Galaxy star way!~7万光年彼方の地球で君に想いを伝えたい~

ぽにみゅら

第1話 ハツヒメ発進

 西暦2324年、地球人類は静かに滅亡へと向かっていた。


 領土、民族の対立に終止符が打たれ、国家間の戦争が終結した時代。


 大規模食料プラントの建設により、飢餓に苦しむ者がいなくなった時代。


 医療技術の進歩により、あらゆる病魔が克服された時代。


 超光速航行技術が確立し、人類は外宇宙へと飛躍した時代。


 過去の人々が夢に見た世界が現実となった時代。だがそこで、地球文明は限界を迎えることになる。


 不自由のない暮らしに満足した社会は、急激な少子化と、就職率の低下をもたらした。


 人口は200億をピークに減少を続け、2300年代にはついに100億を切るに至った。非就労者は6割を超える。


 だが人々は人々は困らなかった。衣食住は十分に支給されていたし、欲求はほぼVRによる仮想世界の中で満たすことが出来たからだ。


 そんな中、連邦政府は人類の生息圏は太陽系内で十分と判断。外宇宙への移住計画を全て白紙に戻す決定を行う。また、地球人類は太陽系のみを領土とし、外宇宙で領有権を求めず、原則として干渉しない事を定める法が制定された。


 この決定には、異星人との交流や、新天地を夢見ていたロマンチスト達から、悲鳴のようなバッシングが上がった。しかし、世論が既に外宇宙進出に冷めていたこと。連邦政府が過去、幾度も外宇宙調査隊が何者かの襲撃を受けていたという事実を公表したことで、人々は他文明との交流の難しさと、外宇宙進出のリスクを再認識し、ロマンチスト達も次第に現実を受け入れていった。


 銀河には幾つもの文明が存在し、宇宙に進出している。地球人類は彼らと争うリスクを恐れ、太陽系に引きこもる道を選択したのである。


 人々が宇宙に夢を持たなくなった世界。


 母なる太陽系に引きこもり、終末を待つだけの世界。


 文明の賢者タイムなどと、揶揄する者もいる。


 だが、そんな時代でも、宇宙に憧れ、宇宙を目指す若者がいなくなったわけではない。


 地球連邦宇宙軍種子島士官学校に通う17歳の少年、相馬彩晴そうまあやはるもそのひとりだ。人受けのよさそうな角の無い顔立ち、軍属というには細身で、ぴったりした宇宙軍使用の黒い全領域対応強化服(ウォールスーツ)と、濃紺の士官学校指定ジャケットを着ていなければ、普通の学校に通う平凡な少年にしか見えかっただろう。


「晴れの船出だってのに、台風直撃かよ……まったく、ついてないよなあ」

「だね。しかも教官達、これも訓練だとか言ってノリノリで外に放り出すんだもん」


 彩晴のぼやきに付き合うのは、同じく士官候補生の三鷹涼穂みたかすずほ。彩晴とは幼い頃からの幼馴染で、最も気心の知れた間柄だ。


 彩晴と涼穂はこの日、実習航海のため、練習艦に乗り宇宙に旅立つ。地球、シリウス間の往復2週間の航海だ。しかし、出港当日の天気はあいにくの荒天。見送りも離れたところからで、テープも無いとなれば、旅立ちを楽しみにしていたふたりが残念がるのも無理はない。


 例年よりかなり早い時期に発生した台風1号は、彼等の旅立ちの日に種子島を直撃した。もっとも、この時代の宇宙艦艇が台風程度でどうこうなるはずがない。出港の予定が変わることは無く、むしろ、訓練に丁度良いと言って、候補生達を嵐の中に放り出した。


 15分以内に出港し、軌道上の教導艦に合流せよ。と、教官に尻を蹴飛ばされ、それぞれ与えられた艦を目指して嵐の中を走る士官候補生達。彩晴と涼穂も荷物の入ったキャリーバッグを引きずって1キロ以上ある桟橋を走りきる。


