第23話 雅貴とのデート
「はあっ、はあっ……」
「っちょ、若菜大丈夫か? 病み上がりのくせに」
なんとか走り切った若菜は肩で息をしながら満面の笑みで言う。
「大丈夫だよっ! だってだって、ネズミの国ランドだよ〜! そしてここはタフィーマニアだよ〜! 全力で楽しまなきゃ、意味ないもんっ。ふははっ。でも、あつーい」
「ホラ、もー。だから言ったろ?」
やっとタフィーマニアに着いた俺たち。
身長150cmしかない小さな若菜が、よく体力切らさずにここまで走り切ったな、と思う。
「ちょっとこのまま並んでて」
「うん」
俺はすぐ近くにある自販機で、若菜の好きなレモンティーを買った。
イタズラ心で、若菜に見えない位置から頬に冷えたペットボトルを当てる。
「ひやぁっ! つ、冷たあぁ」
「驚いただろ? これ飲んでちょっと落ち着けって」
「もー! でも、ありがとう。いただきます」
俺と若菜は、付き合う前からこんな感じだ。
小学生かよって思うかもしれないけれど、俺のSっ気は好きな子をいじめたいらしく、若菜をからかっては笑い合う。そんな関係をずっと続けてきた。
「なぁ、タフィーマニアって何があるところなんだ? 1時間くらいは並びそうだけど」
「よくぞ聞いてくれましたっ! 実はね、タフィーのショーを見ながら、ハンバーガーを食べるところなのッ。ここでしか買えない限定グッズとかもあるんだよおおお。隣にはショップがあってね、そこにもグッズが売ってたり、たまにタフィーがお店の中に遊びに来るのッ。はあっ、はぁっ」
若菜は説明だけで息を切らした。
それだけ大好きでたまらないってことなんだろうけど……。
俺は自前のハンカチで若菜の顔の汗をポンポンと拭いてやって、コツンとおでこをぶつけてみた。
「ひゃっ! 私汗かいてるよ」
「俺もだよ。だから大丈夫。……あのさ……」
「……なぁに?」
俺は意識してほしくて、ワザと耳元で囁く。順番待ちの列に並んでるとはいえ、これくらいのこと周りの人も気にしないだろう。
「タフィーばっかりじゃなくて、俺も意識してほしいんだけど? ホラ? カチューシャの耳見てくれよ。『僕、タフィーだよ?』」
「あははは。可愛いね、タフィーくん」
若菜は俺をなでなでしてくれた。
いつもだったら耳元で囁くと照れるくせに、今日は何故か防御力が高い。やはり人目があると自然と気を張るってことなんだろうか。
「ねぇ、あのね、雅貴?」
若菜は、俺の服の袖をチョイッと引っ張った。それも、上目遣いで。
俺も気づかないうちに気を張ってたみたいで、可愛いと思いつつも、いつもより平静を保てている。
「ん?」
「あのね、ちゃんと雅貴タフィーくんのこと、意識してるからね?」
若菜は精一杯背伸びして、俺の腕を掴んで耳元で囁いた。
「ーー!」
ーーこれは、ヤバイ。積極的な若菜は、ヤバイ。
俺は肘で顔を隠して、そっぽを向く。
「それなら、いいんだけどさ」
「ふふふ」
完全に若菜の手のひらの上で弄ばれている感覚。
ネズミの国ランドだとこんな一面も見せてくれるのか、と思う瞬間だった。
「あっ! ホラ、もう次だよ!」
若菜と過ごす時間は、たとえ1時間でも一瞬だ。あっという間に店内に入ることができた。
俺たちは早お昼としてバーガーセットを頼み、ショースペースへ持ち運んでタフィーたちのショーが始まるのを待つ。
◇
『さぁ、ショーが始まるよ!』
タフィーらしき声。ステージの赤い幕が左右に開き、舞台の上でショーが始まった。
『こんにちは。僕はタフィー。ここにいるのは、僕の仲間たちだよ』
「きゃあああああ! 可愛い♡」
若菜は食べることすら忘れ、タフィーたちに夢中になっている。
ショーは30分くらい続いた。
タフィーと彼女のシェリーが付き合った馴れ初めや、仲間たちの出会いについて。
時々、若菜にハンバーガーを食べるようせっつきながら、俺もなんだかんだショーに夢中になっていた。
ーーなんだこれ。タフィーってめちゃくちゃ可愛いじゃん。
『さぁ、ショーはそろそろ終わりを迎えるよ。君たちはどんな人とここに来てるの? 家族? 友達? 恋人? きっとみんな、大事な人たちと来てるんだよね。僕らもそう。みんながとっても大好きなんだ。お互いに、大好きな人を大切にしようね』
