4層世界の最下層、魔物の森で生き残る~生存率0.1%未満の試練~

@TOYA_notte

第一章 妹弟救出

第1話 この世界の残酷なルール

 大学を卒業し社会人として1年ちょっと経った頃、外回り営業の時に俺は事故にあった。


 それからは長い間、意識が朦朧としていた。

 時折うっすらと見える女性と男性、そして小さな少年達。

 一生懸命俺に語りかけているが、何を言っているのかは理解できなかった。

 

 そんな日々がずっと続きながらも、俺の意識は徐々に戻ってきたのだった。


・・・

・・


「う……」


 目を開けると、古びた木製天井が見えた。

 身体にあまり力が入らない。全身の感覚に少し違和感がある。


「ここは……」


 布団から腰を上げると、横には小さな子供が二人すやすやと寝ていた。


「可愛い寝顔だな……3歳か4歳くらいかな……」


 そう呟きながら子供の頭を撫でようとした時、自分の手もまた小さい事に驚いた。


「あれ……俺……」


 咄嗟に自分の顔や手を触ったり見たりした。


「子供になってる……」


 それだけでは無い。周囲を見渡すと見慣れない家に俺はいるのだ。

 この子供達もよく考えたら誰だか分からない。

 徐々にその異様な状態を理解し、頭がぐるぐる混乱し始めようとした時だった。


「いて……ッ!」


 突如、激しい頭痛に見舞われるも、それは数秒で収まった。

 そして、ほんの少しだが状況を理解する事が出来た。


「俺の名前……ロフル……?」


 そう思った瞬間、横で寝ている子供たちの名前も頭の中に流れてきた。

 一気に現況を頭の中に詰め込まれたような……そんな感じだった。


「……」


 俺は死んだのか……あの事故で……。


「やっと、起きたのねロフル。朝食、食べちゃいなさい。今日はイチタの洗礼の試練の日よ……」


 あの時の事故を思い出そうとした時、誰かに話しかけられた。

 その人はまだ20代程の年齢だろうか。紫色のロングヘアーで紫の瞳をした女性の姿をしている。


 だが、この声は聞いた事がある。

 意識が朦朧としてた時に聞こえていた、優しい声の主だ。


 ……という事はその時点で既に俺は死んでしまって、こっちの世界に居たようだ。

 とにかく、何故だかこの人が母という事は理解している。


 少しでも状況を知る為に色々聞かなければ……。


「お母さん、洗礼の試練って……?」


 そう質問すると、母は驚いた様子だった。

 そして、すぐに喜んだような表情に変わり、俺をそのまま抱き上げた。


「ロフル、そんな流暢に話せるようになったの! 凄いわね!」

「え? えへへ……あの、おれ、いや僕は何歳だった?」


 どうやら俺は今まであまり話さなかったようだ。


「昨日5歳になったでしょ! 5歳になったら皆、急成長はするけど、ハッキリ話せるようになったのはロフルだけね!」


 5歳になるだけで急成長? ……何だかよく分からないが、この世界ではそれが普通なのだろうか。


「5歳……そうだ、5歳だったね!」


「ええ。とにかく急いで、空の光が12個になったら行っちゃうんだから!」


 空の光、そう言われ俺は窓から上を見上げた。

 そこには茶色い土の様な模様の空が広がっており、丸い光が12個円状に並んでいた。

 丸は二種類あり、光の線で出来た丸と、満月の様に塗りつぶされた丸があった。

 見上げている途中で、塗りつぶされた丸が一つ増え、8個になった。

 母もそれを見ており、更に焦り始めた。


「まぁもう8の時間よ、急いでロフル!」

「うん!」


 あれで時間が分かるのか。凄い便利だな……。

 しかし……まるで天井の様な空だな。

 これがこの世界の空……なのだろう。


 その後、俺は朝食を急いで食べた。母はその時に、お隣さんに二人の子守りを依頼していた。


「さぁ行くわよ!」


 母のその声ですぐに家を出て、村の中央広場と呼ばれる場所へと連れてこられた。

 大きな噴水があるのだが、埃や砂が被った状況だ。どうやら水は長い間出ていないらしい。

 そこには既に多くの子供達が来ていた。

 子供の数に比べて、大人の数は少ない。うちでも4人兄妹だから、皆大家族なのだろうか。


「ロフル! 母さん!」


 そういって近づいてきたのはイチタ、俺の兄だった。年齢は10歳程だろうか。ショートヘアーで母と同じく紫色の髪色だ。

 というか、ここに居る人全員が紫の髪色をしており、瞳も紫である。

 御多分に洩れず、俺も同じ姿である。

 イチタの服装は、俺が今着ているただの布っきれでは無く、頑丈そうな革で出来た服……というよりは防具に近い物だった。

 腰には子供でも扱えるサイズの剣を携えている


「兄ちゃん、格好いい服だね」


 俺がイチタにそう言うと、とても驚いた表情でこちらを見ていた。

 もう忘れていたが、俺は昨日まであまり話さなかったんだった……。


「凄いでしょ。5歳の成長で話せるようになったみたいなのよ!」


 お母さんはイチタに何故か自慢げに話した。


「凄いねロフル、流石僕の弟だ!」


 そう言ってイチタは俺をぎゅっと抱きしめた。

 だが、イチタの手は少し震えている様子だった。

 そう思った瞬間、イチタは震えを隠すように、さらに強くぎゅっとしてきた。

 皮の防具がゴツゴツしている事もあって、中々痛い。


「兄ちゃん痛いよ……!」

「ああ、ごめん!」


 俺がそう言うと、イチタはすぐに力を緩めてくれた。

 そしてそのまま、俺の肩を持ち真っ直ぐな目で見つめてきた。


「ロフル、次はお前がしっかり兄妹の面倒を見るんだぞ」

「え?」


 イチタは10歳とは思えない、覚悟の決まったような表情をしていた。

 次はお前って……イチタはどうなるんだ?