「あれが俺達が乗る艦か。150メートルクラスの小型艦とはいえ、こうしてみるとでかいよな」


 彩晴はバイザー越しに、暴風雨の中、港に停泊している宇宙艦を見上げた。


 流れるようなフェアリング装甲に覆われた船体。推進機やスタビライザーで膨らんだ横幅によって、ボリュームは全長が同じ水上艦の3倍以上あるだろう。


「そうだね。STVー33001ハツヒメ。ハツヒメ型練習艦のネームシップだよ! ついてるね!」

「ああ、おかげで一番遠い桟橋まで走らされたけどな!」


 竣工したばかりの最新鋭艦。その最初のクルーになる栄誉を得たのだから、ふたりがついはしゃいでしまうのも無理はない。


 ダークグレー一色の他の宇宙軍艦艇と違い、練習艦であるハツヒメの船体は白地にグレーのラインで塗られている。戦闘機のようなシャープさと、艦船の力強さが融合した、ヒロイックでスタイリッシュなフォルムは一般からの評価も高い。


 兵器に置いてデザインは重要だ。なにせ現場の兵士の士気に関わる。兵士だって命を賭けるなら不細工な兵器より、かっこいい兵器を使いたいと思うのは当然だ。また、絵になる兵器は国民の理解が得られやすく、予算も下りやすい。


 連邦軍は慢性的に人手不足だ。特に長期間家に帰れない上に、殉職率が他を圧倒している宇宙軍は、常に不人気職の筆頭に上げられる。それを打開する為にも、宇宙軍はできるだけ見た目の良い船を用意して、若者を呼び込もうと必死なのである。


「すず、大丈夫か?」

「うん」


 ようやくハツヒメへとたどり着いた彩晴と涼穂。タラップを上がり船内へ入るが、エアロックのところで待ったがかかる。


『乾かしますのでその場でお待ちください』


 女の子の声で呼び止められると、温風がふたりの全身を包み込む。エアロックは宇宙で船内の空気を逃がさないようにするのと同時に、外から入ってくる微生物や虫、砂ぼこりなどを持ち込まないようにする役割も果たす。余計な水分も当然除去の対象だ。


「やれやれ、ひどい目に合った」

「私は結構楽しかったかな。台風ってなんかわくわくするよね」

「昔は結構人が死んだりしたんだぞ? 相変わらず呑気だなすずは」


 乾燥が終わってヘルメットを外す。ジャケットと一体になったヘルメットは、スイッチひとつでふにゃりとしぼみ、フードのように脱着することが出来る優れものだ。


 涼穂の長い艶やかな黒髪がふわりと露わになり、年頃の少女の匂いが狭いエアロック内に広がる。


(すずの奴、またでかくなったか)


 長い髪をポニーテールに結わえる涼穂を横目で眺める。


 健康的な小麦色の肌。幼さの抜けきらない可愛い系の顔立ちながら、涼穂はかなりスタイルが良い。160センチ半ばの身長に、長い手足。身体にフィットとしたウォールスーツは、キュッと締まったウエストからヒップ、脚線美を余すことなく引き立てる。そして、ジャケットを大きく盛り上げる……


「なあに?」

「いや、いつ見ても不思議なんだよなぁ。その長い髪さ、どうやってメットに入ってるの?」

「テクノロジーの勝利だね」


 かつては円滑にヘルメットを被るために、宇宙軍では男女問わず髪を短くすることを求められた。しかし、フード型ヘルメットが開発されたことによって、現在髪型はよほどでない限り自由となっている。ジャケットと一体になったフード型ヘルメットは、緊急時の利便性だけでなく、若者を呼び込むために一役買っていると言っても過言ではない。


「91のFカップだよ」

「いや聞いてねえし」

「そう? お礼のつもりだったんだけど?」

「なんの?」

「ずっと風よけになってくれてたでしょ?」

「……覚えてないな」


 彩晴の行動は全て涼穂にはお見通しだったようだ。白い歯を見せる涼穂に、彩晴は照れたように目をそらす。


(揶揄いやがって。本当はもっと大きいくせに)


 彩晴は涼穂の語ったバストサイズが嘘であることに気づいていた。本当の数字を言うのが恥ずかしかったからなのか、それとも彩晴を弄ろうという魂胆からの罠なのか。どちらにしても藪蛇になりかねないので、口にしたりはしない。


