第4話 緊急事態

 4枚のスタピライザーを翼のように広げたハツヒメは、光波スラスターから噴き出す光子の残光を輝かせながら、宇宙に向かって力強く飛翔する。


 光子波動推進機。通称光波スラスターは、この時代の宇宙艦の一般的な推進機だ。ハツヒメはメインとなる大型スラスターを二基と、10基のサブスラスターを備えている。


「見て見て、ニャンチューブでライブ中継されてるよ?」


 大気圏離脱は、誘導ビーコンに従っての自動操縦だ。乗組員はすることも無いので、指令室の中の空気は緩い。


「台風の中、ねこ生の皆さんも大変だな」


 ネットが普及と共に生まれた動画投稿サイトは、数世紀たった現在でも健在だ。


 有志よって撮影されたハツヒメの映像が、スマートギアの仮想モニターに映し出される。


 最新鋭艦のハツヒメは軍艦マニア、通称艦オタ達から注目の的だ。地上では、カメラを手に台風の中スタンバってた艦オタ達が必死に撮影しているのだろう。


 先に出港した、ユキヒメ、マヤヒメの動画もアップされているが、やはりネームシップであるハツヒメの視聴者数が群を抜いて多い。


「コメントもついてるね。えーと……『ハツヒメ型かっこよすぎ』『デザインの無駄遣い』『練習艦が贅沢過ぎる』『俺も乗りたかった』『一般公開の日には絶対見に行く』だって。好意的なコメントが多いね」

「いやぁ、そう言って頂けると照れますね」


 フィギュアヘッドアンドロイドにとって艦は自分の身体と同じだ。ハツは照れくさそうに、はにかんだような笑みを見せる。


 中には非効率なデザイン。軍は無駄遣いを止めろ。なんてのもあったが、ハツヒメは一般人からも概ね好意的な印象を持たれているようだ。


「確かハツのことも公開されてたよな、そっちはどうなんだ?」


 宇宙軍が自軍艦艇を紹介するサイトを開く。そこにはハツヒメ型練習艦の諸元と艦の全容だけでなく、フィギュアヘッドアンドロイドについても詳しく書かれていた。


 ハツヒメ型3姉妹で撮られた集合写真に始まり、艦内や甲板で様々なポーズや表情で撮られたハツの画像が添付されているのを見て、彩晴は苦笑いする。


「おいこら広報! 悪ノリしすぎだろ! 完全にグラビアじゃねーか!」

「そんなの今さらでしょ? うん、どれも良く撮れてるね。可愛いよ!」

「緊張したけど頑張りました!」


 彩晴は続いて掲示板のハツヒメ型まとめのページを開く。


「なになに、ハツヒメ型のフィギュアヘッドアンドロイドが船体にマッチし過ぎている件? 『可愛い』『天使……巫女さんだけど』『ぷにぷにロリ巨乳たまらん』『ハツ、ユキ、マヤ、って、もっと名前捻れ』『外観ガチャ大当たり! 小型でグラマラスなところが本体にぴったり』『初々しい見た目がいかにも練習艦って感じで好き』『でーぶ』」

「何ですか!? 最後の! 最後の酷い! 通報案件です!」

「大丈夫。ハツはとっても可愛いから。あや! そんなとこ読まなくていいでしょう!?」

「悪い悪い」


 フィギュアヘッドアンドロイドの容姿はランダムで決められる。軍が狙って今の容姿をデザインしたわけではない。また、姉妹艦のフィギュアヘッドアンドロイドはほぼ同じ容姿で作られる。姉妹であるユキ、マヤとの違いは髪型くらいでユキはロングヘア。マヤはお下げ髪にしている。


「あ、おふたりが乗り込むところから撮影されてたみたいですよ? えっと。『女の子の方、めっちゃ胸揺れてね?』『スタイルいいな!』『男女ペアっていいのかよ!』『男うらやま』『艦にはハツたんもいるんだろ!? 許せん!』ですって。彩晴さん。ヘルメットで顔が見えなくて良かったですね?」

