セミナル

千桐加蓮

第1話 欲望のピンク

 今年の夏は特に暑い。近年は猛暑が目立ち、九月以降も残暑が続くだろうと、お天気アナウンサーは爽やかに言っている。

「わ、このアナウンサーのお兄さん、王子様タイプだなー」

地方の空港からも近いことでアクセスがしやすい駅。その駅前のバス停から、二十分バスに揺られたところにある美大生の女が、一人暮らしをしているアパートの部屋の一角で、絵をかきながらテレビを見て、にやりと笑った。ユニコーン色に染めた派手なロングの髪を下の方で一つに縛って前髪をかき上る。私はそれをずっと眺めていた。

羽瑠うるは、このお兄さんみたいにはなりたくなさそう」

額の汗をタオルで拭き、私を見てきた。

「羽瑠は、フランス人形みたい。きっと、一人のかわいい子供が大事におもちゃ箱に入れられてるんだろうね」

 フランス人形みたいというのはよく言われる。碧い瞳と白い肌。髪は黒いけど、金髪とかに染めたらフランス人形だ。今年、工業高校に入学してからも同じことを色んな人に言われた。

 将来的に働くために取れる資格が、在学中に所得出来るというメリットで工業高校に進学した。正直、JKライフとか、学校フォトとかどうでもいい。私は将来、自分が必要とされるために資格を取って働ければそれでいい。ずっと、一人で技術を必要とされる人になればいい。

花歩かほさんが、かわいい子供になってくれるんですか?」

 そう思っていたはずだった。自分は恋なんてしないと思っていた。

 なのに、好きな人が出来た。

「私に溺れたらダメだよ、恋って怖いもん。私は、もう恋したくない。だから、私には惚れない方がいいよ」

 彼女は中途半端完成していない作品を窓の方に寄せて、ベット座り、私を見ている。私は花歩さんに必要とされたかった。見てほしくて堪らないのだ。

「なんですか?それ」

私は床に座っているけれど、しばらくの沈黙の後に彼女はすぐそばまで寄ってきていて私の顔を見る。

 彼女の目の中に私が映っている。

「過去は語らないですよね。花歩さんってさ」

冷房を利かせても暑い部屋の温度もどうでもいいと思った。さっきまで、暑いと感じていたことさえも忘れてしまうくらい、目の前にいる彼女に酔ってしまう感覚に陥る。

「ねぇ、これ何色に見える?」

そんな時に、彼女が私に見せてきたのは自分の唇だった。リップグロスなのか、薄いピンク色になっている彼女の唇の色。いつもと同じ、少し大人びた感じがした。でもどこか違和感を感じた私は首を傾げた。

「ピンクじゃない?」

素直に言うと、嬉しそうな顔で笑う彼女。私の答えを聞いて満足しているようだ。そして、「正解!」と言うと自分の口元の手を離して指先で私の唇に触れる。その仕草が、なんだかいじらしくて愛おしくて仕方がない。でも、見つめることしか出来なかった。

――こんなに近くにいるのに、遠い気がする……。

 ふと、そんな言葉が出てきたけれど、口に出さないように必死になった私は、ただ彼女の全てを知りたかった。

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