第21話 寄せる想いに帰る想い

「健作さん、私を優しく抱きしめてください。一度だけでいいです……」

「香住さん……」


二人の距離が近くなろうとしていた。その時だった。


パリリン


「あ、ペンダントが‥…」


「やはり、出来ないよ。香住さん。やはり、僕はそばにいてくれるだけで……」

「本当にそう思っていらっしゃるのですか?」

「いや……」


僕の気持ちはどっちなんだ。

苦しいじゃないか……


「健作さん、お願いです……」

「健作さん‥…」

「一度だけでいいです、優しくてもいいです、強くてもいいです、私を抱きしめてください」


「やはり、それは駄目だよ。僕達は結ばれないんだよ」


「それなら、あの時みたいに私の手を取ってください」

「そして、目の前に広がる海を渡って母の元へ行きましょう」


「香住さん、やはり僕達は自分なりの道を探すべきだよ。一緒に帰ろう」


二人の心がざわつくように、波音もざわついていた。

しかし、優しく二人を見守っていた。


「生きる事は悲しい想いをすることですか?」


「香住さん、僕には正直わからないよ」

「ただ、生きる事の意味を見つけないといけないんじゃないかな」

「香住さんも出来るよ」

「きっと、できるよ」


「健作さんはそれができるのですか?」

「こうなっても悲しくないですか?」

「お互いに想いあっても、結ばれないことを悲しいと思わないのですか?」


「それは僕も同じだよ。そう思うよ」

「でも、このままじゃいけないんじゃないかな」

「僕達はこのまま前に進めないんだよ」

「寄せては帰って行く波のようじゃないか」


「それなら、波を手のひらに、すくいあげればいいじゃないですか」

「そうすれば、手のひらに残るじゃないですか」

「それとも、私の事が嫌なのですか?」


「そんな事はないよ」

「僕は香住さんの事を……」

「駄目だよ。それ以上は言えない」


「どうしてですか……」


「それはわかっているだろう……」


「わかりません、わかりたくないです」


「やはり、一緒に帰ろう」

「手をつないで帰ろう」

「そこまでだよ。僕達は……」

「そこまでしか駄目なんだよ」


「帰るなら、あの寄せて帰る波と共に帰りたいです」

「どうして、私に健作さんへの、寄せる想いを与えたのですか?」

「あのバスに乗らなかければ、そのような想いをしなくて済んだのに……」


「バスのことはもう忘れよう」

「それならいいじゃないか」


「忘却ですか……」


「そうだよ」


「できません、忘却はしたくないです」

「健作さんは忘却できるのですか?」

「それとも、忘却したいのですか?」

「私の事を記憶から消し去りたいのですか?」


「僕をそれ以上苦しめないでくれ」


「一度だけ抱きしめてくれたら、忘れます」

「お願いします」



「忘却の海~白き記憶」


あれは何だったのだろうか


君の美しい髪がなびいていた


僕の心もなびいてしまった


寄せる波に帰る波


いや


寄せる想いに帰る想い


記憶が君の姿を思い起こす


記憶が僕の心を思い起こす


記憶が僕に悲しみを与える


記憶が僕に苦しみを与える


生きている意味とは何だろうか


生きていることは悲しいことだろうか


生きていることは幸せなのだろうか


生きていくことは生き続けていくことではないだろうか



健作




「忘却の海~白き記憶」


抱きしめてください私を


抱きしめてください優しく


抱きしめてください


抱きしめて忘れさせてください


いえ


生きていく意味を教えてください


生きていく意味とは悲しみでしょうか


生きていく意味とは幸せなのでしょうか


生きていく意味を教えてください


遠くに海が見えます


遠くにあなたが見えます


遠くにあるのは幸せなのでしょうか


遠くでもいいです、私をつれていってください



香住



二人の想いが叶えられる日がくるのだろうか

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