第2話 手料理は記憶の中に

 日差し。柔らかな陽光が、雀のさえずりとともに朝を報せる。


 そこへ、枕元のアラームまでもが加わると、ベッドの膨らみがにわかに蠢き、その内側から手が伸ばされた。



「クッソ眠い。もう朝かよ……」



 手探りに伸ばされた手が時計を叩く。それからは衣類の山を弄った。器用にもブラウスとスラックス、そしてブレザーも探り当てる。しばらくして布団を跳ね飛ばせば、そこには男子高校生の姿があった。


 青年は、視界にかかる黒髪を掻き上げると共に、髪を手ぐしだけで整えた。所々で跳ねる毛先には取り合わず、姿見鏡で軽くチェック。寝不足の三白眼はいつも通りで、寝癖は酷くないと判断。それから通学用リュックを背負い、部屋を後にした。


 自室は2階だ。徐ろな足取りで、ノンキにあくびを晒しながら階段を降りてゆく。すると、リビングから呼び止める声が飛んだ。



「おはようコウタ。もう出るのか?」



 その男は佐竹幸多(さたけこうた)の父、寿明(としあき)だった。ポロシャツからは、陽に焼けた若々しい肌が覗く一方、顔つきはどこか重たげだ。沈んだ色の瞳も、口調の軽さ全くにそぐわない。


 一言で表せば辛気臭いのだ。だが、コウタは常日頃から思いはしても、わざわざ口に出したりはしなかった。



「今日は日直なんだよ。面倒くせぇが」


「そうなのか。急ぎでも朝飯くらい食っていけ、ほら」



 投げつけられたのはビニール製の小袋。中を開けば、アーモンドが数粒ほど入っていた。



「要らねぇ。これならメシ抜きの方がマシだ」


「ちゃんと食わないと力が出ないだろ。文句言うんじゃない」



 コウタは大げさな溜息を零しては、一気に口へ放り込んで咀嚼した。香ばしさを心地よいとは思わない。ただのカロリー摂取だと割り切っていた。



「ったくよぉ。次の給料はいつだよ。配給品なんて食い飽きたんだが」


「来週の金曜に振り込み。それまでは3食配給だからな、覚悟してくれ」


「マジで最悪。我が人生」



 コウタは最後のひと粒を口に入れないまま、玄関へと向かった。


 いつものスニーカーを履いた後、ちらりと脇を見た。棚に飾られた写真、梅の木を背景に映る妙齢の女性が、優しく微笑む。そこへアーモンドを静かに添えた。



「母さん、行ってきます。おすそ分けだ」



 そうしてコウタは自宅から出た。快晴。通学路は清々しい朝日に照らされている。アスファルトの水たまりが照り返すので、自ずと眼を細めてしまう。



「コウタ君だ、おっはよーー」



 道を歩くうち、またもや声をかけられた。聞き慣れた声色、同じ高校の制服。コウタより頭一つ低い背丈。ショートボブの黒髪を、右側だけ三つ編みに結った髪。そんな少女が背後から駆け寄ると、コウタの隣に並んだ。


 一体誰なのかは、確認するまでもなかった。幼馴染の宍戸紡希(ししどつむぎ)である。


 髪型にこだわりが強いのか、肩を並べた瞬間、コンマ数秒の間で手鏡チェック。横に切りそろえた前髪を散らしては、絶妙なバランスを探る。傍目からすれば誤差レベルで差分は分からない。少なくとも、コウタからすれば、そうである。



「朝からおっきい声を出すなよ、ツムギ。うっせぇ」


「何でよ。こんなに天気が良いんだよ? スイッと元気になっちゃうじゃん」


「そうか。昨晩はたっぷり寝たしな。オレをスプランに誘っといて、先に寝落ちしやがったくらいだ」


「ウグッ。それはごめんね、何かすっごく眠たくって……あはは」



 スプランとは、スープランナーというオンラインゲームだ。その内容はユーザーが敵味方に分かれて、いち早くスープを生成して相手に叩きつけるという、刺激的なコンテンツである。


