第181話 バトル・オブ・ブリテン(7)

「山口司令。敵機521機撃墜、288機撃破、残りは2,300機です。内、中型機が約300機。戦闘機と爆撃機が接近しているので、戦爆の判別はできません。距離50kmです」


 艦橋にいる山口多聞のインカムに、CDCからの通信が入る。


「よし、よくやってくれた。次は巡洋艦隊の出番だな。距離30kmでSAM-4を全弾発射だ」


 ※SAM-4 射程が30km~50kmの艦対空ミサイル。垂直発射筒1セルから2発発射できる。正式名称は“九九式短中距離艦対空誘導弾”だが、九九式と頭に付く兵器が多いのと、名称が長すぎるためSAM-4と呼称している。


 山口は巡洋艦隊に対してSAM-4全弾の発射を命じた。垂直発射筒1セルに2発搭載できるので、現在即応弾は重巡4隻、軽巡16隻合わせて992発ある。命中率が90%だとすれば、900機はこれで撃墜できるはずだ。


「山口少将。日本の戦闘機隊はどうなったのですか?」


 戦闘中に申し訳ないとは思いながら、観戦武官のジョンソン大佐が心配そうに問いかける。


「ジョンソン大佐。数機が撃墜されましたが、敵機を800機撃退させました。残りの2,300機がこちらに向かっています」


 ジョンソン大佐は顔を引きつらせる。当初2,600機の大編隊と聞いていた。しかし、実際には800機撃退しても、残りが2,300機だという。レーダーで把握できていないドイツ機が居たのだろうが、当初の2,600機と比べると、あまり減ったような気がしない。


 しかし、87機の戦闘機で800機を撃退したとは、ちょっと信じられないような戦果だが、山口が嘘を付く理由も無い。日本の戦闘機はそんなにも高性能なのか?エンジンと機体の設計図をジョンソンも直接見たが、それだけでこんなにも圧倒的なキルレシオをたたき出せるとは思えない。開示された情報以外にも、なにか秘密があるのでは無いかとジョンソンは考えた。


 それはともかく、現実として2,300機のドイツ軍機がすぐそこまで迫ってきている。山口艦隊には巡洋艦が20隻随伴しているが、武装はどれも単装砲ばかりだ。黒海で日本軍の127mm砲がすごいことは知っているが、2,300機に対して20門の高角砲でなんとかなるとはとうてい思えなかった。


 山口艦隊の観戦武官に指名されたときには、日本軍の最新兵器を調査できると心が躍ったが、今となっては後悔しかない。おそらく、50%以上の確率で今日が自分自身の命日になるだろうと、ジョンソンは思っていた。


 ――――


 シェルマン少尉は飛び去って行く日本軍機を見ながら、安堵した。まだこの空を飛んでいることに、どこか違和感を感じながらも、自分の幸運に感謝をする。


 護衛対象の爆撃機隊は、おそらく600機以上はやられたはずだ。日本軍機が爆撃機隊を集中的に狙ってくれたので、我々戦闘機隊の損害は少なかった。いや、少ないと言っても、おそらく200機程度はやられている。これを少ないと思っている自分が少し滑稽だった。


「なにがルフトバッフェは世界一ィィだよ・・・」


 ポーランドでもフランスでも、それなりに損害は出したが敵にそれ以上の損害を与え、短期間で両国とも占領した。Bf109にとって相手となる戦闘機など、このヨーロッパの空には存在しないはずだった。


 しかし、あれは何だ?Bf109を遥かに超える速度と機動に上昇力、そして、信じられないような圧倒的射撃精度。


 日本軍機はBf109よりも遥かに速度が出ているにもかかわらず、Bf109と同じくらい、いやそれ以上の旋回性能を示していた。それだけ機体が高性能であることは解った。しかし、その旋回加速度に、どうやったら人間が耐えられると言うのだろう?旋回途中に、友軍機が何機もコントロールを失って墜落していった。これは、旋回加速度による失神によるものだ。人間であれば、この限界を超えることなど出来ないはずだ。日本のパイロットは、一体どんな過酷な訓練をして旋回加速度に耐えられるようにしているのだろうと思った。


 シェルマン少尉は前方の海域を見る。そろそろ日本の空母が目視できるはずだ。戦闘機隊が飛び去ってからは、日本軍の攻撃は無い。しかし、艦隊に近づいたなら、あのロケット弾攻撃が再びあるかも知れない。だが、おそらく一度に発射できる弾数は300発くらいが限界なのだろう。こちらには、まだ2,000機以上の戦力が残っている。万が一、あと300機やられたとしても、残りで日本艦隊を撃滅出来る。どんな事があったとしても、ルフトバッフェの誇りを守らなければならないのだ。


 ――――


 日本艦隊の巡洋艦からは、VLS(垂直発射筒)の蓋が開きそこからミサイルが次々に発射されていく。そのミサイルは、最初まっすぐに打ち上がり、高さ50mくらいで向きを変え、ドイツ軍機の居る方へと加速していった。


「山口少将。あれは、対空ミサイルですか?」


 空母を囲んでいる巡洋艦から、すさまじい数のミサイルが発射された。空母赤城から一番近い巡洋艦まで300mあるので、その発射音は聞こえなかったがロケットモーターのパワーがすさまじい物であることは容易に想像できた。


「はい、艦対空ミサイルです。距離50km以内に近づいてきた敵機に対しては、この対空ミサイルが使われます」


 大量のミサイルが発射され、周辺の海域がロケットの燃焼ガスによって白く染まっていく様を見ながら、ジョンソンはこの戦争の行く末を考えていた。

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