第38話 リデル過去の影
目立たないけれど、ちょっとお洒落な普段着っぽい雰囲気の衣装のふたり。
リデルはレヴィンと共に骨董市へと転移した。
「盛況ですねぇ。ぜひ、テシエンの街にも
「全くだな。だが、まあ、ボロの仕入れにゃあ、ハインドの街のほうがいいぜ。領地民には、ちゃんと品の価値を分かって売って欲しいからな」
レヴィンは思案気にしつつ言う。もっともだ。素晴らしい領主なのではないか、と、リデルは雇い主レヴィンを誇らしく感じていた。
ゆっくりと、ふたり並んで色々な形で露店を拡げている者たちの間を進んで行った。
ふと、何やら奇妙な気配を感じてリデルは振り向く。
見知らぬ男が近づいて来ていた。落ちぶれ果てた元冒険者のような男。
みすぼらしい男は、リデルを視野に入れると敵意ある視線を向けて歩み寄ってきた。
「お前? ……魔獣に繋がれてた奴じゃねぇか?」
傷跡だらけの男は、じっとリデルを
「はっ? 一体なんの?」
何のことか分からず、リデルは首を傾げ訊き返した。だが、何故か声が震えている。
不穏な感覚が、脳裡、いや心で渦巻いていた。
「いや、こんなに若ぇわけはないか」
気配を和らげ溜息まじりに男は呟く。勘違いだよな、と、男は
だが、何かが揺らいでリデルは翻弄されていた。
「お嬢さん、失礼した」
男は脚を引きずりながら去って行く。
しかし既にリデルは、暗い闇のなかに沈んで行く感覚に襲われ半ば恐慌しかけていた。
「なんだぁ? 変な奴だな。リデル、気にすることねぇからな?」
レヴィンの言葉が遠く感じられている。
そして、リデルは急変して行く。
「リデル? おい、リデル、しっかりしろ!」
リデルの身体を揺さぶろうとして、踏み留まりつつ、レヴィンはもどかしそうだ。
だが、リデルは反応できなかった。
なんども、レヴィンが命じる声が遠く聞こえている。だが、リデルは、全く反応できないままだ。
「リデル、城に転移しろ!」
やがて強烈な領主権限で命じるレヴィンの声が、リデルの魔法を勝手に
転移は成功し、リデルは自分の寝台の上に突っ伏している。
「好きなだけ、泣けよ。何も言わなくていい」
何か、察してくれたようなレヴィンの言葉。
しかし蒼白な気配のリデルは、良く分からないまま激しく首を横に振った。
レヴィンには、ちゃんと話さなくては……。
憎まれても、解雇されても。とはいえ解雇が可能なのかは謎だが。
え? あ、でも、何を?
リデルは、完全に混乱していた。
徐々に、不穏が押し寄せる。
何かが
記憶の奥底の封印が、師匠の封印が、弾ける――!
揺さぶられ続けて発動した強大な魔法が、リデルの魂に施された師匠の封印を消し飛ばしたらしい。
不意に爆発するように記憶のなかの映像が展開し始めた。
あまりの勢いの凄まじさに、その映像は一部始終レヴィンにも見えてしまっている。
しかしリデルには、それを考慮する思考も吹っ飛び、対処できない。対処する意思もない。
リデルは映像と
葛藤、恐慌。混乱。狂乱。狂気……。
心の揺れのキッカケは、元冒険者の言葉。いや、多分、彼自身の存在だ。なぜか知っている気がした。
え?
なに、これ?
若い彼を下敷きにし、快楽を貪っている。仲間は全て殺し、彼からも魔気を全て奪い、命も奪おうとした。だが命は奪えず、代わりに決して直せない怪我と引き換えに逃してしまった……
リデルに似た女性。いや、たぶん、リデルだ。
封印は、爆ぜて消えた。
瞬きの間に、次々と真実が、リデルの過去が
リデルの頭のなかでトンデモない記憶が、自分のものではあり得ないはずの記憶が、グルグル廻る。
忌まわしく、破廉恥で、残酷。
強烈な恋心が生みだした狂気。嬉々として命令に従うことの愉楽。魔獣の望むままに甚大な魔法の力、魔獣の後押し。大義名分などない。従う快楽のために人を狩った。
魔獣に……繋がれていた……
それは。確かに、わたしだ――!
魔獣の命令で、討伐にくる冒険者たちを
封印の解かれた記憶……。誰の記憶ともわからない沼へと、リデルは落ちて行く。
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