 基本無料という手軽さもあり、いまや圧倒的知名度を誇る人気作だ。この2人も多分に漏れず登録済みで、今となっては古参ユーザーの部類である。



「もう金輪際、付き合わんからな。これからは1人で遊んでろ」


「だって、コウタ君が強すぎるんだもん。全然勝てなくてつまんないよ」


「あれでも手を抜いてる。お前が下手すぎんだよ」


「だったらさ、いろいろ教えて。立ち回りとか作戦みたいなの。お泊りセット持っていくから」


「2つの意味でフザけんな。付き合わせる上に泊めろとか、図々しい」


「別に良いじゃん、昔はいつも一緒だったでしょ。今さら照れる間柄でもないし」


「昔は昔、今は今」


「あれあれ? もしかして、コウちゃん発情期かな? たわわに育った幼馴染を、煩悩そのままに情欲の過ちコースとか、イケナイ衝動に苛まれてたりして。んん〜〜?」


「ないない」


「ないかぁ〜〜」



 昨日と変わらぬ道で、いつもと似た会話を重ねてゆく。目に映る景色も、立ち並ぶ家々も変化に乏しい。自分もきっとそうだ。変わらないモノのひとつなんだろう。ツムギの世間話を聞き流す傍らで、そんな言葉を浮かべつつ登校。


 そうして辿り着いたのは、県立ベータ高等学校。水戸エリアでは指折りの進学校である。


 コウタも一応は優秀な生徒なのだが、授業なんて退屈そのものだった。大抵は窓の向こうを眺めている。飛行機雲、住宅街を走る自転車。それらを興味薄に、ただボンヤリと。



(あの飛行機はどこへ行くんだろうな)


 

 今は現代史の授業中だが馬耳東風。教師による事細かな説明も、全て右から左へ、さながらカフェのBGMを聞き流すかのよう。



「こうして、日本の一部だった東京は『エンパイヤ東京』を名乗り、独立を宣言。圧倒的武力をもってして版図を広げること10数年。ついには盤石の基盤を築くに至る。さて、この歴史的偉業を成し遂げたエンパイヤ初代皇帝は……。佐竹、答えろ」



 コウタは答えない。聴こえないフリを決め込む。視線は今も、飛行機雲が青空に溶けゆく様を見つめていた。



「佐竹。答えろ、初代皇帝」


「……ハァ、口にしたくもねぇっす」


「おっ反抗的だな。内申点に響くぞ。そうしたら配給だって減らされる。親子ともども強制ダイエットとは、いささか過激な趣向だな」


「チッ……。稀少院師恩(きしょういんしおん)皇帝陛下ですよっと」


「よしよし。正解だ。次からは文句垂れず答えるように」


「ウッス」



 どう叱られても、興味など微塵もわいてこない。いかに東京が素晴らしく、偉大だ進歩的だと語られようが、コウタにとっては雑音でしかない。特に現代史など、耳を塞ぎたくなる想いだ。