「ようこそハツヒメへ。彩晴さん、涼穂さん」


 エアロックを開くと、紅白の艶やかな巫女服姿の10歳くらいの小柄な少女が、彩晴と涼穂を待っていた。ぷにっとした丸顔に、白い髪を肩口で切り揃えたボブカット。少女の名はハツ。艦の意思とも言えるフィギュアヘッドアンドロイドであり、共に訓練を受ける仲間である。


 フィギュアヘッドアンドロイドの外観はランダムに決められる。名前も艦名をもじったものを付けられる場合が多い。そして、なぜ巫女服を着ているのかといえば、航海の安全祈願のためである。


 かつて大海原を旅した帆船が、女神を模したフィギュアヘッドを船首に備えていたのに習い、航海の安全を祈願し、乗組員が無事帰還できるようにと、船の意思であるフィギュアヘッドアンドロイドは、伝統的に神職の衣装を纏うのが習わしとなった。軍は意味も無く、ロリっ子巫女さんアンドロイドを、血税を用いて作ったわけではない。ここ重要。


「やあ、ハツ。リアルで会うのは初めてだな。航海中よろしく」

「よろしくね」

「はい。よろしくお願いします。とにかく今は時間がありませんので、荷物はそのままそこに置いて、すぐに指令室に行きましょう」


 ハツを除けば、クルーは彩晴、涼穂のふたりだけだ。本来なら10人程度の訓練生が乗艦することを見越していたが、そこは不人気職の宇宙軍。士官学校は例年定員割れ状態で、リタイアも多い。彩晴と涼穂の同期は7人しか残っておらず、それを3隻の練習艦で分けた結果である。


 なんとも贅沢な話だが、現代の軍艦に人が何人も乗る必要は無い。ぶっちゃけ、駆逐艦のような小型艦なら艦長が1名乗っていれば事足りる。


 狭い艦内で、長期間孤独に過ごさなければならないというのも、宇宙軍への志願者が少ない原因のひとつだ。


 ハツを先頭に3人は指令室へと向かう。艦は操舵も戦闘指揮も全て指令室で行われる。艦橋? そんなものはない。あるのはただの展望室だ。


 宇宙艦は船体の割に居住区は狭い。指令室を含む居住区は、いざという時分離して脱出出来るように艦中央にまとめられているからだ。


 元々は10人程度の訓練生が乗ることを想定している為、ハツヒメの居住区は小型艦にしては広い方である。シャワー付きの個室が12部屋に、ラウンジ、食堂、医務室、トレーニングルームを備えていて、艦内設備はちょっとした客船並だ。


「お風呂もあるんだね! ねえ、あや、久しぶりに一緒に入ろ」

「揶揄うなよ! 入るわけないだろ!」


 ARディスプレイで走りながら艦内図を眺めていた涼穂が、目ざとく浴室を見つけて、彩晴を誘う。


「……ったく。俺が入るって言ったらどうするつもりだったんだよ」

「いいよ? あやとなら」

「ばっ、ばば、……ばっ!?」

「ふふ」


 真っ赤になって言葉を失う彩晴に、満足げに笑みを見せる涼穂。勝負あり。


「おふたりは随分仲がよろしいのですね」

「まあ、幼馴染だからな」

「親睦を深める為にハツも一緒に3人で入ろうよ!」

「わあ! いいですね!」

「いや、入らないからな! ハツもその気にならないでくれ!」


 指令室は直径6メートル程の広さの球体だ。部屋全体が全周囲スクリーンであり、緊急時には脱出ポッドになるように設計されている。シートは4つ。前にフィギュアヘッドアンドロイド用の席があり、左右に副長席、後方に艦長席と、一般的な小型艦と同様の配置だ。それぞれの席は区切られたワークスペースになっていて、これまた脱出ポッドになる。軍艦はこのように二重、三重の脱出装置が備わっている。それでも宇宙で撃沈された際の生存率は3割に届かない。


「艦長はお前だろ? 学年主席」

「あやの方が向いてるよ。委員長」

「……ったく。怒られても知らないぞ?」


 早々と副長席に座る涼穂。事前に決められた配置では、同期で一番成績の良い涼穂が艦長に決まっていた。議論している時間はないと判断した彩晴は、小さく舌打ちして艦長席に座る。


