血塗れ聖女の献身を彼だけが知り、そして愛した

砂礫レキ@無能な癒し手発売中

第1話 召喚聖女は別れを告げる

「異世界の聖女アイラ、お前を魔族であることを隠匿していた罪で処刑する!当然僕との婚約も破棄だ!!」


 そうアル国の第一王子エルンストが言い出したのは魔王討伐記念の祝宴の最中だった。

 傷一つない体を豪奢な衣装に包んだ彼は、質素なワンピースを身に着けた黒髪の少女を睨みつけている。

 大きな宝石が輝く人差し指をエルンストはアイラに突き付けていた。


「魔族? その親玉である魔王を倒して来た私がですか?」

「そうだ!その黒く不気味な髪がその証拠だ!」

「……貴方たちが勝手に召喚して聖女だと呼んだ時から、いえ生まれた時点で既にこの色でしたけれど。


 そして私が以前住んでいた国ではほぼ全員黒髪です。」

 アイラと呼ばれた少女は淡々と反論する。

 少女の顔立ちは整っていたが過酷な長旅でその肌と髪は荒れ頬には切り傷があった。

 そして衣服の下は包帯だらけだ。

 全て魔族及び魔王との戦いで受けた怪我だった。治癒が追い付かなかったのだ。


 魔王が倒されたという報に浮かれたアル国は旅から戻った勇者たちを療養させる前に祝うことを優先させた。

 連日のパレードに祝宴に無邪気に浮かれているのは戦わなかった者達だけだ。


 勇者として召喚された茶色の髪の少年ソウゴは疲れ切っている。

聖女として召喚された黒髪の少女アイラも服の下に怪我を隠していた。

 そして二人と共に旅をし魔王城まで導く役割を持ったのは銀の髪を兜に隠した聖騎士のカリス。

 両手足を骨折した彼は流石に参加を免除されてこの場に居ない。

 元々王宮警護をしていたカリスは城内の自室でずっと療養中だ。


「何を言っているんだエルンスト王子、アイラの魔法がなければ魔王は倒せなかったんだぞ!!」


 ソウゴが黒髪の少女を庇いながら憤る。

 彼もアイラと同じくラフな格好で帯剣もしていない。しかし歴戦の戦士のオーラが周囲の人間を怯ませた。

 黒髪の聖女は自分と彼の恰好を見比べ溜息を吐く。


「私とソウゴ君に渡されたこの服、もしかして奴隷用の服ですか?」 

「えっ」


 唐突なアイラの台詞に勇者ソウゴは驚く。

 しかし正面に立つ第一王子が嘲笑を浮かべていることに気づき精悍な顔に怒りを浮かべた。


「ふん、気づいたか。先程は処刑と言ったが必死に命乞いするなら奴隷として扱ってやってもいいぞ」

「そんな、どこまで俺たちを馬鹿にするんだ!!」


 勝手に召喚した上に命懸けで戦わせておいて。

 悲痛ささえ感じるソウゴの叫びにエルンストが罪悪感を抱くことは無かった。

  

「貴様たちはこの国の為に召喚されたんだ、それが役目だろう?」

「……前から思っていたけれど、親の教育がなっていないわね。それともこいつが飛び抜けて救いようのない馬鹿なのかしら」


 うんざりした口調で聖女アイラが言う。

 軽蔑を隠さない言葉にエルンストは顔を真っ赤にした。


 宴に列席している貴族や高官たちの大半がおろおろと三人のやり取りを見守っている。

 しかし誰も口を挟むことはなかった。

 王子もそして勇者パーティーの二人もここにいる人間の命など簡単に奪えるのだ。

 

「うるさい!汚れた色の傷物女が!戦うしか能のない婢女はもうこの国に必要ない!」

「……それは、魔王が倒されて世界が平和になったからですか?」

「そうだ!僕は美しい歌と姿で身も心も癒してくれる彼女を妃にする……来い、エミリア!」

「はい、エルンスト様ぁ」

「見ろ、彼女こそが本物の聖女だ!!」


 彼が合図をすると集団の中から宝石だらけのドレスを纏った女性が近づいてくる。

 輝く様な金髪に紅玉の瞳。そして煽情的な体つきの美女はエルンストの腕に体を密着させた。

 そして勝ち誇るような笑みをアイラへと向ける。


「エルンスト様ぁ、魔王が倒された今はこの女こそが王国の脅威になります。奴隷なんて駄目、ちゃんと処刑しなければ」

「そ、そうだな。アイラ、お前は死罪だ!せめてギロチンで楽に死なせてやる……泣いて感謝しろ!」


 魔王退治の功労者に対しどこまでも傲慢に振舞う王子を前にアイラは表情を消す。

 軽く溜息を吐いた後、彼女はある人物に呼びかけた。


「もういいでしょうか、陛下」


 それは今までずっと苦虫を噛み潰した表情で事態を見守っていた老人にだった。

 アル国の現国王。ガイウスはアイラよりも深く長く溜息を吐く。

 そして告げた。


「ああ、聖女殿。この愚息で良ければ贄に使ってくれ。これはもう……どうしようもない」

「有難うございます」


 漆黒の聖女は嬉しそうににこりと笑う。それは意外な程愛らしかった。


「ではエルンスト殿下の魂を使わせて頂きますね、ついでに隣の女魔族は浄化しましょう」

「は?」

「え?」



 黒髪の聖女が手を二人に向けた途端、エルンストとエミリアの体が服だけ残して霧散する。

 それは一瞬の出来事だった。

 

 彼らの存在と引き換えたかのようにアイラの手には赤い宝玉が一つ存在していた。


「この魂、大分濁っているけれど血統自体は良いし贅沢な暮らしをしていた分肥えていますね」


 良い燃料になりそうです。

 そう呟くと黒髪の聖女はその宝玉と懐から出したもう一つの青い宝玉を地面に置き、長めの呪文を唱える。

 すると真っ白に光り輝く円形の魔法陣が場に浮かび上がった。

 成人男性一人が立って入れる程の小さな円陣だった。


「ソウゴ君、この魔法陣から元の世界に帰れますよ」


 ある村で教わった帰還魔法ですが、ちゃんと発動出来たみたいです。

 うっすら額に汗を浮かべながら微笑むアイラに勇者ソウゴは目を見開く。


「元の世界……本当に、帰れるのか?」

「はい、召喚される直前は難しくてもしかしたら数か月単位で時間が経っているかもしれませんけど」

「そんなの、全然いいよ!有難う、本当に……!!」


 男らしい顔を涙で歪めてソウゴは黒髪の少女を抱きしめる。

 アイラはその抱擁を何処か寂しそうな表情で受け入れた。


「感激してくれて嬉しいですけれど、魔法が消える前に早く入ってください」

「わ、わかった。でも、アイラは……?」


 流石に二人は入れないよな。

 そう戸惑う少年に漆黒の聖女は少し怒った顔で言う。


「ソウゴ君が戻った後に使うに決まっているでしょう。だから早くしてください。私が帰れなくなります!」

「そういうことか、有難うアイラ。あっちに戻ったら又会おうぜ!」


 慌てて魔法陣に足を踏み入れた少年は再会を約束する言葉と同時に消える。

 漆黒の少女は慈悲深い笑みでそれを見送った。


「こちらこそありがとう、ソウゴ君……そしてさようなら」  


 この帰還魔法は一人分、一回だけだったんです。

 そう悲し気に告げる声が重苦しい空気の中静かに消えた。

 宴に浮かれる者達はどこにも居なかった。


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