「イチタ! 11の時間だ。そろそろ集合しなさい」


 そう思った時、父がイチタを呼んだ。


「もうそんな時間か……母さん!」


 イチタは母さんを呼び、強く抱きしめた。


「イチタ……」


 母の表情は、今にも泣きそうなものだった。


「母さん、行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」


 しばらく抱き合った後、イチタは父の元へと向かった。

 他の子も同じように集まり始めていた。


「ねえ母さん、洗礼の試練ってなんなの?」


 俺はさっき流れてしまった質問を、もう一度投げかけた。

 母は少し迷った表情をしたがその後、優しい笑顔で説明してくれた。


「この世界では10歳になると洗礼の試練ってのがあってね。どこで生まれたとしても、必ず出稼ぎに行かないといけないのよ」

「出稼ぎ……ならまた帰ってくるんだよね?」


 その質問に母は口を噤んだ。


「母さん?」


 母は俺の頭を優しく撫でながら言った。


「そうね……帰ってくる時もあれば、そのまま帰ってこない事もあるのよ。遠い所へ行く場合もあるからね……いずれ詳しい話はお父さんがしてくれるわ」


 それは、ずいぶんと意味深な言い方だった。

 10歳になると全員って事は、俺も10歳になったら行かないとダメなのだろう。


 今から覚悟しておかないとな……。


「さ、お別れは済んだわ。家に戻るわよ」

「え、12の時間までいないの?」


 どうやって行くのか見たかった。


 だが、母は俺の頭を撫でながら、

「駄目よ。出発の時は見てはいけない決まりなの。神聖な時間だからね」

 と優しい口調で話した。


「……そうなんだね」


 そうして俺は、母と二人で先に家に帰った。

 12の時間を少し超えた後、父も帰ってきた。その後、しばらくは家の空気が重い感じだった。

 今日から、兄のいない生活が始まる。

 しっかりと弟と妹の面倒を見ないとな。


・・・

・・


 兄の洗礼の試練から早2年の月日が経った。

 俺は7歳になり、妹は5歳、弟は4歳となった。


「イチタお兄ちゃんはいつ戻ってくるかなぁ」

「……いつだろうね、まぁいつか戻ってくるよ」


 妹の質問に対し、俺は頭を撫でながら同じ回答をする。

 この質問もしばらくは毎日だったが、今は思い出したかのようにたまに言うだけだ。


 弟は相変わらず無邪気に遊んでいる。


「ロフル、ちょっと来なさい」

「分かった。ハナ、ちょっとサンクと一緒に二人で遊んでいてね」


 母がそう言うと、妹のハナは元気よく返事をし、弟のサンクへ駆け寄った。

 ハナは弟の面倒をよく見てくれる。本当にいい子だ。

 俺はそのまま、父の待つ屋外へと足を運んだ。


「どうしたの、父さん」


 家の扉を開けると、神妙な表情をした父が切り株に座って待っていた。


「ああ。7歳になったからお前にこれを渡す」


 そういって父は切り株に立てかけていた、一本の剣を持ち上げ俺に手渡した。

 その大きさ、見た目は兄に持っていた物とそっくりだ。


「これは兄さんがつけていた……」


 その剣に俺はそっと触れた。


「いや、別の剣だよ。父さんが作るから似たような形状になるんだな。ちょっと携えて見ろ」


 言われるがままに、剣を腰に携えた。

 今の身長では少し大きく、重い剣だった。


「使うのは3年後だ。多少大きいくらいが丁度いい」


 父は少し笑いながらそう俺に言った。


「洗礼の試練で使うの? そういえばイチタ兄ちゃんも携えてたね……」


 俺はその剣を抜かずにそのまま持って、軽く振ってみたりした。


「ほう。もう振り回せるのか! 力持ちだな」

「ちょっと重いけどなんとかね……! 振り方とか全然分からないけど」


 そういうと父は少し考えこんだ後、自身の剣を手に持った。


「まだ早いが、興味があるなら振り方を教えよう。洗礼の試練で使わないといけない状況になるかもしれないからな」


 そういって父は家の外へと出た。


 剣を使う場面がある……一体どんな場面なのか。

 ……あまり良い場面を想像できない。


 そんな事を思いながら、家の裏手から真っ直ぐに歩く父について行く。

 村の周囲の木は伐採されており、土砂で整地されている。

 時間はお昼過ぎで、気温も少し暖かくなってきている。


