第21話 遅くなった、若菜の告白 side若菜


「ねぇ、いい加減気になるから聞いておきたいんだけれど……若菜ちゃんが鈴木と付き合う前、好きだった男って、誰?」

「え……」


 先輩に、気づかれてしまった。

 どうしよう。嘘はつけないし、もう逃れられない。

 でも、雅貴の前で言っていいものか……。

 私はチラリと雅貴を見た。

 何も言わない雅貴。

 でも……雅貴と仲良しだからこそ感じる。

 『言っていいよ』、『自分で言いな』って。


 言ってみよう。正直に。

 私はすうっと深呼吸する。


「あの……。私……直樹先輩がずっと好きでした。ずっとずっと、ずっと前から」


 先輩の、複雑そうな顔。

 嬉しそうな、悔しそうな、そんな顔。


 ……雅貴は?

 やっぱり、聞きたくなかったよね。

 少しだけ目線を下に落とした雅貴を見ると、胸が痛くなる。


 先輩は大分間を開けてから、話を続けた。


「……そっか……。でも今は、鈴木が好きなんだよね?」

「はい。ずるいけど、雅貴好きです」


 ーー雅貴。なんてずるい言い方。どっちも好きだなんて、欲張りなこと言ってる。優柔不断は人を傷つけるってことはわかってる。でも、これは私の正直な気持ち。


「じゃあ、俺にもまだチャンスはあるってことかな?」

「……」


 雅貴の前で、はい、なんてとても言えない。


「本当、佐々木の言うとおり早く告白すれば良かったよ。いい歳して緊張なんかしてないで。時間を巻き戻せるなら、巻き戻したいよ。……ふ、なんて言ってもしょうがないけどね。

 でも、好きな人が営業課長とかじゃなかっただけマシかな」


 先輩はパチリとウインクした。


「ふふふっ」

「あー。やめてください先輩。想像したくもないっす」


 あぁ。先輩のこういうところに惹かれているの。

険悪なムードでも、一瞬のうちにみんなを笑顔に変えてしまう機転とパフォーマンス。素敵だなって、すごいなって、ずっと思ってた。

 それは、今もそう思う。


 雅貴もそう。本人は気づいていないけどそういうところがある。例えば仕事で失敗したとき。「それ以上気にすんな」って言ってくれる、優しさと包容力があるの。親友だった時から、雅貴のそういうところが素敵だなって思ってた。


 あぁ、私、なんて浮気性なんだろう。


 ここで雅貴が話題を戻した。


「3時間ずつのデートでどうですか。条件として、人目のあるところでデートすること。これは、お互い若菜に手は出さないようにって意味ですね。

 俺が求めるのは、それだけです。」

「乗った」


「あの……」

「「あ! ごめん」」


 私が色々と考えているうちに、どんどんと話が進んでしまった。

 でもこんな提案してもらって、いいのかな。


「いいんですか? こんなに……私ばっかりいい思いして。こんなに優柔不断で、迷惑かけてるのに」

「いいんだよ。若菜ちゃん。言っとくけど、これは俺が望んでいることだ。むしろ、付き合わせてごめん。……俺が手を出さずに2人を見守れたならよかったんだけどさ。……できなくてごめん。俺、本気なんだ」

「直樹先輩……」


 会社の人にはとても言えない、私たちだけの秘密の共有。それに、2人はとっても人気だから、女性社員から恨みを買うに違いない。

 本当に、私だけこんな思いをしていいのかな。


「それで若菜ちゃんは、どこに行きたい? どこでも連れてってあげるよ?」


 ーーデート。……デートにふさわしい場所……。

 それならーー!


「私、ネズミの国ランドに行きたいです!」


 ネズミの国ランドとは、通称、夢の国。

 女の子だけでない、男性にも熱狂的なファンが多いテーマパーク。私の大好きなクマのキャラクター、タフィーとその仲間たちがいるところ。


 先輩はポチポチッとスマホをいじる。


「良かった。明日ちょうど空いてる。日曜日なのに珍しいな。チケット、とっちゃうね」

「あの……お金払います!」

「俺も……! いくらですか?」


 先輩はクスリと笑う。


「今回のところはいいよ、後輩くんたち。俺こう見えて営業成績トップで稼いでるから。俺の、オゴリってことで。まぁ、自分から提案したことだしね。若菜ちゃんにも感謝してるし、鈴木にも。……チャンスをくれて、ありがとう」