 座学は何かとフラストレーションが溜まる。それを効率的に発散するのは体育で、救済のような一時だ。いっそ全コマ体育にしてしまえと、コウタは常日頃思う。


 やがて、本日の授業が終わると、コウタは帰路についた。その隣にはやはりツムギの姿がある。



「聞いたよコウタ君。体育では大活躍だったんだって?」


「んな事ねぇよ。結局一点差で負けたんだから」


「でもでも、粘りきったというかさ、ヒットを打てたんでしょ? 野球部相手に」


「無我夢中に振っただけだ。そしたらバットに上手く当たってくれた」


「コウタ君のそういうとこ、凄いよねぇ。根性あるっていうか、土壇場の粘り方が違うって言うか」


「変に持ち上げんな。ただの負けず嫌いだろ」



 帰路も徒歩で、肩を並べて歩いてゆく。やがて、別れ道に差し掛かったのだが、なぜかツムギが離れようとしない。



「おい、いつまで付いてくんだ。お前んちは向こうだろ」


「今日は金曜だし、泊まりに行って良いよね? スプラン教えてもらう約束だし」


「いつの間にか、約束した事になってやがる……」


「だからスーパー寄って行こう。食材とか買ってさ、美味しい晩ごはんをご馳走しちゃうよ」


「スーパー? お前、金なんて持ってないだろ」



 そのセリフに答える代わりに、コウタの眼前に一枚のカードが掲げられた。そしてもったいぶるように、カードの端からツムギの不敵な瞳が覗き込む。



「ふふん。この前、ダンスコンクールあったでしょ?」


「あぁ、舞踏館のやつ。たしかお前は金賞をもらったんだよな」


「茨城公爵の目刺(アイザック)閣下が、いたくお気に召したそうで。才ある者に投資する、だそうです」



 ツムギがバッグから取り出して見せつけたのは、プリペイドカードだ。未使用で、5000という印字もある。


 これにはコウタの気怠げな三白眼も、大きく見開いてしまう。



「マジかよ……とんでもねぇ大金を持ち歩いてやがった……!」


「さてコウタ君。そんな態度で良いのかなぁ? んん? 今なら、荷物持ちくらいには取り立ててあげるけど? んん〜〜?」


「バッグをお持ちします、ツムギ様」


「ありがとう助かるなぁ。それから、背中を掻いてくれる? 肩甲骨のとこ」


「背中を掻きます、ツムギ様」


「あ〜〜そこそこ。ありがと……ッ!? ちょっと、脇はダメだってアハハッ! やめてゴメンなさい、調子乗りました!」


「次は何をやらかしましょう、ツムギ様」


「いや、ほんともう良いから。それよりさ、早いとこ買い出しに行こうよ!」



 コウタは腕を引かれるままにスーパーへと立ち寄った。俄然、足取りの軽くなったツムギに先導される形で。


 大街道沿いのとあるスーパーでは、既に数名の先客が買い物中だった。全員、身なりが良い。舶来品の高級服ばかりである。そのため学生服の2人は、やたら悪目立ちした。



「店員からスゲェ見られてる。万引きでも疑われそうだな」


「平気だよ、堂々としてたら」



 ツムギは答えるものの、言葉が軽い。既にショッピングに夢中なのだ。



「ここは思い切ってA5和牛とか食ってみたいですなぁ。でも4500Tenもするんだぁ。これだとお泊りセットの予算が……。いや、タオルや下着なんかは、家まで取りに帰れば良いか。でも折角のお泊りだしなぁ」



 ウーーン、ナヤマシイ。ウーーンウーーン。



「おいツムギ。悩みすぎだろ。スパッと決めちまえよ」


「おっと、これは私の稼ぎで買うんですから。悩むのも決めるのも、私次第だよ!」


「ハァ……。トイレに行ってくる。戻るまでに決めとけよな」



 コウタは手洗い場に向かって歩き出した。棚を埋め尽くすの商品は、全て素通り。いくら眺めても買えないのだから、わざわざ見る必要も無いのだ。


 それから用を足して戻ろうとした矢先、絹を裂くような悲鳴を聞いた。ツムギの声だ。気づけばコウタは全力で駆けていた。


 商品棚を直角に曲がり、駆け、また曲がる。そうして見えたのはツムギで、見知らぬ男に絡まれている最中だった。



「やめてください! 離して!」


「抵抗すんじゃねぇよ。ガキの癖にドスケベな身体しやがって。男を誘ってんだろ、そうなんだろ?」



 固太りした男がツムギの腕を掴む。男は一度、ツムギの強い抵抗で手を振り払われたのだが、怯む気配はない。むしろ1歩、また1歩といたぶるように迫った。ツムギは全身が凍てついたかのようになり、逃げられず、その場で震えるばかりだ。


