第102話 新婚と戦車
宇宙軍世帯向け官舎の一室
「陸海軍の航空兵の訓練はどうだ?和美」
あの天覧試合以降、陸海軍の航空士官の訓練を少数だが受け入れている。ある程度の練度の向上を図り原隊に戻し、原隊に戻った航空士官はそこで航空兵の訓練指導を行うことになる。宇宙軍で訓練を受けたことは秘匿されている。
「最初は尊大な態度だったけど、すぐにおとなしく言うことを聞くようになったわ。練度の違いは明らかだしね。それでも一週間くらいで、宇宙軍の通常訓練について行けるまでに仕上げたのよ。結構大変だったけど」
「そうか、それは良かった。大変だろうが、連中の面倒をみてやってくれ」
「ええ、あなた。でも、鹿島での訓練に行くと、数日間帰ってこられないのが申し訳なくて・・・・」
「ああ、俺もさみしいけど、お国の仕事の為だから仕方がないね」
自分が居ないときに、蒼龍に洗濯や炊事などの家事をさせていることが申し訳なかった。普通の家庭なら、妻は仕事を辞めて家に入るのだろうが、宇宙軍では今までも結婚後も働くことを推奨してきていたし、和美自身、自分が最も蒼龍の役に立てる仕事は宇宙軍であることを認識していたので、軍を辞めるという選択肢はなかった。
昭和の初期であれば、普通はこのような嫁は夫の実家から厳しく叱責されるのだろうが、蒼龍の両親はその事について全く無頓着であった。天皇陛下と友人で、しかも宇宙軍を任されている息子に対して、親がとやかく言うのもはばかられると言うこともあったのかもしれない。
蒼龍は、一週間に一度は必ず休みを合わせて取ってくれる。そして、一緒に動物園や公園にいったり、和美と一緒に料理をしたり、お菓子をつくったりする。和美は蒼龍から様々な料理やお菓子の作り方を教えてもらった。和美自身、花嫁修行の様なことは一切したことがなかったので、料理もそれほど得意ではない。幼年学校や兵学校の時に、当番で皆の料理を作った事があるくらいだった。
なので、蒼龍の包丁捌きはまるで魔法を見るようだった。いつも、いろいろな料理を教えてくれる。そして、蒼龍の料理は今まで食べたことがない、素晴らしくおいしい物ばかりであった。
しかし、蒼龍と一緒に出かけるときには、必ず6名程度の護衛がついてくる。もちろん一般人に偽装してはいるが、蒼龍と和美にはわかってしまうので、常に誰かに見られているというのは落ち着かない。和美は、休日は自宅で蒼龍と一緒に居ることが一番楽しかった。
『やっぱり、私の夫は世界一だわ』
和美は蒼龍への愛情と尊敬の念を新たにするのであった。
<試製戦車>
1933年11月
東富士の宇宙軍演習場
一両の無限軌道車両が疾走する。
車体長7.1m、全幅3.24m、重量はウエイトを搭載して44トンだ。砲塔は装備されていない。エンジンは開発中のため、とりあえずV型10気筒21Lディーゼルエンジンを直列に二つつなげて、合計出力1,200馬力を出している。
「げふっ!うぉっ!」
「あと何分?うへっ!」
「あ、あと、1時間半よ!」
「無理無理!死ぬー!」
不整地を時速60kmで疾走するその車両は、現在開発中の六試主力戦車だ。自衛隊の10式戦車をベースにしている。
44tの車両がデコボコな地面でジャンプする姿は圧巻だ。しかし、乗員にとっては地獄だった。
今回の試験では、履帯とサスペンション、変速ユニットの耐久性が確認された。サスペンションはトーションバー方式を採用しているが、十分な耐久性を持たせることに苦労した。自衛隊の74式戦車や10式戦車のような、高度な油圧制御サスペンションの導入は見送られている。
変速ユニットは、10式戦車に近いCVTが開発された。負荷に応じて無段階で変速できる優れものだ。しかも、後退でも同じ速度を出すことができる。
200km走破試験を終えて六試主力戦車が戻ってくる。そして、整備兵が駆け寄り、乗員達を“助け”出した。
約五時間、富士の裾野の不整地を疾走した彼女らは、立ち上がれないほどへろへろだった。
――――
試験を終えた六試主力戦車は、宇宙軍富士整備場に運び込まれて、分解される。
「どうだ?不具合は出ているか?」
「はい、三宅少佐。問題のあったCVTの高圧油圧ソレノイドも大丈夫です。トーションバーも非破壊検査にかけてみましたが問題ありませんし、弾性力にも変化はありませんでした。新品同様ですよ」
「履帯と転輪はどうだ?」
「はい。履帯ピンの摩耗も規定範囲です。転輪のゴムもこれなら合格ですね。十分な耐久性が出ています」
「そうか。これで主力戦車の車台はほぼ完成だな」
六試主力戦車には、車体前面と砲塔の全周に渡って複合装甲が施されている。この装甲は、車体と砲塔前面で均質圧延鋼装甲800mm相当の防御力を誇る。史実に於いて、第二次世界大戦時の戦車で、この装甲を撃ち抜ける砲は無い。ソ連に於いては、76mm砲や85mm砲を備えた戦車の開発が予想されているが、そいつらも蹴散らすことは容易だ。しかし、戦争が長期化した場合は、APDS弾(戦車の装甲を貫くための特殊な砲弾)を実用化してくる国が出るかも知れない。オーバースペックになるかもしれないが、乗員の安全には代えられないのだ。
エンジンと砲塔がまだ開発中のためすぐに量産には移れないが、この車台をベースに“戦車橋”や“戦車回収車”“施設作業車”などの開発に取りかかる。戦車が活動するためには、こういったサポート車両は必須だ。
宇宙軍では、急ピッチで兵器の開発が進んでいた。
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