愛妻ゴーレムちゃんは夜這いしたい
世楽 八九郎
第1話
「……レオ……レオ」
頬を撫でるような声につられ瞼が持ち上がる。
月明かりが差し込む寝室の天井。ぼんやりとそれを眺めていると緑の燐光が視界のなかで揺れた。
「フィラジア・マクロ・ハイドラン……?」
俺の口から無意識に出た名前に応えるように二つの緑光が忙しなく明滅する。
「うん? なんでフルネーム呼び? レオナルド・クロスフェード?」
視界がはっきりしてくると、白髪の女が小首をかしげ緑に光る瞳でこちらを見下ろしていた。
「……なんの用だよ、ジア?」
「うん、レオに夜這いしてる」
満面の笑顔で恥じらいも後ろめたさもない調子で彼女はそう告げるが――
「……ゴーレムが?」
俺はすげなくジアに質問をぶつけた。
「うん、ゴーレムが」
けれど彼女がゆっくりとのしかかってくると、外見にそぐわない重さが身体にかかりベッドがわずかに軋んだ。
「待て、ジア! 重い。ベッドが壊れる。また弁償は勘弁だ」
「……女の子に対する口のききかた、なってないねぇ」
「お前……! ミシミシいってる! なんかミシミシいってるから! 待って!」
「待ちませーん」
慌てて声をあげたが、大した抵抗もできないままジアに覆いかぶさられていく。胸板に押し当てられた額越しに伝わる重量に本能のまま心臓が早鐘を打ち始める。
「なにがどうして、こうなってる?」
「ふふ、ふふ、ふーん♪」
「ジア……?」
「レオ、今日の晩御飯は覚えてる?」
「え、っと……大盛りのステーキとイモのフライ……それから――」
「えいっ」
「!!!」
言われるがまま夕飯のメニューを挙げている口のなかにジアが指を無遠慮に突っ込んでくる。彼女は舌を軽くなぞると指を引き抜き、ニヤリと笑った。
「たくさんのご当地ワインだね」
その指先は僅かにだが赤紫に染まっていた。
「ジア……お前、まさか?」
「油とお塩たっぷりの肉に、炭水化物の揚げ物、舌が染まるくらいワインをたんまり……そりゃ眠くなるよ~」
そう言って指先の染みを舐めとると、ジアはしてやったりと目を細めた。
「古の時代じゃ『ドカ食い気絶』っていう贅沢だったらしいよ?」
「……嵌めやがったな」
「いやぁ、デザートのパイも分けた甲斐があったなぁ~」
言われてみれば今日はやけに酒を勧められたし、食後の甘い菓子をきっちり半分こっちにくれたよな。普段の食い意地からじゃ考えられないことだった。
そうだ、それから宿の食堂になんのかんのと理由を付けて居座ることになって、ジアが隣にいるからって油断して寝ちまったんだ。
「まあ、そのぶんこれからいただくけどね♪」
困惑する俺の胸に額を擦り付けてくるジアの重みが深く沈みこんでくる。
「どう、どうしたんだジア?」
「ん~?」
ぐりんぐりんと揺れるジアの頭。ときおり胸骨が小声で悲鳴と抗議の音を鳴らす。
「いや、その……夜這いだなんて」
「私はただのゴーレムじゃなくて、ハイドランズの最終シリーズ、
「けど、AIPHYは……」
「…………」
「んごっ⁉」
黙れと言わんばかりに強めの頭突きが胸を突いた。くそ、高飛車ゴーレムめ。
いきなりの状況になんとか矛先を逸らそうと酒の残った頭をめぐらせる。
駄目だ。気の利いた言葉なんて出てこない。
「な、なあ……ジア? なんでいきなりこんなことしたんだよ? 理由を聞かせてくれよ? なっ?」
それなら、とりあえず相手に話させるのが無難だ。
「いきなり~?」
「あ、ああ……」
「ん~?」
先程とは異なるリズムで揺れるジア。その髪が軽やかになびくが、感情は読み取れない。
「レオ……」
やがてゆっくりとジアが顔を上げる。
表情はあまり変わってないが、その瞳は先程までと異なる青い燐光を放っていた。
「あっ」
やばい。怒ってるぞ、これ。
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