ーーなんだタフィー、いいこと言うじゃん。
と思って若菜を見たら、すっかり目を潤ませていた。泣いている若菜に申し訳ないと思いながら、可愛いという思いでいっぱいになって、若菜のことをつい笑ってしまう。
「もう! 笑わないでよ〜!」
若菜は目尻から溢れた涙の粒を拭きながら、ポテトをかじった。このタイミングでポテト食べるのかよッ。
ーー若菜ってヤツはホントにもう……。
「俺は、大好きな若菜とタフィーのショーが見れて良かったよ。タフィーの魅力もわかった! 若菜は、どうだった?」
「……私もそうだよ。雅貴と、見られてよかった。一緒に見てくれて、ついてきてくれて、ありがとう」
若菜はぬいぐるみのタフィーを持って手を振らせ、『ありがとね』とタフィーの声真似をした。
「若菜、可愛すぎだから」
「そういう雅貴タフィーくんも可愛いよ? ね? くまさんっ」
ーーもう完全にメロメロな俺。
でも、もう残り時間が少ない。
俺がどうしても若菜を連れて行きたい場所。
若菜が行きたがっていたタフィーショップへ寄った後は、そこへ連れて行くことにした。
◇
「すごいねぇ! 私、ゴンドラに初めて乗った」
「それは良かった」
海や川を模した水辺の
しかも、ゴンドラを堪能してほしいからと、船頭さんはヘッドフォンをつけているのだ。客の会話が聞こえないようにと。
だからここは、2人だけの世界。
そう。俺は……ネット予約して、ゴンドラを貸切にしたんだ。俺と、若菜だけのゴンドラになるように。
「雅貴、貸切だけど、まさか予約してくれたの?」
「あぁ、まぁな。ちょっと乗ってみたくって。若菜と、2人で」
「……ありがとう」
ゴンドラからは、ムードあるメロディが流れてくる。昼間で人目もあるけれども、貸切であることが功を奏して、そんなには気にならない。
「若菜、渡したいものがあるんだ」
「えっ?」
俺は、リュックからピンクと赤が基調となった花束を若菜に渡した。
「俺たち、正式に付き合わないか? 良かったら、受け取ってほしい」
「雅貴……」
「この後、先輩とのデートがあるもんな。もらってくれるかは、先輩とのデートが終わってからでいいから」
若菜は、自然と涙目になる。
「若菜がずっと先輩のこと好きだったってことは知ってる。でも俺は、若菜が先輩のこと好きになる前から、若菜のこと、ずっとずっと、好きだった。……俺、幸せにするよ。若菜のこと。まだ付き合ったばかり、しかも仮の関係だけど……」
俺は深呼吸して、意を決して言う。
「結婚前提で、付き合ってほしい。俺には、若菜しかいない」
「雅貴……」
ここで、ゴンドラのアトラクションは終了した。俺は先に降り、若菜の手を引いてエスコートする。
ーー俺の言いたいことは、全部伝えた。あとは、待つだけだ。
「もう、そろそろ終わりの時間だな」
「うん……」
途方もない虚無感に襲われそうな時間がやってくる。これからは、先輩と若菜のデートの時間だ。
俺は若菜の返事を聞かないまま、先輩が待つ入場ゲートへと若菜を送り届けた。
若菜の顔は、ほてったままだ。
先輩とこれからデートするからではなく、少しは俺のこと、意識してくれているからなんだと、肯定的に受け止める。
「じゃあ、あとは2人で楽しんでくださいね! 待ち合わせは、7時で」
「了解、ありがとう、鈴木。行こう、若菜ちゃん」
「……はい」
先輩が手を引こうとした、その瞬間だった。
若菜が、俺の方に振り返ったのは。
「雅貴、いっぱいいっぱい、ありがとう。デート、楽しかったよ」
「行こう、若菜ちゃん」
「はい。よろしくお願いします」
先輩は珍しく急いでその場を後にしたように見えた。俺は先輩と若菜の背を見送る。ギュウッと潰されそうな思いがする。
ーーでも。
やれることは、全部やった。
後悔は、していない。
「さぁ、どうやって時間つぶそうかな。……タフィーグッズ、買いに行こうかな」
なんと俺も、すっかりタフィーのファンになっていた。
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