「やりたかったんでしょ? 艦長になるのがあやの子供の頃からの夢だったもんね」

「ああ、ありがとな」


 本当はやりたかったのだ。艦長を。幼い頃から暇さえあれば港に行き、宇宙艦が飛び立つのを眺めていた。そして、憧れた。練習艦の暫定艦長とはいえ、今、その夢が叶った。


 実のところ艦長に決まっていた涼穂に嫉妬していたところはある。あっさり席を譲ってくれた彼女に感謝しながら、彩晴は感触を確かめるかのようにコンソールを撫でた。


 空間投影されるARコンソールが主流の時代でも、軍艦では確実な機械式コンソールが伝統的に使われている。


「男の子ってそういうの好きだよね」

「浪漫だからな」


 とはいえARコンソールを使わないわけではない。彩晴も涼穂もこめかみに軍用のスマートギアと呼ばれる個人端末を身に着けている。ARコンソールの投影、通信、VR接続などスマートギアは現代人の生活に欠かせない必須アイテムだ。


「ハツヒメより種子島コントロール。乗組員の搭乗を確認。艦長、相馬彩晴訓練生、副長、三鷹涼穂訓練生で登録」


 管制と交信するハツ。登録手続きはキーボード入力による手打ちだ。何故、艦のAIがアンドロイドの身体を持つのかと言えば、外部とのコンタクトを人と同じように自身の目と耳、口で行うためである。AIなのだから、ネットワークで直接リンクしてしまえば確かに早いし効率的だ。だが、直接ネットワークに繋ぐと、ハッキングやウイルスによる汚染の恐れがある。強力な武装を持つ軍艦のAIが乗っ取られるなど絶対にあってはならない事だ。こうした経緯で誕生したのがフィギュアヘッドアンドロイドなのである。


 ネットワークから完全に独立しているフィギュアヘッドアンドロイドは、アップデートが遅い。人と同じように成長していかなければならないからだ。ハツヒメは新造艦であり、ハツも生まれたばかりで経験不足だ。訓練航海で鍛えられるのは、訓練生だけではない。彼等が乗る艦もまた成長を求められているのである。


「艦長、出港許可来ました。マヤヒメ、ユキヒメに続き180秒後に抜錨します」

「艦長の交代について何か言ってきてるか?」

「特に何も。いえ、軌道上の教導艦から通信来ました。『上で待ってるwww』です」

「なんか全部手のひらの上って感じだなぁ」

「現場の判断で適任者に交代するのは、全然おかしい事じゃないよ?」


 座学でも実技でも成績は涼穂が上だ。だから当初は涼穂が艦長に選ばれた。しかし、明るい性格と、癖のある同期達を陰ひなたでまとめてきた彩晴は、同期から委員長と呼ばれて慕われている。人を引き付ける魅力、カリスマとでも言うべき才能を彩晴は持っている。同期の訓練生は勿論、教官の間でも認識されていて、知らぬは本人のみ。涼穂が艦長を彩晴に譲ることなど既定路線のうちだったのだろう。


 先に発進していく僚艦をスクリーンで眺める。2番艦ユキヒメ、3番艦マヤヒメはハツヒメの同型姉妹艦で彩晴の同期生が乗っている。


「よし! 俺達も行くぞ。炉心に火を入れろ! 抜錨用意!」

「アイサー。主機起動確認。タラップ収納、全ハッチ閉鎖、アンカー解除、係留ワイヤーパージ5秒前。安全確認よし。3、2、1パージ!」


 発進準備が全て整い、彩晴はしばし瞑目する。


 ついにこの台詞が言えるときが来たのだ! 夢を叶えた少年は大きく声を上げる。


「抜錨! ハツヒメ発進!」

「ぷっ」


 見ると、涼穂が腹を抱えて身悶えしている。彩晴と目が合うと親指を立ててくる。相当ツボに入ったのだろう。


(くそっ! こいつ、後で覚えてろよ!)


 因みに、艦を発進させる時の号令にマニュアルは無い。意思が伝われば良いとされ、艦長の趣味に任されている。


 暗い海を滑るように動き出したハツヒメは、やがて灰色の空へと飛翔する。


 それが、長い旅の始まりになる事を、若者たちは知る由も無く……

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