第18話 チョコレートなんてどうですか

 テスト期間が終わった。結果を見なくてもわかる。終わったのは期間だけではない。高校二年の夏休みも補習で終わる。ただただ残念だ。他人の不幸で幸せを感じるのは不謹慎だが、高熱でテスト直前の一週間を病欠した結菜も補習組になるだろう。親友がいるのは心強い。梅雨が明けて抜けるような青空以上に深い青色の気持ちを引きずったまま、陽向は帰路についた。

 あれからシャワーで色々試してはみたが、結局刺激したのは尿道だけだ。紗和さんと過ごした日の感覚が気になって勉強に身が入らなかったのは、誰にも言えない言い訳だ。紗和さんのせいにすることもできるが、やはりお門違いだろう。補習は参加さえしていれば問題ないから、無料で涼しい部屋で過ごせるのだと割り切ろう。

 テスト期間中はお休みしていたアルバイト。今日は火曜日なので、久々に出勤だ。テストで惨敗したなんて言ったら、紗和さんは慰めてくれるのだろうか。他愛も無い話で、つまらない私の冗談で、いつもの笑顔でフフフと笑ってくれるのだろうか。まだお昼ごはんの時間にもなっていないのに、出勤時刻の午後五時が待ち遠しい。


 家に帰って、ママが作り置きしてくれた素麺を食べた。パートに行っている時間だから、誰もいない家で一人で過ごす。外で蝉が鳴くのが聞こえる。もう蝉が鳴いているんだ。どうりで暑いはずだ。夏の気温と蝉が放つ騒音は相性が良い。ただただ人間を不快にさせる。ベト付く肌に気付かされた陽向は、そのまま制服を脱ぎ捨て、下着姿でキッチンのイスに座って食後のコーラを楽しんだ。それでも暑い。シャワーを浴び、時間になるまで自室のベッドでゴロゴロしながらTipTopで動画を無感情で眺めていた。結菜やここちゃん並の可愛い女の子が踊っている動画しか出てこない。こんな子たちも性に興味があったりするのだろうか。好きな男の子と身体を暖めあったりしているのだろうか。少なくとも、年上の変態美女とチョコを分け合うことはないだろうな。

 本当にダラダラとした時間を過ごしていた。アルバイトの事を知っている結菜もここちゃんも、火曜日の放課後には遊びに誘ってくれることはない。この二人もどこかで私の知らない秘密を作っているのかもしれないな。まあ、持っている秘密の内容は私以上のものはないだろうけど。


 無駄にダラダラ過ごした時間はあっという間に過ぎ、ドロシーでエプロンを付けて働く。Tシャツにエプロンの紗和さんは、いつもより胸を強調しているようにも見える。可愛らしい笑顔と大きなおっぱいの二刀流の変態は、私のテストの結果を聞いて笑う。

「フフフ。テスト前に変な事でもあったのかしら」

「貴女のせいですよ」

「あら、心当たりがないわ……」

「ええ、心当たりはないでしょうね。紗和さんにとっては日常でしょうから」

「フフフ。ヒナちゃんに起きた事、思い出してみるわね」

 お互いになんて意地の悪い受け答えなんだ。私の口の悪さに合わせてくれているのだろうか。

 あの日もそうだった。恥ずかしさのあまり、乱暴な口答えしかしていなかった。紗和さんはそれを全て受け止めてくれた。その上で、かなり歪んではいるが愛情表現のような行動をとってくれたし、私もそれを身体で受け止めた。愛情なのかな。自分で快楽を得ようとお風呂で格闘した結果、得られたのは全身を震わせるような快楽ではなく半端な量の放尿だけだった。

 愛されたいんだ。私。

 その相手が、たまたま女性だっただけ。男性を知らないまま、女性を知っていく。この先、もしかしたらずっと男性を知らずに女性を愛し愛されていくのかもしれない。

「……ヒナちゃん? どうしたの?」

 会話が止まっていた事に、紗和さんからの呼びかけで気付かされた。天使のような笑顔と雰囲気、悪魔のようなおっぱいと変態性の四刀流の貴方は、私をどうしたいのだろう。

「あ、あの……」

 さっきまでの元気はどこへ行った、私

「明日にでも食べに行っていいですか? その……クッキー」

「……フフフ。いいわよ」

「何ですか? 今の間は!?」

「ううん。何でもないわ。フフフ」

 笑った紗和さんは、何か企んでいるようにも見えた。

「明日、おいでよ。クッキー焼いて待ってるわ」

「あ、ありがとうございます」

「手ぶらで来るの?」

 この質問は、最終確認なのだろう。答えは決まっている。

「そうですね……」

 今回は突然決まったクッキーの試食。コンビニのそれで許して欲しい。次はブランド品のチョコにするから。

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