魔女と最後の彼女への手紙①
あれから数日が立った――。
彼女とは相変わらず昼休みに会い、談笑をする。
その間彼は決して僕の中から出てくることはない。
楽しく笑いあっている時間の刹那、僕はふと考える。
あと何度こうやっていられるのだろうか。
彼女の口ぶりからすると、おそらくそんなに残りもないのだろう。
それをお互いにわかっていても、いやわかっているからこそ、今までと同じ何も変わらない関係のままで学校では居たいとお互いに思っているのかもしれない。
どちらかが、そっとどちらかに押してしまえばこの関係はおそらく崩れてしまうだろう。
それくらい今の僕らの関係は危ういんだと思う。
あれからもなお僕は夜な夜な家を出ては、近くの河原で剣を出して素振りをする。
少しでも彼女と戦えるように。
ある時から彼も協力をしてくれるようになった。
僕の体を使い、数々の剣技を実践する。
それを見て、体感して、実践をする。
毎日それを繰り返す。
「やっと少し、剣に使われなくなってきたな」
「この剣は彼女に届くか?」
僕は自分のなかの彼に問う。
「まだ全然及ばない、が。運が良ければ届くかもな」
つまり僕の実力そのレベルってことだ。
「全盛期の私ですら届かなかったのだ。付け焼刃の君には到底届かないさ。ハハ」
僕は無心で体を動かすが、意に反して口だけは僕の意志ではない意志で動かされる。
試しに僕は聞いてみた「二人でならどうなんだ?」と。
「んー、今の君とならきわどいところだけどなぁ。届かなくはないかもなぁ。ただ運はかなり必要だな。ただ私は君と組む気はさらさらにけどね」
そう言うと、僕の口角が上がるのを感じた。
「そもそもさ、あの時彼女を殺せたんじゃないのか?なんでそれを止めたんだよ」
僕は何度目かわからない、同じ質問を彼に投げかけた。
「……」
彼はこの件に関してだけは絶対に答えない、必ず沈黙するのだ。
「ふぅ」
──通りいつもの素振りが終わり、座り込んだ。
「よくもまぁ、毎日頑張れるよな。暇なのか?」
彼に嘲笑われる。
最近では彼とも少しだけ、こんな風におしゃべりすることもある。
「あーあー、はいはい、暇なんですよー」
僕はヤケクソ気味に答える。
仰向けになって星空を眺める。
「彼女との決着までもうそんなに時間はないんだろ?」
彼に問いかける。
「おそらくな」
彼は短くそうとだけ答えた。
「はぁ、そんなに急かされたってさぁ。どうにも出来ないってばよ」
僕は夜空に吐き捨てる。
「最初よりはマシにはなっただろ、人としても。この時代に人の肉を抉る感触を知っているのなんて、医者か殺人鬼くらいだもんな」
そういうとケタケタと彼は笑った。
もう何度味わったのかわからない、彼女の肉を切り裂く感触。
今でも時折夢に出てきて目が覚めることがある。
あの日を僕は一生忘れられないのだろう。
そんなことを考えながら夜空を見上げる。
今日は月も明るく、雲もない。
時折流れ落ちる流れ星に、何か願うか考える。
今の僕には星に願うほどのものはないが、叶えたいと思うものはいくつかはある。
まぁ一つは僕の中に居る彼を早く追い出したいなんだけど、それは自分で何とか叶えるとしよう。
しいて言うなら、あの日の彼女とのデートをやり直せればなとは思った。
進んでしまった時間を巻き戻すことは出来ない。
それを分かったうえでの行動だった。
彼に邪魔をされなければあのまま終われたかもしれないのに、とは未だに思うことはある。
あの日以降、彼とは少し対等に話をすることが出来る様になった。
あの日の夜から何度も彼に問いかけた。
最初こそ無言を貫いた彼だったが、根負けしたのか少しずつお互いのことを話し始めた。
彼の生い立ちや、彼女と出会ってからのこと、一緒に居た間のこと、そして別れた後のことを。
彼から毎日少しずつ、気分が良ければ少し多く。
そんな風に彼から少しずつ、彼の人生を聞いた。
僕は今更彼の人生に共感することも、同情することもないけれど、それでも静かにゆっくりと彼の話を聞いた。
彼は言った、自分にとって彼女は母であり、姉であり、また愛しい人であったと。
自分の命は彼女のおかげであったのだから、せめてそのすべてを彼女の為に使い切りたかった。
そのためならどんなことでもしようと思った、と。
彼は会話の端々でそういったようなことを繰り返し言っていた。
僕は彼の言葉の中で唯一気になったのは、彼女のことを一人の女性としても見ていた様な節がある点だった。
彼のいう愛とは……。
僕は一度考えかけたことを、考えないことにした。
彼の中に出てくる彼女は少し今の彼女とは乖離している様な気もする。
気になる点は少しあるものの彼の語る彼女と、僕の知る彼女は概ね同じだったのでそれ以上を深く考えるのはやめた。
ある日彼から提案を受けた。
「あの電車で直接稽古をつけてやるよ」
僕はあのボコボコにされた、日を思い出す。
あの時の恐怖はまだ体から離れないのか、少しだけその提案に体がこわばるのを感じた。
でも僕は「やるよ、頼む」そう彼に言った。
「いいねぇ」その言葉に、あの時の気持ちの悪い笑みを思い浮かべて寒気がした。
そして彼は「明日にでもあの電車に乗れ」それに僕が分かったと返すと、「じゃあ、明日」そう言って声を掛けても反応をしなくなった。
僕は一人夜道を歩きながら、明日彼と対峙する恐怖を少しでも踏みつぶすように足に力を入れた。
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