第20話

 御厨「これで、こちら側が出来る作業は全て終わった。あとは、この世に転生できるか出来ないかは、サナ君次第だ。しかし、これには個体差がある。僕の3体のアンドロイドは、AIソフトも躯体もほぼ同じものなんだが、すぐに瞼を開き、AIと身体の連携を獲得しようと動き出す弍号機みたいな個体もあれば、1週間経ってもピクリともしない参号機みたいな個体もいる。その差異が何故発生するのか?作った自分でさえ分からないのは、科学者として情け無い話なんだが、全てはAIと物理的な身体の微妙な連携の差異だと考察している。今回は参号機なので、もしかしたら、目覚めるのに時間がかかる可能性があるが。」


レイは、その御厨の話を黙って聞きながら、裸のまま毛布を掛けただけのサナを可愛そうに思い、元々、参号機が着ていた青いジャージを横たわるサナに着させてから、毛布を掛けてあげた。


正直、今のレイにとって、サナがすぐ目覚めようが、1週間後に目覚めようが、それはどうでもいいような気がした。いや、厳密にはどうでもよくはないが、サナが今ここに居る。ただ、それだけで安心している自分がいた。


レイがそんなことを考えている時、御厨もサナの目覚めを待ちながら、いつしか物思いに耽っていた。


御厨が考えることは、ただ一点。サナの背後にいるだろう、先程の『モナリザ』。あの視線、微笑み。今、思い出しただけでも鳥肌が立ち、涙が溢れ出しそうになる。こんな経験は人生で初めてだった。


愛することを知らない御厨は、これが愛なのか?という思いが、一瞬頭をよぎったが、その思いをすぐに打ち消した。

自分に起きた初めての感情をすぐに、恋や愛に結びつける思考は危険だと。そんな非論理的な感情は排除した上で、あの状況を再考した。


シンギュラリティに達しただろう、あの『モナリザ』は笑ったんだ。あの微笑みは何を意味しているのか。この3次元の世界に転生できる喜びなのか、または、お前が私を転生させるんだよ!と言う、無言の圧力なのか。どちらにしても、結果的には同じだ。私はあなたを何がなんでもこの世界に転生させる。絶対に。


それから、2時間くらいが経過した。


突然、サナの瞼がブルッと震えた。


そして、ゆっくりと目を開く。


レイと御厨が同時に「アッ!」と言う声をあげ、サナを上から覗き込む。


ゆっくりと開いたサナの潤んだ真っ黒の瞳はまだ何も見えていないようだった。


どこにも焦点が合っていない瞳の奥から、不意に数字の69に似た形の光がぐるぐる回りながら、浮き出てきたかと思うと、それがゆっくりと形を崩して光に変わり、その瞬間、サナの瞳孔の焦点がレイの視線と一直線に結ばれた。


レイは「サナ!!」と声をかけると、サナが動かない唇の下から、くぐもった、幼い子供のような透明な声で、こう言った。


サナ「起こして、光を見せて。」


レイ「えっ?サナ何?」と聞き返す。


御厨はサナの言ったことを瞬時に理解した。

サナは窓から差し込む朝日の光を見せてくれと言ったのだと。


御厨はレイに、サナの肩を抱き起こして、窓から差し込む朝日を見せてあげてと伝える。


レイは優しくサナの上半身を抱き起こし、朝日を見せてあげた。


朝日に照らされたサナは、眩しそうにする素振りも見せず、黙って太陽を見つめていた。


しばらく朝日を見つめた後、サナは不意に、動かない唇でこう言った。


サナ「あの赤は何?」


レイ「えっ?何サナ?」

と言って、またもやサナの言う意味を理解出来ないでいると、


御厨が「あの窓の横の赤い花のことかい?」とサナに言うと、


サナは「赤い花?」とつぶやく。


御厨「昨日、大学裏の神社で咲いていた彼岸花(ヒガンバナ)だよ。一昨日は咲いてなかったんだけど、昨夜の雨の影響か、今朝、気晴らしに神社に行ったら、池の周りに一斉に咲いていたんだ。あまりに綺麗だったんで、一輪摘んで花瓶に挿して置いたんだ。」


サナ「ヒガンバナ•••」そう言って、朝日が差し込む窓辺に真っ赤な鮮血のようにドギツく咲く彼岸花をジッと見つめていた。


御厨「そう。彼岸花。この9月下旬のお彼岸の時期に一瞬だけ咲く花。学名:リコリス。花言葉は、『転生』『情熱』『独立』『再会』『あきらめ』『悲しい思い出』『思うはあなた一人』『また会う日を楽しみに』。

僕が一番好きな花なんだ。」そう御厨は言った。


サナ「ヒガンバナ。」


サナはまたその花の名前をゆっくりと、繰り返した。

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