第19話 『リスケ』/「月めくり」始まり指定

「月めくりカレンダーを愛用してるの」

「日めくりカレンダーはよく聞くけど、月めくりってわざわざ言う?」

「いけない?」

「月替わりにカレンダーをめくるのは、最も一般的じゃない?」

「一般化してるからといって、誰かにとって特別な行為じゃないとはいえないわ」

 彼は口を閉じた。私も大人げなく少しムキになってしまった。


 だって、私にとって月初めがどんなに大切か、貴方が一番良くわかっているはずなのに……と、じれったく感じてしまって。

 ファーストデイで映画料金が安くなるからじゃない。もちろん、特売日でもないわ。月末に美容院へ行き、ネイルサロンやエステをはしごして……美容に時間とお金を費やして、メンテナンスを欠かさない。

月初めに、最高の自分で貴方に会うために。

 外見だけ自分磨きをしているわけじゃない。上辺だけ取り繕ったって、会話していれば知性のなさはすぐ露呈してしまう。長い長い空白期間、美術館巡りをしたり、読書したり、名作を映画鑑賞したりと文化的インプットをする。


「君と話してると楽しいよ」

 先ほど私がムキになってしまったせいで、一瞬流れた空気の悪さを取り繕うように、彼は愛想笑いをした。

「そう言ってもらえると、すごく嬉しい」

 本心でないかもしれないけど……自分磨きの成果だと思いたい。

「でも、楽しい時間はあっという間だね。そろそろお別れの時間だ」

「ねぇ、月初め以外にも開催しない?」

「いや、俺なんか、そんなに需要ないから」

「需要なら、ここにあるわ!」

 ……私としたことが、つい声を荒らげてしまったわ。恥ずかしい。

「待ち望んでいるファンはたくさんいるよ、自信持って!」

「……皆勤賞は君だけなんだよね」


 彼の『オンライン個別お話し会』が月一回開催なのは、プレミア感を演出するためだということには、とっくに気づいていた。いまいち人気が伸び悩んだまま若さも失った、だけども「アイドル」で居続けたい彼の苦肉の策だということは……。

 ゲリラライブしたところで、ネットニュースにさえ上がらない。数回の出演経験があるものの、演技派枠に入れなかった彼は、ドラマや舞台のオファーも皆無。アドリブが苦手な彼はバラエティー番組で重宝されずに、テレビ出演の供給も少ない。

 歌やダンスに優れたスキルメンでもない彼は、ただ「顔がいい」というだけでここまできた。

アイドルにとって「顔がいい」というのは、何よりも強い。誇れる一番の魅力だと胸を張っていいと思う。なんだかんだ「顔が好き」な「顏ファン」は、盲目ファンへ発展しやすい。ただし、変に整形するとか、表情筋が死ぬまで美容施術した場合は、離れがち。少しずつの経年劣化は、「好きな顔」に年輪が刻まれているだけだから「かわいい」で済まされることが多く、推しに寄り添い続ける古参ファンが一丁上がりというわけだ。


 でも、彼と一緒に年齢を重ねてきた同年代の私も、もう現実的な幸せを手に入れることを考えなければいけない時期かもしれない。

推し活に生活の全てを捧げていないで、婚活も開始すべきかな。

実は、今日の『オンライン個別お話し会』に入室する前に、そんなことをぼんやり考えていた。


「ねぇ、公式SNSでは、DMのやりとりできないから。運営に聞かれないようにこっそりと……ID聞いてもいいかな?」

「はぁ!? 脇に運営付いてるんだから、聞こえてるに決まってんだろ!」

「え、えー……えーっと……キャラ変?」

「運営、聞いてるぅ!? こいつ、散々金落としてきたファンに手出そうとしてまぁす!」

「え……だって、ずっと俺のこと好きでいてくれたでしょ……」

「勘違いすんな! アイドルとしてのあんたを推してんの。ガチ恋でもねぇし」

「で、でも……恋愛感情も少しはあるんじゃないの!?」

「はぁ……本気で言ってる? プロアイドル貫けねぇで、そうやって男出してくんのキモすぎ。人気出なくて当然だわ」

「そ、そこまで言わなくても……」

「運営、聞こえてるよね。こいつのこと干していいですからぁ!」

「ちょ、ちょっと……切るね……バイバ…」

「この最低ゲス野郎!!」

 切られる直前の魂の叫びは、ちゃんと届いただろうか?


 こうして、すっかり推しに冷め、夢から醒めた私は、カレンダーを破り捨てた。

推し活予定がびっしり書き込まれていたので、全てが白紙の未来にするために。


 バイバイ、私の青春。

 彼を推してたことが既に黒歴史に変わった今、推し活で使った時間とお金を「無駄遣いだった」と感じずにはいられないけど……考えるのはやめよう。

別れた彼女に今までのデート代・プレゼント代の総額を提示し、「返せよ」と言う男以上にダサい行為だから。

だって、推し活は見返りを求めるものじゃない。こちらが応援したくてしたこと。

強いて言えば、自分のアイドル審美眼が劣っていただけ。


 これからは、「彼のため(彼にとって恥ずかしくないファンでいよう)」の自分磨きではなく、本当に自分自身のための自分磨きをしようっと。

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