第11話
『死花の二重奏』で起こる事件には共通点があった。
どの遺体にも外傷は無く、毒物や病気の痕跡も無い。
さらには魔術痕も無く、死因は全くの謎。
誰もが眠るように息を引き取っている。
そして、遺体の心臓部からは一本の花が咲いている。
この花の在り様は地球上の植物には当てはまらず、まるで花を模して作られた死花のようだったことから、付いた名前が『死花事件』だ。
『死花事件』の主犯は悪役令嬢のローズ・ナミュリー。
……つまり、私。
そのはずなのに。
「そんな、どうして!? 私は殺してないわ! 私は守ろうとしただけなの!」
「お嬢様が何もしていないだろうことは、存じております」
「私じゃない! 私じゃないの!」
「分かっております、お嬢様」
パニックになりながら叫ぶ私を、今度はナッシュがなだめた。
「お嬢様を疑っているわけではありません。私はお嬢様のことが心配でやって来たのです」
「ちょっといいですか」
するとそれまで黙って成り行きを見守っていたジェーンが、私とナッシュの間に割って入った。
「よく分かりませんが、事件が昨夜起こったのなら、ローズ様がその事件に関係無いことは私が証明できます。昨夜ローズ様は私とずっと一緒にいたのですから」
「先程も言ったでしょう。私はお嬢様を疑っているわけではありません。私はお嬢様の安否確認がしたかっただけです」
「だからと言って、返事も待たずに勝手に淑女の部屋に入るのは失礼ではありませんか?」
「今は緊急事態です。人が亡くなっているのですから。一刻も早くお嬢様の無事を確認する必要がありました」
「それならもう十分ですよね。よくない噂が立つ前に早く部屋から出て行ってください」
いつの間にか二人は強い口調で言い争いをしていた。
しかし二人が言い争いをしている間にも、私の身体の震えはどんどん大きくなっていき、二人に構っている余裕などなかった。
「こんなことに、なるなんて……」
私は何もしていないのに。
ローズは何もしていないのに。
起こるはずのない『死花事件』が起こってしまった。
私は誰かを殺そうとなんかしていない。
『死よりの者』を召還なんかしていない。
『死よりの者』に命令なんかしていない。
していない、していない、していない。
私はジェーンを守ろうとしただけ。
だけどその身代わりで清掃員が殺された。
私の行動のせいで死ぬ予定になかった清掃員が殺された。
私が『死よりの者』を退治しなかったから罪の無い人間が殺された。
殺された、殺された、殺された。
私がいたせいで清掃員は死んだ。
死なないはずの人間が私の行動によって死んだ。
私の行動のせいで……つまりは私が……殺した。
殺した、殺した、殺した、殺した、殺した。
私がいたせいでまた人が死んだ。
これまでと同じように。
屋敷から逃げても変わらなかった。
どこにも逃げ場なんてない。
これから先もきっと私の周りでは人が死に続ける。
私のせいで。
私が生きているせいで。
私の、私の、私の…………。
「ローズお嬢様!」
名前を呼ばれてハッとした。
…………私は今、何を考えていたのだろう。
いいえ。
今のは一体、『誰』の考えなのだろう。
私の考えに誰かの考えが入り混じっている。
私が考えるはずもない考えが湧いてくる。
「これまでと同じように」って何?
ローズの周りではこれまでも人が死んできたってこと?
だとしたら…………今の考えは、ローズのもの?
「やめてください。何も考えてはいけません。お嬢様は何も悪くありません!」
茫然としていると、私の両手が握られた。
ナッシュだ。
両手がじんわりと温かい。
「ナッシュ……?」
「今回の事件はお嬢様のせいではありません。それに屋敷での事件だってお嬢様のせいではありません。お嬢様は、誰も殺そうとなどしていないでしょう!?」
ナッシュは今にも泣きそうな声でそう言った。
私の両手を握る手に力がこもる。
「だから、責任を感じる必要はありません。もし本当にお嬢様の考えている通りだったとしても、それなら責任は全て私にあります。罪を背負うべきは、私です」
ナッシュはとうとう嗚咽を漏らし始めた。
暴走状態のナッシュを見るのは二度目だ。
一度目は私が「死」という単語を放った直後。そして、今。
ナッシュはローズの付き人だから主人の死を恐れているのだと思っていたが、そう簡単な話でもなさそうだ。
きっとナッシュは、ローズに関係することで一種のトラウマのようなものを抱えている。
ゲームではローズルートをプレイしていないためトラウマの内容は分からないが、ナッシュの言葉から察するに、ローズの周りでは過去に大きな出来事が起こった。
そしてそれは…………終わってなど、いない。
――――――ガチャリ。
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