第7話 うさぎの王と秘密の部屋

 放課後、俺は『始まりのダンジョン』へ向かった。

 あんな事件があっても冒険者という生き物は好奇心旺盛なようで、ダンジョン内には多くの人の声が反響していた。


 冒険者がいないことを確認してから階段の途中に作られた隠し扉に入る。

 ご丁寧にフットライトまで、と思ったが、それは眩しいほどに目を光らせているうさぎだった。


 ライト代わりのうさぎに続き、真っ暗な階段を下ると最下層である50階層の更に下にある秘密の51階層に着いた。


「階段は不便だな」

「魔物にも人間にも遭遇しないで最下層までたどり着けるというのに、わがままな奴だな。では、エレベーターをつけよう。明日にでも西芝の社員をさらってくる」

「やめろ。変な知識ばかりつけやがって」


 くだらないやり取りをしながら、土で作られた机に鞄を置く。

 ここは広大なリビングのような空間で、冒険者たちからの隠れ場所としては最適だった。

 当然、窓はなく、地下だからひんやりとしている。


「連日、お前のニュースで持ちきりだぞ」

「ほう。それは褒めているのか? 発情するぞ」


 妖艶な美女であるウェルヴィは、ダンジョン内ではうさぎの耳や山羊やぎの角を隠そうともしない。

 発情しているのは本当らしく、尻尾が落ち着きなく動いている。


「尻尾をしまえ。毒が出たらどうする」

「出るわけがないだろう……そうか。媚薬を注入すればいいのか」

「絶対にやめろ」


 ウェルヴィの尻尾のさそり部分が鈍く光っていた。


「近々、Aランクパーティーが攻めてくるらしいぞ」

「まさかわたしが負けるとでも思っているのか?」

「俺はAランクの強さが分からないから、なんとも言えないな」

「負けるわけがない。誰に育てられたと思っているのだ」


 自信満々のウェルヴィはワイングラスを傾けた。

 こいつ、いつの間に俺の家から持ち出しやがった。


「本物のワインか?」

「いいや。果汁100%のブドウジュースだ」


 家の冷蔵庫から消えたボトルがここにあった。

 

「暇なのか? それともわたしに会いたくなったか?」

「黙れ、万年発情女め。例の件はどうなっている」


 やれやれといった風なウェルヴィが指差す先では勢いよく土が掘り出されていた。

 まさか、重機なんて持ち込んでいないだろうな。


「人間がつけた名だとモールラビットという、わたしの下僕だ。人間共は下級モンスターなどと言っているが、適材適所だからな」


 モールラビットはひたすら穴を掘るのが得意な魔物で戦闘力は皆無らしい。

 この51階層も彼らが作ったとか。


「俺はいつでも逃げられるようにしろ、と言っただけでリビングを作れとは言ってないぞ」

「ここはいいぞ。人間共の叫び声を聞きながら、ポテトチップスとブドウジュースを堪能できる」

「悪趣味な奴め」


 にんまりと笑うウェルヴィは見せつけるようにポテチをひと摘まみした。


「疑いの目を向けられないように、俺はこれまで通り普通の生活を続けるからな」

「それでこそ、うさぎの飼い主だ。臆病なくらいがちょうどいい」

「Aランクパーティーが攻めてくる時は俺が指示を出す」

「なんだ、やっぱりわたしのことが心配なんだな」

「写真や動画を見たが、お前のやり方はスマートじゃない。もっと効果的な戦い方を見せてやる」


 ウェルヴィは「それは楽しみだ」と含み笑いながら、グラスを空にした。


◇◆◇◆◇◆


 数日後。教室はAランクパーティーが『始まりのダンジョン』に攻め込むという話で持ちきりだった。


「いよいよ今日か。俺も部活サボって見に行こうかな」

「やめとけ。大石さんにキレられるぞ」


 そんな話を聞きながら、次の授業の準備をする。


 大石おおいし 勝史かつし。Aランクパーティー『ガイオアース』のリーダーでアタッカーにしては珍しく斧を愛用する26歳の冒険者。


 ダンジョンにも冒険者にも疎かった俺だが、ウェルヴィと過ごすようになってから手軽に得られる情報は全て手に入れた。


 大石はパワー系の冒険者だ。

 噂では中級ダンジョンのボスだったインデライオンを最後は1人で仕留めたとか。


 なぜか、ウェルヴィのランクは????と表示されるから詳細不明だが、ライオンよりは弱いだろう。だって、うさぎだもん。

 その分は策で補えばいい。


「柴崎たちはまだ入院してるんだってな」

「決死の思いで動画配信した奴はPTSDになって会話ができないんだってよ」


 それは俺も気がかりだった。

 俺としては柴崎たちが回復することは好ましくない。俺の正体を話すようであれば、本当に病院襲撃を考えなければいけなくなる。


「魔王を攻略かぁ。楽しみだなぁ」

「今日のうさぎ狩りは配信してくれるらしいからアーカイブで見ればいいじゃん」


 バカが。

 ウェルヴィをそんなにあっさり出すわけがないだろ。


「シンくんは今日も放課後は図書館?」


 クラスメイトの話を聞くことに夢中になっていた俺は、突然佐藤さんに話しかけられて変な声を出してしまった。


「あ、ごめんね、驚かせちゃって」

「いや、いいんだ。今日はまっすぐ家に帰るよ。それにしてもいつもより騒がしいね」

「だね。まぁ、色々とすごいことになっちゃったから」


 浮かない顔をした佐藤さんだったが、すぐに笑顔を輝かせた。


「そうだ! また今後、一緒に勉強しよ。期末試験は負けないからね」

「もちろん。受けて立つよ」


 これでいい。

 俺はこれまで通りに平々凡々な男子高校生を演じ続けさせてもらおう。

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