第15話

「ローズ。君は今、やめた方が良いと言ったのかな?」


 エドアルド王子は自身の耳を疑ったと言いたげだった。


「その通りです。敵を作りかねない行動は慎んだ方が良いと言いました」


「別に悪さを働くわけではない。本を借りるだけだよ」


「なりません」


「聖力については早く知っておくに越したことはないだろう」


「それでも駄目です」


 私が意見を言ったところで無視して強制イベントを決行されるかとも思ったが、意外にも王子は私を説得しようとし始めた。

 強制イベントなど関係なく、王子はローズの意見を無視するだけの権力を持ち合わせているはずなのに。

 本人の言っていた通り、王子は事なかれ主義で、ローズとも揉めたくはないのだろうか。


 こんな小さな揉め事も嫌う王子に婚約破棄を告げさせたのだから、原作のローズはある意味すごい。


「ローズ、意地悪を言わないでくれ」


「駄目です」


「僕がウェンディとばかり話していたから怒っているのかな」


「違います。駄目だから駄目だと言っているだけです」


 確かに私もウェンディルートをプレイしているときには、ローズのこの発言はウェンディに意地悪をしているのだと思っていた。

 しかしよく考えてみると、ローズの意見は間違ってなどいない。


「王子殿下、昨夜の事件をお忘れですか。今の状態で、か弱い女子生徒が夜中に出歩くのは危険です。せめて昨夜の事件の犯人が捕まるまではお待ちください」


 ゲームでは誰も言及しなかったが、事件の翌日夜に女子生徒が一人で出歩くのは危険すぎる。

 どうして誰もそのことを指摘しなかったのか。

 ……いや、ローズはそう思って反対していたのかもしれない。

 ゲームでのローズは、ひたすらウェンディに図書館の鍵を渡しては駄目だと言うばかりだったから真意は分からないが。


 ローズが理由を言わないせいもあって、私はローズが嫉妬から意地悪をしていると思っていた。

 きっと王子もそうだったのだろう。


 それなら同じ轍は踏むものか!


「私、ウェンディさんが心配で……だってこんなにも腕が細くて、か弱いですから。事件に巻き込まれたらきっとひとたまりもありません。聖力を持っていても、発動させる前にねじ伏せられてしまいます」


 私は、ウェンディの身を案じているような発言をしてみることにした。

 これで王子が頷いてくれなかったら、もう強硬手段しかない。

 どうにかしてウェンディから図書館の鍵を奪わないと。


「……ふむ。ローズの意見にも一理あるか」


 幸いなことに私の意見を王子は飲んでくれた。

 これでウェンディから図書館の鍵を奪うという新たなミッションは課されずに済んだ。

 あとは今夜ウェンディを予定時刻よりも早く『死よりの者』の元へ連れて行くだけだ。


「ということは、最初のあれも彼女の身を案じての意見だったのか。どうやらローズは誤解されやすい性質のようだね」


 ローズに対する王子の好感度が上がったのは思わぬ副産物だ。

 そういえばゲームでは王子はかなり序盤からローズに対して距離を取っていた。

 今の発言から察するに、王子はローズのことを冷たい人間だと誤解していたのだろう。

 私もそうだったから他人のことは言えない。


 ……いや、誤解かは分からないけども。

 本当にただの意地悪な悪役令嬢の可能性もある。

 私がローズの中に入った今となっては、本当のローズについて知る手立ては無いのだが。


「……でも、私は聖力について知らないままでいいのでしょうか?」


 まとまりかけていた話に再び波紋を立てたのは、ウェンディだった。


「聖力については早く学ぶ必要がある。もし昨夜の事件が未知の力によるものなら、対抗できるのはウェンディだけだろうからね」


「それならば王子殿下。教師に頼んでウェンディ用の本を見繕ってもらうのはいかがでしょう?」


 鍵を渡す流れにしてなるものかと、私はすぐに代案を提示した。


 ウェンディが図書館へ行かないとなると、深夜の図書館で起こる攻略対象のセオとのイベントをスキップすることになる。

 その点についてはウェンディに申し訳ない気持ちもあるが、人の命がかかっているのだ。攻略対象とのイベントの一つくらい我慢してもらおう。


「いい案だな。では今日中に教師に頼んでおくとしよう」


「え!?」


「どうして驚いた顔をしているんだい? 聖力の書かれた文献が読みたいのだろう?」


「ですが、その……自分の力で探してみたいのです。聖女である私自身が探した方が良い本に出会える気がします」


「……ふむ。それも一理あるか」


 ウェンディの言葉にも王子は納得していた。

 民衆の言葉を聞き入れる王族はありがたい存在だが、今はウェンディの意見に耳を傾けないでほしい。


 しかし私の願いはむなしくも砕け散った。


「では護衛がわりに用務員を手配しよう。セオという頼りになる男だ。これならローズも文句あるまい?」


 そう言われてしまうと頷くしかなかった。


 強制イベントはどうあっても起こってしまうのか。


 私は落胆しつつ、スープを喉に流し込んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る