第132話 第九戦隊司令 山口多聞(2)

「外務省経由でアメリカ大使館とイギリス大使館に問い合わせろ!第九戦隊は国籍不明潜水艦のいる海域に急行する。ヘリは二機を残して他は一度給油に戻れ。給油でき次第発艦し交代する」


 山口少将はすぐさま確認をさせる。返答があるまでおそらく数時間はかかるだろうから、それまでに現場海域に急行し、軽巡四隻で潜水艦を囲むことにした。


 ――――


「不明潜水艦、ソナーで確認しました。距離60km」


「よし、四隻で取り囲んで可聴域で探信音を打ってやれ」


 現場海域に到着した第九戦隊は、不明潜水艦に向けて探信音を撃ち続けた。


 ――――


 ピコーン、ピコーン、


 不明潜水艦の艦内に、探信音の大きな音が響く。


「日本軍の艦船に囲まれました!間違いなく発見されています!」


「くそっ!だから言ったんだ!条約違反の情報収集活動なんてするもんじゃない!」


 アメリカ海軍潜水艦R-9の艦内で、艦長のロバーツは地団駄を踏んだ。条約違反を犯して日本軍の演習を極秘に調査するなど、万が一発見されて撃沈されても文句は言えない。そんな危険な任務は正直やりたく無かったのだ。


 “だから言ったんだ!”と他の乗組員に聞こえるように言ってはみたが、実際に命令を受けたときに抗命をしたわけでは無い。“自分はこの作戦に反対していた”というアピールだ。


 すでに一時間以上探信音を撃ち続けられており、乗組員の緊張も限界に達している。潜水艦R-9の最大潜航深度は約60mなので、音の届かない所まで逃げるのも不可能だった。


 この探信音は明らかに“浮上せよ”との意思表示だ。しかし、浮上したとしてどう言い訳をする?フィリピンからグアムに向けて航行中に進路を誤ったと言うか?しかし、それは“アメリカ海軍はバカなんです”と言っているようなものだ。羅針盤が故障したことにするか?いや、夜になれば星の位置を確認して天測航法ができる。アメリカ海軍はそんなことも出来ないのかと馬鹿にされてしまう。


 艦長のロバーツは様々な思考を巡らす。しかし、何一つ前向きな思考では無かった。


 “このままじっとしていれば、諦めてくれないかな・・・”


 ――――


「山口少将。横須賀鎮守府から通信がはいりました。アメリカ大使館から、当該海域の南方で潜水艦が行方不明になっているとのこと。何らかの故障で漂流している可能性があると言っています。アメリカが救助艦艇を出すので、日本軍は撤収して欲しいとのことです」


「漂流ねぇ・・。救助と言っても到着まで一日くらいかかるのだろう?故障しているのならその間に沈没ということもあり得る。友好国の潜水艦だ。それまでになんとか救助して“おもてなし”をしなければならないな。ところで、情報収集をされている可能性はあるのか?」


「はい、少将。訓練中にも水上レーダーに感はありませんでしたので、潜航して接近してきたものと思われます。音は拾われていると思いますが、それ以外は、まだなにも情報収集はできていないと思われます」


「そうか。潜航して近づいてきたとすると、既に12時間以上は潜っていると言うことか・・。となると、あと潜航できても最大12時間だな。では、故障しているという潜水艦が、自分たちで浮上してくるのをここで待つとするか」


 ――――


「艦長。艦内の二酸化炭素濃度が危険なレベルです。あと4時間程度が限界です」


 艦内の二酸化炭素はある程度ソーダ石灰に吸収させて除去できるが、それも限界がある。R-9潜水艦は、なんとか外洋航海ができる程度の小型潜水艦なので、それほど長く連続潜航はできない。


 二酸化炭素濃度が上昇し、皆判断力が低下しているような気がする。艦長の自分自身も頭痛がしている。もう限界だ・・・。


「メインタンクブロー、浮上する・・・」


 “おれが悪いんじゃ無い・・・。こんな無茶な命令を出した軍が悪いんだ・・・”


 ――――


「ブロー音を確認。潜水艦が浮上してきます!」


「とうとう我慢できなくなったか。救助艇を下ろせ!丁重にお迎えしろ!」


 四隻の巡洋艦から救助艇が降ろされ、手こぎで潜水艦に接岸し、ハッチから出てきた乗組員を移乗させる。


「これで全員か?」


「あと一人だ」


 要救助者が一人になったところで、潜水艦の周りから急に大量の空気が吹き出されてきた。そして、潜水艦は沈下を始める。


「何!潜航だと!?」


 沈み行く潜水艦のハッチから、最後の乗組員が出てきた。そして救助艇に飛び移る。


 潜水艦のハッチは開いたままなので、そこから水が艦内に流れ込み沈没していった。


「ちっ!証拠隠滅か!やはりスパイ活動をしていたのか!」


 山口少将は憤慨するが、まあ、自分が同じ立場だったら同じようにするかとも思う。機密情報を仮想敵国に渡すわけには行かない。


 ――――


 救助されたアメリカ潜水艦の乗組員は、軽巡北上の後部甲板に集められた。もちろん、ヘリコプターは格納庫にしまい、ミサイル発射筒などの機密情報もシートをかぶせて隠してある。


「戦隊司令の山口少将です」


「艦長のロバーツ大佐です」


 艦長のロバーツだけ別室に呼ばれ、暖かいコーヒーが出されている。


「さて、あと10時間くらいで貴国の艦船が到着するとのことですが、その前に、いくつか聞いておかなければならないことがあります」


 ロバーツはおどおどしていた。条約に違反して活動していたのは事実だ。アメリカと日本は戦争状態にあるわけでは無いが、それでもスパイ活動が知られたら、日本に連行されるかもしれない。しかも、この山口多聞という男、雰囲気が怖い・・・。


「この海域で、どんな活動をしていたのですか?アメリカの潜水艦がこの海域に来るとは通告を受けていない。条約違反をしてまで何をしていたか話していただけますか?」


「そ、そんな・・条約違反などと・・・。ただ船体の故障で浮上できなくなっていただけなんですよ。そして、なんとか修理してメインタンクのブローが出来たと言うことです・・。」


 ロバーツはなんとか言いつくろおうとしていた。


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