スライム×3+骸骨×1≒人間です。
@yuzuto
アレとコレ三つを混ぜたらこうなる
第1話 目が覚めたら水饅頭?
(ここは…?)
鬱蒼と繁る森の中で、俺は意識を取り戻した。
森…そう一口で言うには少々の語弊があるかも知れない。何故なら視界に入る木々の一本一本のどれもが今まで俺が見たことのあるどの木より遙かに大きいのだから。
目線を気持ち水平にして見てみると、普通なら幹の部分が見えるだろ?
それなのに今の俺の前方に見えているのは、ゴツゴツと盛り上がった根っこの部分だ。それから考えるに、目の前の木の高さは余裕で百メートルを超えていそうだ。
(でっけぇ木だよな…でもなぁ…何と言うか、木だけじゃないんだよね。
その石もだし、あの草もやたらでかいし…)
そう、目に映る全てが何もかも俺の知っているものに比べると巨大なのだ。
(えーと…この状況はガリバーの反対のだから一寸法師だ。うん、そう言うことでこれは間違いなくこれは夢…だから寝よう)
そう思うことにする。
一度目を閉じ、次に目を開いた時にはきっと見慣れた天井が目に入る筈…。
夢なら何でもあり。白昼夢だろうが悪夢だろうがジャンルは不問。
これは全世界共通の真理だと思って大きな間違いは無いだろう、勝手ながらそう結論付ける。
…何かがおかしい。
意識をしてもしなくても、目に飛び込んでくるのは巨大な根っこだけではない。
頭を動かさずとも見える、遙か頭上に覆い被さるように伸びた枝とそこに生い繁る無数の葉っぱ。
目に少し力を込めれば、葉脈すらハイビジョンモードで確認が出来る。
そして俯かなくとも見えるのが、俺が下敷きにしている大きな落ち葉と藻掻いている赤茶色の大きな蟻…ヒアリではないことをまずは願おうか…蟻にビビってヒヤリってなんだろうね?
ここで違和感の正体にやっと気が付く。
今見ているのは夢だとしても、全部の方向が同時に視界に入るなんてことは普通ならあり得ない。
一度それに気が付いてしまうと物凄い違和感しか感じなくなる。
蟻の胴体に生えている細かな毛の一本一本がクリアに見えていることや、その蟻が動くたびに感じる体のこそばゆさも些かリアル過ぎるのが気になるところではあるが、多分誰かがくすぐっているのだろう。
一人暮らしをしているから、そんなことの出来る人は居ないのだが。
未来の自動車は左右前後、全方向がクリアに見えるようになるだろう。
ロボットアニメではコックピット内に全方向の映像が映し出されるようなシーンも描かれている。
もっと身近な所で言えば、映画を見に行けばシーンに合わせて座席も動く時代なのだ。
まさに今の俺はそんな状態なんだよね。
頭どころか視線さえも動かすことなく、前も後ろも、右も左も、上も下も同時に見えているのだから。
ははっ、面白くないけど無意味にリアルでおかしな夢だな。
おっと、俺の体の下敷きになっていた蟻が抜け出したようだな。腹いせなのか、ギザギザの付いた大きな顎でガブリと噛み付いてきたけど痛くも痒くもない。
しっかしまあ、マジでデカイ蟻だよな。
俺の足が二十七センチだから、感覚的に体長八センチ以上はありそうだ。確か世界最大クラスの蟻が、平均体長で三センチ弱だったから、それに比べて三倍程だ。
この際だから、俺の…足…うーん、足? まぁ足にしとこうか…が透明なこととか、そんな細かいことは無視しよう…。
まあ、あれだな。
ボチボチ現実逃避を続けるのも辛くなってきた。
さっきから何度も閉じようとして全く閉じられない瞼。
手も脚も無く、少し動くたびにプルルンと揺れるゼリーのような透明な全身は、まるでテーブルに落ちた一滴の水滴みたいな格好だ。
頭は完全にツルッパゲ、それどころか産毛の一本すら生えていない。
ここまで言えば、もう何も言わなくても分かるよね?
(スライムになっとるやんけ~っ!)
と全身を使って叫んでみるが、僅かに体表面が波打つ程度で声は出なかった。
全く理由が分からないが、何故か目を覚ますと俺は水饅頭みたいなスライムになっていたのだ。
(誰か俺を精神科医に連れて行ってくれ!
怪しいクスリなんてやってないのに、なんで幻覚なんて見るんだよっ!)
怒鳴り散らしてから冷静になるまでに、大して時間は掛からなかった。
この全身に感じる空気感、大地から伝わる湿り気と土と小石の触感は、どう考えても幻覚なんてレベルじゃない。
もう諦めるしか無い。
『人間やめますか? 』と言う問いかけに対して『はい!』と返事をした記憶など無いのに、何故かスライムになってしまった事実を認めざるをえない。
まあね、グジグジ言ってても仕方ない。
なっちまったもんは受け入れる。それが大人の男の美学ってやつさ…グスン。
暫く心の中で泣いた後、改めて自分を意識して視る、見る、診る。
そして余りにも多い視覚情報量の処理に脳神経がパンクしたのか、俺は一時的に意識を失った。スライムに脳神経があるのかどうかは定かでないが。
意識を取り戻してから考えてみた。
頭痛を感じることもなく、処理能力を超えれば即座にフリーズ。
これが恐らくスライムが最弱の魔物である由縁の一つなのだろうと結論付けた。
昔の偉い人が言っていたよね。
『敵を知り、己を知れば、落選 あれ受からず…残念』ってさ。
少し違うってか?
