第3話

   

 そのあとのことは、正直あまり覚えていない。

 マンションの五階まで上がり、彼女の部屋で美味しい紅茶をいただいたこと。大学時代の思い出を語り合ううちに、なぜか口論になったこと。

 はっきりと記憶があるのは、そこまでだった。

 その先は無我夢中だったらしく……。


 ハッと気づいた時には、私は肩で息をしていた。

「はあ、はあ……」

 立ちすくむ私の目前めまえには、ゆかで仰向けのユウコ。大きく目を見開いたまま微動だにせず、胸のあたりがぐっしょりと赤く濡れている。

 脈を確認するまでもなく、彼女が死んでいるのは一目瞭然だった。

 ここでようやく、自分の右手の違和感に気づく。そちらに視線を向けると、血まみれのナイフを握っていた。

「ああ、私が彼女を殺してしまったのか」

 そんな独り言が、自然に口から飛び出す。


 しかし不思議なことに、罪悪感のたぐいは全く湧いてこなかった。ただ何となく「こんな不幸な結果に終わったのだから、やはり黒猫は不吉の前兆だった」と感じただけ。

 そのまま平然と帰宅して、まるで何事もなかったみたいに、日常生活に戻ることが出来た。

   

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