけどだけですまされなく、肉体が炭化する恐ろしい効果を持つ。

 今の俺でも魔力を多めに消費すれば使えるけど、それが効かないのは厄介だな。つかれるし。


 魔力を消耗すれば精神的疲労が増える。分かりやすく言うとその場に横になって眠りたいという感情が強くなる。

 そんな葛藤を抱えながら行動するのだ。きついなんてものじゃない。

 俺は打開策はなかったのかとルモールに訊いてみる。


「罠を張って倒すとかしなかったのか? 例えば、落とし穴とか」

「知性があるから引っ掛かりにくい。その上、巨人族の周りに随伴ずいはん兵がいるから罠の存在もばれやすい。今のところ追い返しはしてるけど、倒したという話は聞かないな」

「その追い返したってのは、どういう方法で?」

「魔術師を集中運用しての火力投射だとか聞いたな」


 俺たちの話を聞いていたマリーが、カップから口を離して言う。


「何だ、いけるじゃない」

「その代わり、他の場所が手薄てうすになるし、魔術師たちの物理的、精神的消耗が激しくて割に合わないってさ」

「駄目かあ」


 ルモールが挙げた欠点にマリーが顔を伏せた。

 もしかすると、王様が言っていた決戦兵器は巨人の事なのか?

 そのやり取りを見ていたウェブルが首をかしげて疑問を口にした。


「そんなに強いなら、とっくに戦線を突破されてこの国に侵攻されてそうなんだけど、どうして僕たちはこうして呑気のんきにしていられるのかな?」

「そういやそうだ」


 ウェブルの疑問に同意した俺もうなる。

 敵の戦力は圧倒的なのに攻め込んでこないのはおかしい。


「それなんだけどさ」


 ルモールが身を乗り出して周囲を伺うように小声で言う。

 何だ、あまり世間に知られたくない情報なのか?

 俺たちは不審に思いつつ、彼の言葉を待つ。


「どうも奴らはこっちに攻め込むつもりがないらしい」


 彼からもたらされたのはちまた流布るふしている噂と真逆となるものだった。


「え? 軍事国家をあっという間に攻め滅ぼしたんだから、その勢いで次を狙うでしょ?」

「そこなんだよ。こっちから攻め込もうとすると追い返されて、向こうは動かない」

「不気味な話だ。奴らは何を企んでいるんだろう?」


 マリーの誰もが考えそうな思考に、ルモールが事実を提示し、ウェブルが腕を組んで考える。

 膠着こうちゃく状態に陥った戦争を終わらせる方法を軽く頭をひねって考える。


「魔王との話し合いで戦を終わらせるわけにはいかないのか?」


 外交は戦争も含まれるがそれは手段の一つであって、話し合いによる交渉が大半だ。

 俺の思いつきの意見にウェブルが首を横に振る。


「それこそ駄目だ。奴らは魔族でこちらとは相容あいいれない。それに僕らだけで勝手に戦争を止めることはできないんだ、国同士が戦っているんだからね。勇者は国の代表ではあっても、交渉の代表ではないことに注意してね」


 見ず知らずの赤の他人に勝手に話を決められてしまうのは困るという理由が透けて見えた。

 所詮しょせん勇者はよそ者ってことか。

 疎外感そがいかんを受けつつ、三人の会話に集中する。


「うーん、魔王が旧軍事国家の領土を確保したい、という意思の表れを感じはするけれど、本当にこちらに攻め込んでこないのかしら?」

「圧倒的な力を有していてそれをしないというのも不自然だね。……もしかして短期的決戦でしか役に立たないとか?」


 マリーとウェブルの疑問をルモールは流す。


「ウェブルたちがどう判断するかは任せる。俺から伝えられる情報はこれで以上だ。あとは実際に戦場へ行った時に確認するほかないだろうな」

「分かった、ありがとう」


 世間に秘密にしているであろう情報を教えてくれたルモールに礼を言った。


「それとな……」


 ルモールが何かを言いかけ、周囲に視線を走らせる。

 何事かと思っていると彼は心持ち身を乗り出して小声で切り出した。


「忠告というか、警告だ。介入受胎に気を付けろ」

「ああ、それがあったか」


 ウェブルが今気が付いたとばかりに頷き、マリーがため息を吐いた。

 余程周りに聞かれたくない内容らしい。俺も声を潜めて話すことにした。


「コリンズさんから概要がいようは聞いたけど、結婚している仲の良くない夫婦のための儀式みたいなものだろ? 何の関係があるんだ?」

「あれ、それ以外にも利用されてるの」


 マリーが眉間を揉みながら続ける。


「この学園の生徒たちの間でも時たま密かに行われて発覚することがあるわ」

「全体的にどのくらい行われてるか不明だね」


 彼女の説明を引き継ぐようにしてウェブルが補足する。


「学園生同士の結婚なんて珍しくもないけどな、将来を考えずにその場で受胎するから問題になるわけだ」

「発覚した場合どうなる?」


 ルモールの言葉を聞いて俺は三人にたずねる。


「まずは誰かと寝た、いや俺は寝ていない証明して見せろ……、などと揉めるのが普通でね」

「その後、介入受胎の線も疑われて捜査される。もしクロと判断されたら……」

「最悪の場合、男が犯人なら去勢されるか流刑や死刑。女なら生涯修道院行きで幽閉も同然。手伝った幽霊族は消滅刑」


 ウェブル、ルモール、マリーの順で説明される。


「ある程度理解したけど、消滅刑って何だ?」

「幽霊族の身体は魔力のかたまりで構成されてるんだ。魔法を使い過ぎると体を維持できなくなって、消滅する」

「強制的に魔力を使わされてね」


 可哀かわいそうだな。まあ、自らお家騒動に加担すれば当然か。


「だからね、貴方はメイドと仲良くなって信頼を勝ち取りなさい。そうすればよそからの甘言に乗らなくなるし、余計なこともしなくなるはずよ」

「お、おう、分かった」


 あとは細々とした雑談をした後、カフェでの会話はこうして終わりを迎えた。

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