「まったくだ」


 ハツヒメに乗り込んで発進するまでの15分程の間に、全国の艦オタから嫉妬の目を向けられることになった彩晴。帰還後どうなるやら頭が痛いところだ。


 グループチャットのアイコンが光っていたので開いてみると、同じ動画を見ていたらしい同期の連中からの書き込みがあった。


 りょー『お前、刺されんぞ』

 まっつん『想定内でしたね』

 てつ『頑張って卒業まで生き抜きたまえ』

 おっぱい『うけるわー!』

 みこたん『天誅飯うま』


「あいつら他人事だと思って揶揄いやがって!」


 仮想キーボードで手早く返信する。


 いいんちょ『俺、この航海が終わったら結婚するんだ』

 すずっぽ『どうしよう。私、あやの道連れにされちゃう』


 りょー『やめろ馬鹿!』

 おっぱい『引くわー』

 みこたん『夫婦漫才乙』


 どうやら彩晴の古典ジョークはうけなかったようだ。ツッコミを入れるような返信が即座に返ってくる。


 やがて映像の中のハツヒメは灰色の厚い雲の中に消えていく。


 指令室に映し出される映像も灰色に染まる。その時だ。外の映像がぱっと光った。


「なんだ今の?」

「びっくりしたね。雷かな?」

「気になるな。ハツ、確認を頼む」


 雷がカメラ付近で発生したのだろう。涼穂はそう考えたようで、すぐにチャット画面に目を戻す。だが彩晴はその時、何か不吉なものを感じていた。


「あれ? オフラインになってる?」


 決して大きくはない涼穂の呟きが、静かな指令室に響く。その瞬間、彩晴は不吉な予感は間違ってなかったと確信した。


「現在、艦内全てのシステムがオフライン状態になっています。ビーコン途絶、自動航法システム、データリンク切断。管制ともコンタクト出来ません! 原因不明!」

「ハツ! 操艦をマニュアルに切り替えろ! 対ジャミング行動! ビームバリア展開。レーダーの量子感応波をレベル3に上昇。総員戦闘配置!」

「あいさー!」


 緩かった艦内の空気が張り詰めたものに変わる。戦闘態勢に入る指令室。シートを囲うワークスペースが半透明のキャノピーに覆われる。宇宙では、艦が致命傷を負ってから脱出しようと走ったところでまず間に合わない。戦闘配置の際、乗員は可能な限りウォールスーツを着用し、脱出装置を兼ねたワークスペースに着く事がマニュアルで定められている。


 もし、艦がダメージを負ったとしても、現場に走ってはならない。オートリカバリーでどうにもならんような状態なら、人が消火器持って走ったところで焼け石に水だ。むしろ、艦より人命を優先するAIの足を引っ張ってしまう。ダメコン駄目。絶対。


 彩晴と涼穂も、フード型ヘルメットを被り、ベルトを締めて身体をシートに固定する。


 現代の軍艦のシステムが雷で落ちるとは考えにくい。彩晴が考えたのは、艦が何らかのジャミングを受けた可能性だ。レーダーを潰され、雲の中で視界を遮られている。襲撃者にとって今のハツヒメは絶好のカモだろう。彩晴は攻撃を受ける事を想定してこれらの指示を出したのだ。


「大丈夫、訓練だすず」

「うん。わかってる」


 きっとこれは教官たちが仕掛けた訓練だ。そう考えながらも、彩晴は不安は拭えないでいた。


(本当に訓練なのか? このタイミングで?)


 彩晴は涼穂のワークスペースに目を向ける。緊迫した状況の中、彼女に手を伸ばせないもどかしさが辛かった。


 攻撃に備え、ビームバリアで防御を固め、クオンタムレーダーの探知範囲上げるハツヒメ。ハツの操艦によって上昇を続け、やがて雲を抜ける。


「綺麗……」

「ああ……」


 視界がクリアーになると、白い雲の海と蒼天が広がる。彩晴は自然が作り出した芸術にしばし、心を奪われる。周囲に他の飛行物体は見当たらない。視界に移るのはただ美しい光景のみ。


「艦内システムに異常はありません。しかし、オフライン状態は以前継続中。通信にも反応ありません。えっ!? これは!?」

「どうした?」

「規格外の量子通信波を探知! これは現在地球連邦軍で使われているものとは全く異なるものです!」

「なんだって!?」

「あや……」

「ああ、訓練じゃないかもしれない」


 地球のものとは違う通信波の検出。これは訓練ではない。実戦だ。何者かが地球にやってきて、通信障害を引き起こしているのだ。


「下方より反応! 高速飛行体接近! 雲の下から小型艇クラスが2隻本艦に向かってきています。

 データ無し、全く未知の船です距離20」

「20!? そこまで接近されて気付かなかったのか!?」

「すみません。反応が小さくてフィルターで除外されていました」

「ったく! それ平和ボケしすぎだろ!?」


 ハツヒメにはイージス艦並のクオンタムレーダーが搭載されており、その索敵能力は広大で精度も高い。だが、頻繁に乗り物が行き交う惑星上では、なんでもかんでも探知してしまってわけがわからなくなってしまう。そこでAIが反応を精査し、フィルターにかけて艦の運航に関係のないものを振るい落としているのだが、未確認機は出力反応が低かった為、当初無関係な民間機と思われてフィルターで排除されていたのだ。明確にハツヒメに接近する動きを見せたことで、ようやく気付くことが出来たのである。


「脅威度判定フィルターの改善について、軍本部とメーカーに最重要案件として要望書を提出しておきます」

「ああ。そうしてくれ」


 20キロの距離など、レーザーやビームは勿論、砲弾やミサイルでも一瞬で届く距離だ。それまで気付かないレーダーなど、役に立たないと言われても文句は言えない。


「地球までやってくる技術があるなら出力の方は偽装だろう。こっちのレーダーの弱点を理解していると見るべきだ。だが、奇襲出来たにも関わらず攻撃してこなかったのは妙だな?」 