 その姿を見た途端、コウタの瞳に憤怒が宿った。そうして両者の間に、躊躇なく割って入った。



「何なんだアンタは、乱暴すんじゃねぇ!」


「邪魔すんなよクソガキ。コロッと潰されてぇか、そんで足ふきマットにでも生まれ変わりてぇか、アァ?」


「ガキだったらどうなんだ、オッサン! 良いからあっちに行けよ、怖がってんのが見えねぇのか!」


「クックック、馬鹿ガキがよぉ。テメェこそ、こいつが目に入らないってのか?」


「ワッペンがどうかした……ッ!!?」



 男がジャケットの腕章を見せつけた。金の刺繍で「E」と「T」の大文字が刻まれていた。それを眼にした途端、コウタは腹の底から震えだした。



「エンパイヤ東京……軍人かよ!」


「さっさと消えろ。このオレ様に逆らえば……分かってるよなぁ!?」



 男は腰に差した物を引き抜いた。そして柄のボタンを押しては、ジャキンと、武器本来の長さを知らしめた。


 折りたたみ傘である。紐で閉めているので、傘を開いた訳ではない。しかし、人を殴りつけるのに十分な長さがあった。


 男は、傘を見せつけるようにして眼前に掲げては、先端に舌を這わせ始めた。その凶器でコウタをどうするつもりなのか。わざわざ考えるまでもない。見れば分かる、という状況だった。



「チクショウ! よりにもよって軍人に目をつけられるだなんて!」


「テメェはコイツの彼氏か? 安心しろ、オレ達が飽きた頃に女は返してやるよ。それまで毎日たっぷりと、部隊専属のコスプレイヤーとして働いて貰うがなぁ!」


「この……外道め!」


「さぁて、このメスガキにはどんな格好してもらおうか! つうか、隊長に献上したら出世間違いなしだぜ! あの人は巨乳JKが何よりも大好きだからよ、ギャーーッハッハ!」


「……随分ゴキゲンだけどよ。ズボンのチャックが開きっぱなしじゃ、色々と台無しだろ」


「なっ、何だと!? まさか閉め忘れ――」


「スキありだ、ゲス野郎が!」



 ドカッ、バキィッ!



「大丈夫かツムギ、走るぞ!」


「う、うん!」



 コウタは全力で店外へと飛び出した。そして裏路地に潜みつつ、退路を探る。物陰からは、通りが騒然とする様子が見て取れた。



「50号沿いはダメだ。あちこちでドローンが飛び回ってやがる」


「どうしよう。コウタ君……」


「とにかく裏道を行くぞ。オレんちまで帰れたら、一応は安全だと思う」



 人目を忍びつつ、大きな通りは避けながら、帰りを急いだ。日暮れを迎えた事は幸いだ。彼らは暗がりに紛れつつ、どうにか自宅へと戻る事が出来た。


 そんな2人を出迎えたのはコウタの父、トシアキである。



「おかえりコウタ。今日はツムギちゃんも一緒なんだな」


「親父。訳を聞かずにツムギを泊めてくれ。2、3日で良いから!」


「お前なぁ……。高校生なら清い交際に留めておけ。ただれた関係なんて認めんぞ」


「違ぇし! そうじゃねぇよ!」



 結局は洗いざらいを喋った。トシアキは怒るでも嘆くでもなく、ただ神妙に頷いた。



「そういう理由なら仕方ない。だが、ほとぼりが冷めるのを待つより、訴える方が良いだろう」


「訴えるって、誰に?」


「県庁にコンプライアンス窓口がある。そこに正当防衛だったと陳情すれば、あるいは」


「上手くいく見込みは?」


「やらないよりはマシ、という程度だろう。ともかく、父さんがメールを出しておく。2人は休んでなさい」


「それじゃあ私、晩ご飯の用意をしますね!」



 しばらくして、食事の用意が出来た。食卓で3人分の料理が湯気を放つ。スパイスの効いた香りが、空きっ腹をくすぐるようである。



「美味い! 配給食でも、華があると味わいが違うな」


「そんな事ないですよぉ、おじさんってば〜〜」


「男2人きりだと、空気が重たくって敵わん。なぁコウタ?」


「別に。とっくに食い飽きたクソ配給じゃねぇか」


「お前なぁ……少しはツムギちゃんに気を遣えよ」



 コウタはたしなめる声を無視して、手元の料理をいじくった。平たい形の小麦パンに、ドロリとしたスープ。栄養満点で、味は選べる3種類。コンポタ、牛すじカレー、芳醇ガーリックバター。