良いじゃないか、細かい事は気にするな。まずは自分を知らねばなるまいって言いたいだけだから。
自分の体内を観察するなんてレアな体験はスライムの体じゃないと体験できないんだしさ…。
意を決して見てみれば、透明な体表面の中にあるのは透明なスライム液?
それと、どういう原理か分からないが体の中心に赤く点滅する石みたいに物、原生動物で言えば核であり、創作小説では魔石と呼ばれる物体がドドンと存在しているだけだ。
まさにシンプルイズベストを地で行く構成に涙が出そう。
試しに軽くその場でジャンプしてみると、意外にも自分の身長…と呼ぶのが相応しいのか分からないが、身長の三倍程の高さまでは飛ぶことが出来た。
恐らくプルプル震える高弾力性の外皮のお陰なのだろう。
なるほど、これならポヨン、ポヨンと連続でジャンプしながら移動することが出来そうだ。
ナメクジみたいに進む必要がないのが気分的に有難い。
ただなぁ…すまんが俺ってどっちが前か教えて欲しい。
いや、これは意識しなくても全方向が見えてしまう弊害でさ、マジで自分の正面がどっちかが分からないんだよ。
意識して視界を狭くしようと頑張ってみても、瞼が無いせいで視界は相変わらず全方向くっきり丸見え…。
だからかな、あの最初に意識した巨木の根元に移動して少し休もうと思ってたのに、さっきから真っ直ぐに進むことが出来ないんだ。
右にポヨン、左にポヨヨン…これじゃまるで酔っ払いだ。
でもね、着地するたびにポヨンと揺れる感触は程よく弾力のある女性のむ…ゲフン、セクハラ発言になるので自主規制して…。
とにかく早く思い通りに進めるように練習しないと。周りに敵が居ないとも限らないんだから。
それから練習のつもりで何度か跳ねてみたが、ことのほか揺れる体が面白いから夢中になってジャンプを続けてしまった。
ただの垂直跳びのつもりなんだけど、繰り返していくうちに着地までの時間が少しずつ長くなっていくんだよね。
ジャンプのスキルがレベルアップしたのか、それともこの体の扱いに慣れてきたのか。
目標をあの大きな枝になっている赤い木の実に設定し、ひたすら垂直跳びを繰り返すスライムなんて、傍から見るとかなりシュールだろう。
でもそんな事は気にしちゃダメなんだ!
高く跳べるようになるにつれて、着地の反動での跳ね返りも大きくなっていく。
一度跳び上がれば、反動でポヨンポヨンと五回くらい跳ね返るようになったあたりでついに赤い木の実におでこ?がタッチ!
うん、スライムだってやれば出来るんだ!
実はジャンプを始める前までは視覚情報の多さと、それにプラスして体の制御に核?の処理が追い付いていなかったのか、気分が悪くなってたんだよ。
でも時間と共に慣れてきたのか、今は違和感とか気分の悪さとかが無くなっている。
それにしても未だに俺の脳ってどこにあるのか分からないだけど。
それよりも、このスライムボディの目ってどうなってるんだろ?
仮に魔石が脳の働きをしてるとして、目?に映った情報は電気信号として視神経を通り魔石に入り処理される…のだろう。
じゃあ俺の目?の数は一体幾つあるんだろ。
ある意味、目が沢山ある妖怪みたいなもんだよね?
でも残念ながら、ここが目だ!って感じの場所は見当たらないんだよね。全く不思議だ。
漫画やアニメやゲームのキャラだと、いかにもって感じの目と口があるタイプのスライムと、アメーバみたいなスライムの二種類に大別出来るよね。
この体には目も鼻も口もないけど、前者のグループに入ると思いたい。
試しに自分の体の形が可愛い涙滴型に変身出来ないかと思って頑張ってみる。目指すのは国民的ゲームのあのキャラクターみたいな可愛い姿だ。
あの水色のキャラクターみたいになれば、きっと人に会っても襲われないよね?
それにいつ誰かに見られてもいいように、お洒落には気を使わないと。
ま、こんな森に人が居るとは思ってないけどさ。
ここは奥深い森の中なのだろうか。
太陽の光はあまり差し込まず、所々にうっすら照らされて明るい部分があったけど、変身を試しているうちに夜になり、そしてまた昼になり…何日か頑張ってみたけど無理だった。
俺の体は水饅頭から進化できない仕様なのかも。
幸いなのは空腹を感じないことだな。
酸素を取り入れて光合成で生きてるのか?
まったくの謎だ。
国民に愛されるゲームキャラへの変身は諦めたが、次は目を作ることにした。
体の二点に意識を集中し、体全体に散らばっていると思われる視覚神経物質?を掻き集めるイメージを続けてみる。
口は無くても目があれば皆に愛される筈だ。ハロー子猫ちゃんがその良い例だ。
あのキャラクターには鼻はあったかな、と思い出してみるが残念ながら思いだせない。
まぃ良いや。とりあえず、ムムムって感じで精神を統一して…と。
…。
……。
………。
いつの間にか寝ていたようで、ハッと目を覚ます。
そう! 目が覚めたってことは、いつの間にか水饅頭のボディに出来てたんだよ!
二つの黒くて可愛いお目々がさ!
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