「どうするの?」

「まだ敵と決まったわけじゃない。まあ、何とかなるさ!」


 1秒、2秒と緊迫した時間が流れ、雲の中から2隻の船が現れる。その船は50メートル程で、彩晴が見たこともないタイプだ。大昔の飛行船に似た涙滴型の青い船体。前面や側面に窓のようなものがあったが、中を伺うことはできない。上部には明らかに砲と見られる武装が搭載され、その砲口はピタリとハツヒメに向けられていた。


「ロックオンされました! 武装船から通信波が出ています」

「連中の通信波をこちらの規格に合わせられられるか?」

「可能ですが、これは……全く未知の言語です」


 ノイズに混じって男性のような低い声が聞こえてくる。語気が強く、威嚇するような雰囲気だ。実際武器を向け、威嚇してきているわけだが……


『※※※! ※※※※※※※※※!』 


「言葉はわからないけれど、友好的って感じはしないね」

「ああ、恐らく停船勧告か、投降勧告かってところだろうな」


 そしてついに、武装船の砲から赤い光が迸る。


「武装船発砲! 低出力のレーザーです! 威嚇と思われます!」

「野郎! 撃ってきたか!」


 武装船の放ったレーザーは、ハツヒメのビームバリアを貫くには到底及ばないものだ。だが地球上空で攻撃を受けたのは事実だ。


「ハツ、こちらからも警告を出せ」

「了解。こちら地球連邦軍所属、練習艦ハツヒメ。本艦を攻撃中の不審船に告ぐ。速やかに武装を解除し投降してください。繰り返します。こちらは……」


 警告は伝わらなかったようだ。2隻の武装船からのレーザー攻撃は激しさを増している。今のところビームバリアで防げているが、相手が何者かわからない以上、油断はできない。


「仕方ない。メーザーガンで奴の武装を潰す」


 メーザーガンはハツヒメに装備されている武装の中では最も威力が低いが、持続的に掃射が可能で主にミサイルなどの対空迎撃に使われる。


「攻撃するつもりなの!? そんなことしたら戦争になるかもしれないよ!?」


 言葉の通じない相手に警告を出しても無意味だ。警告はただ筋を通したと、後で言い訳する為だけのものでしかない。彩晴の判断は戦争を引き起こす原因となりうる。涼穂が声を上げるのも無理ない事だった。


 相手が地球人なら地球の法に則り反撃待ったなしで問題ない。だが、宇宙人相手に地球の法は意味がない。


 選択次第で地球滅亡すらあり得る。今、彩晴と涼穂が直面しているのはそのレベルの選択なのである。


「すず。俺にとって艦と乗員の安全が最優先だ」

「あや……でも」


 艦長は彩晴だ。その判断によっては重い責任を背負うことになる。涼穂はそれを案じたのだろう。


「涼穂さん。私は彩晴さんの判断を支持します。任官前で、しかも未成年である皆さんは政治的判断をする立場にありません。自身の安全を最優先にすべきと具申いたします」


 軍艦に乗っているとはいえ、彩晴も涼穂も正式な軍人ではない。それに、ふたり共17歳で未成年である。味方と通信が繋がらない中、一方的に撃たれている今の状況で、地球の安全の為に殉じろというのは酷な話だ。


「そうだね。ごめん」

「いや、すずは悪くないよ。悪いのはいきなり撃ってきたあいつらだ。よし! 武装船に投降の意思は無いと判断。ハツ、上部メーザーガン起動。マニュアル操作で俺が撃つ」

「アイサー!」


 ハツヒメは艦橋……もとい展望室上部と艦底部に2基のメーザーガンを備えている。彩晴は上部のメーザーガンを起動させてガンコン型の照準装置を構えた。


「待って! 私がやる。あやの腕じゃ間違って船体に当てちゃうよ」

「……わかった。頼む」

「任せて」


 相手の武器のみを破壊するに、彩晴の射撃の腕では正直不安だ。トップクラスの腕を持つ涼穂に任せるのが道理である。


 涼穂はガンコンを構えると、素早く照準を付けてトリガーを2回引く。


 展望室上部に格納されていたメーザーガンから立て続け放たれた閃光は、2隻の武装船の砲身の根元を正確に撃ち抜き溶断する。


「お見事です!」

「流石だな」


 武装を破壊され、武装船は煙を上げながら雲の中へと逃げていく。


「※※※! ※※※※※※!」

「地球へようこそ! エイリアン!」


 言葉はわからないが、間違い無く悪態だろう。それに対し、すっきりした顔で、武装船に返信を送る彩晴。


「あや……煽らなくても」

「いいだろこれくらい。ハツ。武装船の様子は?」 

「速度を落として降下中。他に追撃の船影ありません」

「よし! さっさと宇宙へ上がろう。先に上がった連中が心配だ」


 通信は未だに回復していない。同期が乗ったユキヒメとマヤヒメも、エイリアンに襲われている可能性がある。


「アイサー! アップトリム90! 進路良し! フルブースト!」


 ハツヒメは艦首をほぼ垂直に上げると、真っすぐ天に向かって登っていく。


「……やっぱり、艦長をあや君に任せていてよかった」

「何か言ったか?」

「別に! 何でもないよ!」


 実はこの時、彼等は大きな勘違いをしていたのだが、この時はまだその事に気付くことが出来なかった。

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