 全てが洗練された味わいだ。だから最初は美味いと感じられるが、いつかは飽きる。コウタにすれば、食事など生き延びる為の作業でしか無い。味を愉しむ気持ちなど、どこかで置き去りにしていた。



「ごめんねコウタ君。本当なら、何か手料理を用意したかったけど。何も買えなかったから」


「謝んなよ。お前のせいじゃねぇし」


「手料理……か。懐かしい響きだな」


「どうかしたの、おじさん?」


「いやね、昔はこんな暮らしじゃなかった。毎日のように、愛する妻の料理を味わう事が出来たんだ。茨城料理がたくさん並んでさ、本当にもう、色とりどりで……」



 今現在、卓上にあるのは配給食のみ。栄養価は高くとも、満たせないものが余りにも大きすぎる。



「お前の母さん、万菜(マナ)と過ごした日々が、今では遠く感じられるよ。当たり前の暮らしが、いつまでもこうして続くんだろうと、考えていたものだが」



 父の言葉に、コウタは胸を突かれた想いになる。自分の思う『当たり前』も、いつしか終わるのだろうか。なんとなく学校に通い、補給の為だけに食事を摂り、たまにツムギが騒がしくする日常が。


 果たして遠くに感じる日など来るのか。そして自分はその時どう思うのか。コウタには分からず、押し黙るしかなかった。



「おっと済まない。湿っぽくしてしまったな。風呂を沸かしてくるよ」



 バツが悪くなったトシアキは、速やかに退室した。残されたコウタ達も、どことなく気まずさを覚え、口数が少なくなる。


 それから食事を終えた2人は、コウタの部屋に集まった。ゲームに興じる気分ではない。パソコンで流行りの動画を流してみるものの、のめり込む気分になれず、ただ視線で追うばかりだった。


 そこで口を開いたかと思えば、全く別の話題になる。



「コウタ君。私達、この先どうしようか?」


「親父のメールには、まだ返事がないらしい。土日は休みだから、月曜に期待したいとか言ってた」


「上手くいくと良いな。ちなみに、私の家には連絡してあるから。あとで菓子折りを持っていきますってさ」


「要らねぇよ。そんな気遣い、今更」


「それから、お赤飯も炊いておくって」


「そっちも必要ねぇよ」 



 未来を不安視するのか、していないのか。曖昧な温度感の会話を重ね続けた、その時だ。ふと窓の向こうから物音を聞いた。


 コウタは息を殺しつつ、カーテンの隙間から外を覗き込んだ。



「ねぇコウタ君。もしかしてエンパイヤが……」


「違う、親父だ。蔵に入って行った。やたら風呂の用意が長いと思ったら、何してんだよ」


「不用品の整理とか、そんなんじゃないの」


「わざわざ暗い時間にやるか? 多分、違うと思う……」



 コウタが部屋を出ると、ツムギもその後に続いた。そして足音に注意を払いながら、静かに、薄暗い庭を歩いていく。


 蔵の入り口からは小さな灯りが漏れていた。白色電灯ではない。ロウソクが放つ、儚くも暖かみのある光だった。



「何やってんだよ親父。こんな夜中に……ッ!?」



 コウタは見た。隣のツムギも同じものを見た。薄明かりの中、目を疑うばかりの光景を。


 トシアキは片手にワラを、もう片方の手には箸を握りしめている。付近に漂うのは、痛烈なまでの腐敗臭。にわかに頭痛さえ感じられる程の臭いが、蔵の中に充満しているのだ。


 それは納豆だ。東京に支配されてより10余年。所持と摂取を固く禁じられた特産品が、彼の手に握られているのだった。



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