僕は知っていた、彼女が魔女であることを。
月兎 咲花
プロローグ
僕が手に持つ分厚く大きな剣は彼女のお腹をじっくりと、手に感触を残しながら進んでいく。
腹を貫く際の小さな抵抗と貫き始めてから肉をかき分けるような感触、腸やその他臓器に触れたような些細な感触の変化を感じつつそのままの勢いで背骨までを貫くと、また小さな抵抗のあと皮を破るような音と共に抵抗がちょっとだけ軽くなった感触が手に伝わる。
「うぇ……おえぇぇ……」
びしゃ、びちゃびちゃっ……
口から少し酸っぱい匂いのするものが落ちていくと同時に赤い液体が跳ねて足元に散らばる。
彼女の体を通して剣から伝わってくる、感触に思わず吐いてしまった。
目の前の彼女の体を貫く感触は、あたかも自分の手を彼女の体に突っ込んで弄って《まさぐって》いるかのようなリアルな感触。
その感覚に怖気が走った。
視線を落とすが、否が応でもその大きな剣が目に入る。
ポタポタと手を伝う、血の感触に雨や水を浴びた時とは違う
今まで感じたことのない感触に違和感だけを覚えながら、それを見ないフリをした。
「ゴホッ」
彼女が咳き込むとその口元から少し黒くなった液体がびちゃびちゃと音を立ててこぼれ落ちる。
「これでもまだ......足りない......」
目の前には分厚く大きな剣で貫かれている彼女だけ。
口からゴボゴボっと血を吐きながらも彼女は、それでも余裕な顔で笑っていた。
その顔と瞳にほんの一瞬見惚れるも、僕は少し力を込めて、剣をさらに押し込む。
「私を殺すにはまだ、こんなんじゃ足りないよぉ」
ぴたぴたと口から滴る血が小さな池に落とし続けている。
まるで湖が広がってるのかのように、そこには自分の姿が映っている。
湖を広げるように、なおも血を口から吐き出し続けている。
僕は彼女を貫いている、剣と腕が繋がって延長線にあるかの様に感じつつ大剣の握りに更に力を込めた。
「「もうこんなことしたくない......」」
思わず僕の口から言葉が漏れてしまった。
彼女の気持ちを考えるとこんな情けない言葉を出すつもりはなかったのに、思わず漏れ出てしまった。
持ち手に力を加えるほど彼女の血で滑り、手は赤黒くドロドロになっていく。
おおよそ人ひとり分以上の血は既に流れているだろう。
キュキュッ――
彼女の血で今度は足が滑る。
一瞬靴の跡が出来るがまた血溜まりに戻っていく。
目の前の彼女は僕の握る大剣に貫かれたまま、全くその場から動いてはいない。
それなのに僕は後ろへとジリジリと押し戻される。
後ろへとジリジリと押し戻されるに合わせて、ちょっとずつ大剣も押し戻されている感触と、強く握り込んだ手のひらの皮が引っ張られる。
ギリッ、、、
歯を食いしばり、足と腕に血管が浮き出るほどの力を入れる。
足元まで広がった血溜まりは僕の足を掬い取っていくように纏わりついて気持ち悪い。
僕の足を引っぱるかのように、後ろへと押し流すように足に血が押し寄せる。
足にまとわりつく血溜まりの感触で背筋がゾッとする気持ち悪さを感じるが、歯を食いしばることでなんとか押さえつけると、一歩前に進む。
ふっ、と一瞬手から力が抜けた。
その瞬間吹き飛ばされたかと思うほどの衝撃に襲われ、尻餅をついた。
僕の手が離れた彼女に突き刺さったままの剣が、ジリジリと僕の方に引き抜かれていく。
なんの力もかかっていないはずなのに、本当にゆっくりと抜けていく。
その光景に目を疑いながら、何も考えられないでいた。
「ぐふっ、がはっ、がはっ」
その剣の動きに合わせるように彼女がむせると、その振動が切り口に伝ったのかドロっと赤黒い液体が剣と体の裂け目から漏れて、血溜まりを深くする。
さっきまで掴んでいた握りから滴る血を、呆然とただただ眺めていることしかできなかった。
ぽちゃん――
剣から滴り落ちたものが血だまりにぶつかり、その音が聞こえた気がした。
その音に彼女のため息が被る。
「はぁ」
徐に《おもむろに》ため息をついたかと思ったら、さっきまで動かずにじっとしていたはずの彼女は手をその突き刺さったままの剣へと伸ばすと......
一気に引き抜いた――
「カハッ、なかなか良い一歩だったけど残念。時間切れだね......」
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