第16話 二人で
――神輪の祭壇より少し離れた場所
「ハナ、あれが生きているスライムボールだ」
そういって俺はずりずりと動くスライムボールを指差した。
「あれが生きたスライムボール……なんだか透明な色なんだね」
ハナはじっとスライムボールを観察している。
「生きている間はクリアな色なんだ」
そして俺は説明を続けた。
スライムボール……
俺にとってはただの雑魚だが、エンハンスが無い者にとっては非常に危険な魔物だ。
柔らかそうな見た目に反し、体当たりが非常に強力である。
その威力は大木を砕き、倒してしまう程だ。
「まずは俺が行く。見ていてくれ」
俺は頷くハナを横目に帰還した子供の置き土産の剣を持ち、スライムの前に飛び出した。
――ブル……
スライムボールはすぐに俺に気がついた。
「ハナ、こいつにも前後がある。中で発光している丸い光が、外側に近い方が前だ」
ハナはじっとスライムボールを見ながら、
「分かる! 今お兄ちゃんの方へ振り向いたよね?」
と言った。
ハナの洞察力は中々のようだな。
「さぁ攻撃を仕掛けてくるぞ。よく見ておいてくれ」
すると、スライムボールはグーっと後方に伸び、弾くように俺の方へと飛び出してきた。
これが大木をもなぎ倒す体当たりだ。
――ドコッ!
スライムボールの体当たりは大岩に当たり、鈍い音が響いた。
「思っていたより早い……」
ハナはそう呟いた。
「闇雲に剣で斬っても倒せない。丸い光、コアまで剣を届かせないとダメだ」
そう言いながら俺はスライムボールの後方に回り、スライムボールが方向転換するタイミングで剣を真っ直ぐ突き刺した。
すると、コアはスライムボールの中で四散し、透明だった身体は擦りガラスの様に曇った。
「あ、知ってる色になった!」
ハナはスライムボールの死体を見ながら言った。
そして、その死体を触ったりしながら入念に確認を行った。
「さて、もう一回くらい見るか?」
俺がそう言うと、ハナは
「いや、もう大丈夫だよお兄ちゃん。次のスライムボールは私にやらせて」
と真剣な表情で言った。
俺はそれを承諾し、すぐに次のスライムボールを探した。
そして、すぐ近くで一匹を発見する事が出来た。
「ハナ、危険だと思ったらすぐに俺の方へ来い」
「分かってるよお兄ちゃん」
そういって、剣をぶんぶん振りながらスライムボールの前にハナは立った。
スライムボールはハナを見つけ、身体をぐっと伸ばし、体当たりの姿勢になった。
だが、ハナはその場から動こうとしない。
「ハナ……? 一体何を……」
そう思った瞬間、スライムボールは体当たりで飛び出そうとした。
しかし、そのタイミングに合わせて、ハナは真っ直ぐに剣を突き出し、そのまま飛び出した。
その飛び出す速度は、俺の目でぎりぎり捉えられるほどに速かった。
そして、剣先はスライムボールの深部へと軽々と到達し、コアを砕いていた。
「す、すごいなハナ!」
俺は妹の実力に圧倒されながら言った。
「えへへ! だってハナ、お父さんにお兄ちゃんたちより剣術が遥かに上手って言われたもん!」
「そ……そうなんだな……」
しかし、今の攻撃はそれを納得させるには十分の技だった。少し悔しいが……。
それにしても、あの瞬発力……エンハンス有りのマグにも劣らない速度だった。
エンハンス無しの生身の人間に、あれ程の瞬発力が出せるのか……?
俺は魔力とは別の何か他の力を感じざるを得なかった。
「お兄ちゃん! どうしたの? ぼーっとして。ハナ三輪になれるかな?」
その言葉で俺は一旦考えるのをやめた。
「どうかな? 祭壇で調べてみようか」
そうして二人で神輪の祭壇へと向かった。
・・・
・・
・
「え、この穴に腕を入れるの……?」
ハナは穴をまじまじと見つめている。
初めて来た時の俺みたいな事をしているな。
「そうだよ。俺もレベルを確認する時にいつもそこに入れてる」
俺は自分の手を振りながら言った。
「何だか怖いなぁ……」
そう言いながらハナは恐る恐る腕を突っ込んだ。
「ええ!? 何これすごく吸われてるよー!」
焦るハナをみて少し笑ってしまったが、
「目の前の石板を見ておくんだ」
と指をさして伝えた。
そしてしばらくするといつもの様に文書が表示された。
――
レベル3
三輪 エンハンス を習得
一輪 サーチ を強化
次のレベルまで0.9
レベル4情報
四輪 バインド を習得
――
「お兄ちゃん、なんて書いてる? 私、字の勉強まだなの……」
ハナは少し気まずそうに言った。
「そうなのか? 俺みたいに訓練の間でやらなかったのか……」
そう言いながらハナをじっとみた。
「えへへ……めんどくさくってぇ……」
ハナは左手で頭を掻きながら言った。
ハナは真面目そうだったから意外だな
「まったく……てか、三輪になってるぞ。ハナ! そのまま腕を突っ込んでおくんだ」
まさかスライムボール一匹で三輪になるとは思わなかった。
いろいろな条件が重なっているのかもしれないが……。
「なんだろう……冷たくて気持ち悪いよぉ……」
身震いをするハナを見ながら俺は
「頑張れ!」
と心にもない応援をした。
そうして、ハナもめでたく三輪となった。
そこで俺は、エンハンスの魔法の効果説明と
他の魔法を使うとそのインターバル中はエンハンスが使えない事等を説明した。
「よし、ここからが本番だ。エンハンスさえ纏えば遠い所にも冒険が出来る!」
俺はハナにガッツポーズをして見せた。
「うん……この魔法、凄い力を感じるよ……!」
ハナは自身の身体をまじまじと見つめながら呟いた。
そして、続けて気になる言葉を話した。
「エンハンス……魔力は青っぽい感じなんだね。赤いのが隠れてまったく見えなくなったよ」
「ん……? 赤?」
たしかにエンハンスは目を凝らしてみると青い膜を纏っているように見える。
しかし俺の場合、エンハンスの青さは目が赤くなった時に視認できるようになった。
もちろんその目でだけだ。
ハナは通常の目でそれが見える事に驚きつつ、赤いってのが非常に気になったのでそのまま聞いてみた。
「この赤いのは瞑想の修行で見えるようになったよ! お父さんに聞いても分からないって言われたけど……」
ハナはそのまま続けて説明してくれた。
纏っている赤い蒸気について……
瞑想の修行中に目を凝らすと自身を覆うように赤い蒸気が発生している事に気がついたそうだ。
それからは身体能力が飛躍的に向上して、剣術もかなり成長した。
結局誰に聞いてもそれが何かは全く分からなかったらしい。
「ちなみにお兄ちゃんからも出てたよ。エンハンスを纏ってない時に気がついた。私より薄い感じだったけどね!」
ハナは少し自慢げに話をした。
エンハンスを解除し、じーっと目を凝らしても俺には赤い蒸気のような物は一切見えない……
一体何なんだろうか……と少し考えこんでしまったが、答えなど出ない事はすぐに気がついた。
「まぁとりあえずその件は置いておこう! 約1年後……絶対に弟を助けるぞ」
「そうだね。ハナも精一杯協力するから」
「ああ、ハナのおかげでかなり救出の確率は上がるだろうな。頼りにしてるよ。1年、出来る限り準備を行おう」
そうして俺とハナの二人の修行生活が始まった。
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