 そのままもう少し歩くと森に入った。

 木陰がある分、一気に涼しくなった感じがする。

 吹く風も冷たく少し肌寒いと感じる程だ。


「この辺りでいいか」


 父はそう呟き止まった場所は、木々に囲まれた少し開けた場所だった。

 そして、そのまま剣を構え俺の方へと向いた。


「さぁ構え方はこうだ!」


 俺の目線は吸い込まれるように剣先へと集中した。

 抜かれた剣の威圧感は中々のものだった。

 改めて刃物の怖さを実感する。


「ロフル、今剣先だけを見ていたな? 素晴らしい集中力だがそれだと周りが見えない」


 父の言う通り俺はあの時、周囲の景色はぼやけ、剣先のみ鮮明に見えていた。


「剣……つまり武器になる部分……威圧感があるだろう? だが、見るのはそこじゃない」


 父はそう言いながら話続ける。


 圧倒的な存在感と威圧感のある刃に目が行くのは仕方がない。

 だが、戦闘においては視界の広さが重要。

 相手の武器を見てリーチを見極めろ。

 見るのは相手全体の動きだ。

 足、手、腕……全ての行動には予備動作がある。


 父は時折ゆっくりと剣を振りながら、腕や足などの動きを強調し見せてくれた。

 説明は非常に分かりやすいものだった。俺が成人しているから、というのもあるかもしれないが……。


「さぁ、そろそろロフルも構えて見ろ」


 俺は軽く頷き、ゆっくりと剣を抜いた。


「おぉ……」


 思わず声が漏れる。

 光沢のある剣身は、木刀などと比べ物にならない美しさと怖さを兼ね備えていた。


 だが、恐怖自体は剣を構えた瞬間、好奇心の裏に隠れた。


 こんな剣を握って振り回す事なんて今まで無かったから、正直興味があった。



・・・

・・


「はぁ……はぁ……」

「なんだまだ1時間も経ってないぞ!」


 地面で大汗をかきながら、大の字で寝転がる俺に父は言った。

 こんなに身体を動かしたのはいつぶりだろうか。


「やっぱり重いな、この剣……」


 改めて剣柄を握ろうとするも、指に力が入らない。


「本来なら9歳から詳細を伝え、洗礼の試練まで訓練するんだが……それまでやめておくか?」


 父は手を差し伸べながら言った。


「……洗礼の試練で使うなら、早くからやっておきたい。今日からお願いします!」


 兄の装備を見る限り戦う場面もあるのかもしれない。やれることはしっかりやっておきたいのだ。


「はは、そうか。兄ちゃんに同じことを言ったら9歳までやらなーい! だったんだがな!」

「ただちょっと……腕に力が入らなくて……」


 そういうと、父は俺の剣を持ってくれた。


「初めてにしては上出来だった。明日からまた頑張ろう。あと文字の勉強もな」


 俺は元気よく頷いた。

 そして、すでに始まっている筋肉痛に耐えながら、ゆっくりと家に帰った。

 翌日から本格的に訓練と語学勉強の毎日になった。

 


・・・

・・


 俺の生活はとにかく貧乏ではあるが、とても平和なものだった。

 それはうちだけでは無く、この村全体がそういう感じだった。

 

 そんな状況だからか、自分がよりよい生活する為に前世の知識を振り絞って何かできないか?

 と頭をひねる毎日だった。

 もちろん訓練もほぼ毎日行った。気分が乗らない時は休みもした。


 そんな日々が続き。年月は経ち……9歳の誕生日を迎えた時だった。

 いつもならみんなで誕生日をささやかながら祝ってもらい、楽しい日だったが……今日はとてもそんな雰囲気ではない。


「ロフル、こっちへ来なさい」


 真剣な表情で父は言う。

 俺は頷き、一人父の待つ部屋へと行った。


 母は何かを我慢するように、兄妹二人をぎゅっとしている。

 いつもの扉が今日は重く感じる。


「父さん、なんでしょうか」

「ふ、何だその話し方は」


 険しい表情だった父は、俺の唐突な敬語に少し微笑んだ。


「あ、なんだが怖い雰囲気だったから、丁寧に話そうかなって……」


 俺のその言葉を聞き、少し目を閉じた父だったが、

 一息呼吸を入れた後、話し始めた。


「ロフル、この世界のルールはとても残酷だ。10歳になる年に起こる洗礼の試練は……避ける事が出来ないんだ」

「え……?」

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