罪な少女

ヘッセ

第1話 楽園の始まり

 永き眠りから覚めたら、直後すぐに太陽の光に当たると、めっぽう健康に良い。そんな話を聞いたことがあった。れは夕食どき、母の熱狂するアイドルグループが出演する音楽番組を待つ間に流れていた、何ともないニュース番組から得た情報であった。食卓の心地よい雑音である。

 ある日、当時流行りつつあった未知のウイルス感染症に対する恐怖もあってか、件の健康法を試してみようと思い立った。その日から一年、中学を卒業し、高校生活をそれとなく過ごしていた。今日も私は、壁の赤茶けた部屋で目を覚まし、意識の判然はっきりとしないままにカーテンを開け放ち、薄明の光を浴びるのだ――――――

 だがしかしおかしなことに、柔らかな布の感触も、痛快なカーテンレールの音も、瞼に映る赤き血潮でさえも、私には感ぜられなかったのである。其れはまるで胡蝶のみる夢のようで、何もないというのに妙に心地よくあった。次第に意識は覚醒し、そして、自分の置かれている状況に気づき始めるのだった。

 ――私は、壁の真白な部屋に居た。

「ここはいったい…?」そう言葉を漏らすのは、造作もないことであった。覚醒したはずの思考は、今はもう思考の渦中にいる。

 壁は塗り替えてはいない。ましてや家具の位置など入れ替えられようはずもない。

 棚も。タンスも。机も。カーペットも。

場所が、物が、何もかもがその形相を変えている。そうやって目を白黒させている内に、意識は明瞭になり、目の前の問題を解決するある重大なことに気がつくのであった。間取りそのものが変わっているのだ。ともなれば、単純な話だ。壁を塗り替えたでもなく、家具を取り替えたでもなく、ただ単純に、

が違うのだ。

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