第9話 ロボット
ひつじがいっぴき、ひつじがにひき、ひつじがさんびき――。
もううんざりするほどの数だった気がする。
うんざりするほど頑張って数えたら、ちゃんとここに来ることができたらしい。
だけど――
「あれ、なんで?」
来るべき館じゃない。たどり着いたロビーで、フロントにいる女の子を見て、そう思った。
「ようこそお越しくださいました」
後ろから、相沢さんの声がした。
「えっと……」
振り返って声の主を見る。やっぱり、相沢さんだ。あれ、僕はここに来るべき人ではないんじゃなかったっけ?
「昨日、こちらからチェックアウトなさったので」
「あぁ、だからここからスタート?」
「まぁ、そんなところ、ですかね」
相沢さんと会うのは二度目だけれど、こんなに歯切れの悪い人だって印象はなかった。
なにか、都合の悪いことでもあったのだろうか。
『コウジくん!』
名前を呼ばれて、声がした方を見る。と、目に入ったのはミオちゃんだった。駆け寄ってくる。満面の笑みで。
「あれ、ミオちゃん」
「やっと会えた」
走ってきたからか、息が切れている。けれど、顔には輝くような笑みがそのままだった。
「あの後詳しく調べたのですが――」
僕とミオちゃんがこのリトルホテルで再会した。その喜びの風船に針を刺すように、相沢さんが堅苦しく言う。
「夢野さまは――」
「待って。なんか〝さま〟づけは嫌だ。せめて〝くん〟にしてくれない?」
「かしこまりました。夢野くんは、ふたつの館を行き来できるようになっていました。手違いなどではなく、こちらに来る資格をお持ちで、だからこのロビーに辿りつくことができたようです。そして、こちらの館からチェックアウトなさったので、こちらの館にチェックインした、ということになります」
「よかった、コウジくんに会えて」
ミオちゃんに手を握られて、ドキッとした。
相沢さんが僕の顔をじーっと見ている。ちょっと顔が熱い。赤くなったりしているだろうか。なんて考えたら、もっともっと熱くなってきた。なんだか少し、恥ずかしい。
「あの、本日はメモリの確認は不要で?」
相沢さんに言われて気づいた。来ると思っていなかった館、会うと思っていなかった相沢さん、会えると思っていなかったミオちゃん。いろいろなまさかの連続で、せっかくのイメージトレーニングがちっとも役に立っていなかった。
メモリを見る。覚えた。
「えっと、それで、相沢さん」
「はい、なんでしょう」
「タイチたちのところに行きたいんだけれど……」
「かしこまりました。案内の者を――」
「えぇ、行っちゃうの?」
ミオちゃんの唇がとんがった。
「ジュース一杯飲んでいくくらい、ダメ?」
「え、う~ん」
相沢さんは、聞いても「お部屋の中に、説明がありますので」で済ませるような人だ。チェックインの時間が30分早いんだから、ジュースの一杯くらい大丈夫かなぁ、なんて訊いたところで、答えてくれる気がしない。
あっちの館でチェックインしたら、こっちの館では『未来時』って言われたくらいだ。もしかすれば、もうすでに遅刻……?
「ごめん、今日はタイチにいろいろ謝らないといけないことがあるから」
「そっか。残念。じゃあ、また今度ね」
「うん」
相沢さんが準備してくれた「案内の者」はロボットだった。それに、人型じゃなくて、ぷかぷか浮かぶウサギに似た妖精みたいなヤツだった。お腹にちょっと傷がある。不思議な、絵みたいな傷が。
そいつがどんどん進むから、追いかけるようにずんずん歩く。ロボットは時々鳴くけれど、何もしゃべらない。だから、まるでひとりぼっちだった。長い廊下を、ずんずん。僕ひとり分の足音を響かせて、歩いた。
たどり着いたロビーには、タイチがいた。
僕のことをちょっとチクチクする目で見たと思ったら、びっくりした顔に変わる。
「おい、なにそれ?」と、タイチがロボットを指差し言った。
「迷ったところから、ここまでこれに連れてきてもらった」
「コウジ、本気で迷ってたの?」
「うん」
「どうして……?」
「わかんない」
リトルホテル歴が僕より長いタイチだけど、迷う人と案内ロボットを見たのは初めてらしい。あんまりあんぐり口を開けるから、びっくりして僕もポカンと口を開けていた。
疑いは晴れた。
今日も遊ぼうぜ、なんて言いながら、とりあえず鍵を受け取る。
案内ロボットとはここでお別れだ。
ありがとう、とお礼を言ったら、「ピィッ」と鳴いた。
今日は二メモリ後に中庭に集合だ。
ロビーを見回し、時計もどきを探す。
見つけた。さっきよりけっこう動いてる。今のメモリの位置を、しっかり目と頭に焼き付けた。
部屋に入ると、もう一度メモリをチェックしてから、説明書のチェックインの部分を読んでみる。
けれど、何故だかチェックインの部分に落書きがあって、まるで虫に食われたみたいにところどころ読めなくなっていた。
頑張って読もうか、投げ出そうか。ちょっとだけ悩む。
でも、悩んだのは本当にちょっとだった。
だって、メモリが動いていたから。
一メモリ動いた時間、感覚から考えると、そろそろ中庭に行かないと。
僕は急いで、部屋を出た。
中庭に着くと、タイチやみんながなにして遊ぶかを話し合っているところだった。
その中には、知らない子も混じっていた。
「こいつ、マジ頭いいんだよ」
名前を教え合う前にそう紹介されて、少し気恥ずかしそうにした男の子は、ユズキと名乗った。
知らない子は他にも何人かいて、話を聞くに、隣の小学校の子らしい。
このホテルには、同じ学校の子じゃない子がいることは知っていた。でも、隣の小学校の子ってことは、割と狭い範囲で起こっている奇跡なのかもしれない。
相沢さんも、隣の小学校に通っているんだろうか。
リトルホテルで会うことはめったにないのかもしれないけれど、もしも隣の小学校なら。
現実の世界で会うことも、可能かもしれない。
少し、いや、たくさん。ワクワクした。
ここでできた友だちは、目が覚めても友だちってことかもしれない。そんな期待が、ぶくぶく膨らんだ。
「今度勉強教えてよ」
「もちろんいいよ!」
「宿題手伝って」
「学校違うんだし、役に立たないかもよ?」
「それは、解いてみないとわかんないじゃん? 明日、教科書とか持ってきてもいい?」
「けっこう本気だぁ」
ユズキが仕方ないなぁ、とでも言いたげに笑った。
「ねぇ、教科書ってどうやって持ってくるの?」
「説明読めよ」
また言われた。今度はシュンに。
「今日の部屋の説明、落書きだらけでさ」
落書きだらけの説明書に出会ったことがあるのは、僕だけらしかった。
お前ふざけてんのか、と肩でぐいぐい押された。
「眠る時、持ってきたいものを抱きしめておくんだよ」
ユズキがこっそりと教えてくれた。
「ありがとう」
にっこり笑い合って、遊びだす。
今日はみんなで、鬼ごっこ!
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