第16話 甘溶けな後味
心地よいハグの後、何も着けないままでベッドで紗和さんと少し話した。
私はほぼ聞いているだけだった。紗和さんが話したのは昔のこと。紗和さんが性に目覚めた時のこと、男性との経験のこと、紗和さんが追い続けている夢のこと。ほんわかしてエッチとは無縁のような雰囲気の女性だけど、性欲は人一倍ある女性だった。詳しいことは思い出した時にまとめよう。
「そうだ、ヒナちゃん。私のお願い、聞いてくれる?」
そうだ、紗和さん。お願いのこと忘れてたわ。でも……
「聞き入れるかは内容によりますよ?」
「フフフ。そうね。それでいいわよ。私のお願いはね……またクッキーを食べてほしいの」
「は? クッキーを食べるだけ?」
「そう。食べるだけ。食べたくなったら、私にクッキーを食べたい。って言うだけ」
「そんなのでいいの?」
「うん。そんなのでいいの」
「それなら……」
「でも、お店には持ってこれないわよ? お店に行く途中でうっかり割れてしまったら台無しだもの」
うっかりオッケーするところだった。クッキーを食べるなら紗和さんの部屋で。ってことか。クッキーを食べさせてあげるから、そのかわり食べさせろ。と。「それならいいですよ」と言いかけた途中で紗和さんが割り込んだものだから助かったわ。
「それなら……いいですよ」
クッキーを食べたいと言わなければいいだけの話だ。断ってもよかった。でも私の勘繰り過ぎかもしれない。紗和さんのあの夢の話を聞いた後だから、エッチの意味は無く、単純にクッキーの味見を依頼しているのかも。そうだとしたら、紗和さんを傷付けることになる。変態だけど好きな紗和さんだ。傷付けない返答を選んだ。
「フフフ。ありがと」
いつもの紗和さんが見せる、屈託のない笑顔だ。薄明かりの中、至近距離で見せた笑顔が、私はやっぱり好きだ。いつもと違うのは、おっぱいも見える範囲にあることだけど。
柔らかそうなおっぱい……実際に背中の感触も柔らかかったけど、大きくて形の良いおっぱい。笑顔が素敵、ほんわかした雰囲気、お菓子作りがプロ並み、そして大きく形の良いおっぱい。全てにおいて負けている。神様はズルい。一つくらいは紗和さんに優っている部分があってもいいじゃないか。
「喉乾いたね。カフェオレでも淹れる?」
うんと頷くと、紗和さんはベッドから起き上がり、エプロンを付けてキッチンへと向かった。お尻まで綺麗だ。裸エプロンがここまで様になっているのは、紗和さんがそれほどいい女なのか、変態が板についているのか。
すぐに紗和さんは冷たいカフェオレをグラスに二つ用意し、トレイに乗せ左手だけで運んでいる。右手には私が買ったチョコレートを持っていた。
「カロリー消費しちゃったからね。フフフ」
いたずらに笑う紗和さんもとても素敵だった。
「ヒナちゃん、こっちおいでよ」
テーブル前のクッションに腰掛けた紗和さんが、チョコとカフェオレを置きながら私を誘う。うまく立てるかな。まだ力が抜けたまんまのような気がする。が、普通に立ち上がって紗和さんの真向かいに座ることができた。
クッキーもミルクティーもそうだけど、冷たいカフェオレまで美味しく作る。この目の前の女性の残念なところは、ドジっ娘特性があるのと変態なところだけなのだろうか。いや、これでも充分か。
「ふふ。美味しい」
「ヒナちゃん、やっと笑ってくれた。エッチなことしたから、嫌われたのかと思ったわよ」
多分それ、緊張してて顔が固まってたのと、思考が追いつかなくて表情が死んでいただけですよ。
「そうですか? 怖い顔してました?」
「うーん……怖い顔というより……何だろ。うまく言えないわ。フフフ」
チョコレートを一欠片つまみ、口に運ぼうとする紗和さん。とっさにその手を掴み、指先のチョコを唇で捕まえた。その奪ったチョコを、紗和さんの口に近づける。
「ん。ん!」
早く食べてよ。の催促の「ん」。フフフと笑った紗和さんは、そのまま軽く眼を瞑り、チョコを唇で奪い返してくれた。
今日。今。この時間。何か大切な事を知って、大切な何かを失ったのかもしれない。それはまた後で考えればいいこと。紗和さんと一線を超えたのは変わる事のない事実。決して後味の悪い出来事ではない。
口の中でチョコとカフェオレの甘さが広がる。一欠片のチョコはその身をどちらの口の中に投じることもなく、ゆっくりと、本当にゆっくりと溶けていった。後味は悪くなかった。
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