「「ありがとうございます」」


 私も雅貴も、ペコリと頭を下げる。


 ーーネズミの国ランドのチケットって高いのに。……せめて、当日は私が何かお支払いしなくちゃ。

 先輩はいいよって言ってくれそうだけど、なにもかもお世話になれないよ。


 実は、こんなふうに先輩が雰囲気づくりをしてくれるのは、今に始まった話じゃない。

 前にも、営業課の人たちが喧嘩した時、二人の肩をポン、と叩いて、


「まあまぁ、お前ら疲れてるんだよ。よしっ! 今日は飲みだ! 一緒に飲みに行こうぜ! 腹割って話そう。奢らないけどな! ははは」


 って言って、飲みに出掛けて。

 次の日には喧嘩した2人は和解してた。

 それを、ちょうど15時のお茶汲みの時に目撃した私。……思い返せば、まだ私が新入職員だったあの頃。

 なんて素敵な先輩なんだろうって、思ったなぁ。

そこからかもしれない。先輩の大人な、包容力溢れるところに惹かれていったのは。



「明日は気合い入れて行こうってことで、若菜ちゃんちに6時に迎えに来るけど平気? 俺が車出すからさ」

「ありがとうございます、大丈夫です」

「鈴木は?」

「俺も乗せてもらえるんすか?」

「ふはっ! 当たり前だろ? なんで1人だけ乗せないとかイジワルしなきゃいけないんだよ。行き帰りは3人行動な」

「お世話になります」

「どういたしまして」


 ーーそうだ、明日はネズミの国ランド!

 私は楽しみすぎて、体がふるふるって震えてきた。何を持って行こう。


「デートとかはおいておいて、私、明日が楽しみです! 何持って行こう……。カチューシャ持って行こうかな。あと、タフィーのぬいぐるみと……」

「いや、デートとかはおいておかないで欲しいんだけど……」

「ダメです先輩。こうなった若菜は聞く耳持ちません」


 ーー何のカチューシャがいいかな。タフィー? それとも猫のジェラーティー?

 パーク内に持って行くぬいぐるみはもちろんタフィーでしょ!


 普段街中でぬいぐるみ持って歩いてたら変な人だけど、それが許されるのがネズミの国ランド!


 可愛いもの好きな私が、童心にかえれる、夢の国。楽しみで仕方ないよ。


「あっ、私カチューシャ3個あるので、お2人もつけますか?」

「「や、いいかな……」」

「え〜! 絶対可愛いのに〜! はっ! こんなこと言ったら、まるで私がカチューシャつけて行ったら私可愛い! みたいな話になっちゃいますよね⁉︎ 今の、ナシで!」

「可愛いよ、若菜」 「若菜ちゃん可愛すぎるよ」

「ええっ! やめてくださいっ」


 私は照れ隠しにコホンと咳払いする。


 ーーいけない。これはデートの話だった。ダメよ若菜。しっかりしなさい。


「とりあえず、明日は頑張りましょうね! タフィーとその仲間たちのショーは絶対見なきゃですよっ! お2人に私が夢の国の魅力をプレゼンしますから」

「あはははっ、若菜ちゃんがエスコートしてくれるの?」

「俺、エスコートしたかったんだけど」


「ああ、そうか……そういった問題が発生するんですね」

「「あははははは」」

「ちょっとー、笑わないでくださいよッ」


 ーーいつもお世話になってる分、ちゃんと初めての人でも楽しめるように、要点に絞って案内しますからね!

 でも、タフィーシアターは絶対行く。これは確定! これだけは譲れないのでお願いしなきゃ。


 ーーあ……。

 でも、初めてとは限らないんだ。2人とも。

 有名なデートスポットだもん。今までの彼女さんと、行ったことあるよね。


 ちょっと、心がチクリとする。

 ショックを受けていい立場じゃないくせに。


 私はふと、直樹先輩を見る。

 ーー私。

 改めて思うけど、先輩への告白、拒絶せずに受け入れてもらえたんだなぁ。


 でもね。もっと早く告白していれば付き合えてたかもしれないのに、今と変わってたかもしれないのに……なんていうふうには、思えないの。


 先輩も好き。

 だけど同じくらい、今は雅貴も好きだから。



 こんなにずるい私だけど、2人とちゃんと向き合わなきゃいけない。

 そして、自分の心とも。

 どっちのほうが好きなの?

 どっちと過ごしたほうが普段の自分でいられるの?

 それを見極めるために、セッティングしてもらったようなデートなんだから。


 夢の国は楽しみだけれど、私はもっと、しっかりしなくちゃ。



 

 

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