第6話 おまけ①「涙蛍」

戲蛍

おまけ①「涙蛍」




 おまけ①【涙蛍】




























 海浪が1人で旅を始めてから早5年が経とうとしていた。


 諦めてしまおうという気持ちと、一言くらい言ってやりたいと言う気持ちの中、海浪は目的の人物に会う事は出来た。


しかし、探し出すことが目的だったため、会ってそれから何処へ行くということもなく、再び旅を始めていた海浪は、立ち寄った大きな街で、うどんを啜っていた。


 「あー・・・」


 歳を考えるとあまりにも親父っぽい声の出し方ではあったが、本人に伝えたところで睨まれるだけなので、言わないでおく。


 うどんを食べ終えると、海浪は道の傍ら、1人で泥だんごを作っている少年を見つけた。


 何気なく見ていると、泥とは思えないほど綺麗に作られたその団子に、思わず感心してしまう。


 「大したもんだな」


 「・・・・・・」


 そう呟いた海浪に気付いていないのか、少年は黙々と作り続けていた。


 「おい」


 「・・・・・・」


 「おいこら」


 「・・・・・・」


 「おいこらガキ」


 「・・・・・・」


 「ちっ」


 両膝を曲げて近づくと、その少年のボサボサの髪の毛を引っ張った。


 ぐい、と後ろに引っ張られたため、同時に動いた顔によって海浪と目があうと、少年はキョトンとしていた。


 「それ、どうするんだ」


 「泥だんご!」


 「知ってる。だから、そんなに綺麗にしたって、泥は泥だろ。母ちゃんにでも見せてやるのか?」


 「母ちゃんいないよ。俺、ずっと1人だから」


 「あ?なんで」


 「痛いから放せよ!おっさん!」


 「・・・・・・」


 生意気な少年に、大人げないほどの感情を抱きながらも、その手を放した。


 すると少年は泥だんごをまた丸め始め、真剣に、ただひたすらに丸めていたのだが、ただ見ているだけの海浪は暇になってしまった。


 近くの団子屋に入って団子を食べていると、その少年のもとに、ガラの悪そうな大人たちがやってきた。


 「おい、またここにいるぜ」


 「今日こそ痛い目見せてやるよ」


 「おい!立てよ!」


 強く少年の髪を掴んで無理矢理立たせると、その男たちは人通りが少ない場所に連れ込み、いきなり殴り始めた。


 少年は綺麗なその泥だんごを必死に守っているためか、両手で防ぐことも出来ず、ただただ痣だけが増えていく。


 どうやってここまで1人で生きて来たのかは知らないが、海浪は口に咥えたままの団子の串を手に持つと、1人の男の首筋に投げ着けた。


 それが思ったよりも強かったらしく、男は首筋を摩りながら海浪の方を睨んできた。


 「おいこら、なんだてめぇ!!」


 「喧嘩売ってんのか、ああ!?」


 「ガキ1人にこれだけの人数が必要とは思えねぇんだが」


 「舐めたこと言ってんじゃねえぞ!!俺達はなぁ!このガキに優しくしてやってんだぞ!?」


 「ここで喰っていけてるのは、俺達が仕事をこいつに分けてやってるからなんだよ!」


 「・・・仕事、ねぇ」


 男に首根っこを掴まれたまま、少年は立たされた。


 手に持っている泥だんごを、未だ大事そうに持っているが、少年を掴んでいる男とは別の男が少年を殴ると、少年の小さな身体は横たわり、泥だんごが手から落ちてしまった。


 コロコロと転がって行った泥だんごは、男によって踏みつぶされてしまった。


 「てめぇには関係ねぇ。さっさとそこどきな」


 「それとも、お前も一緒にこいつと仕事してくれんのか?ああ?」


 「おい!なんとか言えよ!!」


 男が海浪に殴りかかると、すっと避けて、足を引っ掛けて転ばせた。


 ただそれだけのことなのだが、男は恥ずかしさからなのか、それとも苛立ちからなのか、顔を真っ赤にさせていた。


 「この野郎!!」


 他の男たちも一斉に海浪に飛びかかるが、あっという間になぎ倒されてしまった。








 海浪は両膝を曲げて身を屈めると、そこに押しつぶされてしまって原型を留めていない泥だんごを拾う。


 「折角綺麗に出来てたのにな」


 ゆっくりと立ちあがって少年の方に近づくと、その欠片を渡す。


 「また作り直しゃあいい」


 「・・・・・・」


 黙ったままソレを受け取った少年が、急に海浪の袖を引っ張った。


 それは、海浪の後ろで、先程やられた男の1人が立ち上がり、海浪に向かってナイフを付き刺そうとしていたからだ。


 「へへ・・・生意気な野郎だ」


 手応えがあり、男はそのナイフを海浪の身体から引きぬこうとしたのだが、どれだけ力を入れても、抜けなかった。


 何かに引っ掛かったのかと顔をあげてそこを見ると、ナイフは男には刺さっておらず、男の手によって掴まれていた。


 「なっ・・・」


 「良いか、喧嘩するにしても、相手を選べ。お目が高いと言いたいところだが、俺に喧嘩を売ったのが運の尽きだ。このまま大人しく消えるか、俺に殴られるか、どっちが良い」


 「ひっ・・・」


 男はナイフの柄から手を放し、その場でまだ倒れている男たちを置いて、1人逃亡してしまった。


 海浪は握っていたナイフで、倒れている男たちの髪を刈った。


 器用なわけはなく、次々に奇妙な髪型になっていく男たちに満足したのか、それとも飽きてきたのか、海浪は手を止めた。


 そしてそこから立ち去ろうとしたとき、またしても袖を掴まれた。


 「なんだ」


 「おっさんすごいな!強いんだな!」


 「おっさん言うな。ガキが」


 「ガキじゃない!!俺だって強いんだぞ!一発殴らせろ!!」


 「ふざけんじゃねえ。なんで殴らせなきゃいけねえんだよ」


 「何処行くの?」


 「さあな」


 「付いて行っていい?」


 「懐くんじゃねえ」


 「懐いてねぇし!飯食いたいだけだし!」


 「クソガキ」


 「おっさん」


 こんなことがあって、その少年は海浪と一緒に旅をすることになった。


 「名前は」


 「ねぇよ!」


 「偉そうに言う事か」


 名前が無いという少年に、海浪は名前をつけることにした。


 「天馬?もうちょっとマシなやつにしてよ」


 「うるせぇ奴だな。嫌なら付いて来なければ良いだけだろ」


 「腹減った。あ!鳥がいる!捕まえよう!」


 そしてその天馬と名づけられた少年は、海浪が思うよりもずっと逞しく、野性的で、気付けば「師匠」と呼ぶようになっていた。








 「師匠!!このキノコ喰えますか!」


 「・・・見るからに怪しい色してんじゃねえか。止めとけ・・・ってもう喰ってるじゃねえかよ」


 「不味い。けど喰おうと思えば喰える。師匠!折角なんで!!」


 「心をこめて断らせてもらう」


 「師匠!」


 「なんだうるせぇな」


 「眠いです!」


 「勝手に寝ろ。・・・寝てるか」


 横で大の字になっている天馬に、海浪はため息を付きながら頬杖をつく。


 少し遠くの景色を眺めながら、ほんの少しだけ、口角をあげる。


 静かに目を閉じると、聞こえて来た天馬の寝言に目を開け、横で寝ている天馬の眉間にデコピンをした。


 少しだけ顔を歪めたように見えるが、また幸せそうな笑顔で寝始めた天馬。


 「・・・どこまで付いてくるんだか」



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