優しき天神は生贄を欲す 其の弐拾弐《にじゅうに》
「なぁ伽耶…、私は未だに、
「…風玉様?」
「そなた達のよく知る天神祭…。それは、私が山で暮らすようになった謝明の為に、人間に必要な日用品を、村の人間達に山へ持って来させた事が始まりなのだ」
「…!!」
思わず佐己と顔を見合わせてしまう。
「知っての通り、この山は私の加護が掛かっており、季節関係なく、四季折々の食べ物が豊富だ」
そう。そのおかげで、村は食べ物が不足する厳しい冬も、なんとか超えてこられた。
天神様…、風玉様の加護のおかげである。
「私は人間達の日用品を分けて貰う代わりに、この山に加護を与え、村の人間に山で狩りをする事や、食べ物をとることを許した。しばらくは平和であったのだ、そして謝明との生活は幸福そのものであった」
風玉様の目は、ここではない何処か遠くを見ている。
おそらくだが、風玉様の目には謝明さんが映っているのだろう。
そんな優しい目をしている。
「だが人間である謝明はどんどん老いて行き、私は謝明の最期を看取る事になった。本当に…幸福な時間はあっという間に過ぎていった。私の傍にいる事で、力の影響を受けたのだろうな、普通の人間よりは遙かに長く生きたが…。私と人間では寿命が違うのだから、人間の一生など、私にとっては光の如く早く過ぎる」
分かっていたのに…と、風玉様は目を閉じて顔を伏せる。
「私は謝明を失った喪失感に耐えられず山を去った、謝明と過ごした山で、一人過ごす事が地獄だったのだ。だがその時に、山に与えた加護を残していかなかった」
「…?それはつまり…?」
「山は普通の山になる、冬の間は食べ物は育たぬし、獣も冬眠に入るか、または活動しなくなる為、狩りも出来なくなったであろうな。…その時人間達はどうしたと思う」
「…まさか」
嫌な予感がする。
その時の村の人達の絶望を考えると、決して人間を責める事は出来ないが、おそらく村の人達は…。
「そう、そこからだ。人間達が天神祭という、
やはりだ。
村人達からすれば、生贄は藁にもすがる思いだったのだろう。
「その噂を聞き、私は一度この山へ戻り、再び加護を与えた」
「で…ですが…、なぜ最初の天神祭の時に、生贄など必要ないと、村人達に教えて下さらなかったのですか?」
「先ほども言ったが、謝明の思い出が残るこの山にいる事がつらく、私は加護を与えた後、またすぐに山を去ってしまったのだ。だがそれがいけなかったのだろうな」
そうか…。
天神祭で生贄を捧げた直後に、噂を聞いた風玉様が再び山に戻り加護を与えたせいで、村人達は生贄のおかげで加護が戻ったと勘違いしてしまったのだ。
「加護を与えた山には、当然だが獣も季節関係なく動き回っている。しかも加護のせいで、その数も多い」
悲しい事だが、生贄として山に来た人達は、皆んな獣に食われてしまったのだろう。
それから何年かして琥珀が山に来てからも、それは続いた。
琥珀もまさか、村に追い返したはずの人達が途中で獣に襲われているなど、思いもしなかったのだろう。
私を聞いた私と佐己は言葉を失い、黙って空を見つめる。
すると、風玉様が優しく佐己の手を取った。
だが驚いた佐己はその手を振り払い、まてしても私の背に隠れてしまう。
「…佐己、聞いてくれ。今さら遅いのは重々承知の上だ、だが謝らせてくれ…。天神祭とは、私の弱さが招いた悲劇。どうか…人間の娘を愛してしまった私の愚かさを…謝らせて欲しい」
「……」
そう言って頭を下げる風玉様を、佐己は無表情で見つめている。
許せないと思う佐己の気持ちも、愛した人を失った風玉様の気持ちも分かる。
だからこそ、私は口を挟む事が出来なかった。
だがそんな私の背中に隠れていた佐己は、おずおずと顔を出すと、今度は自分から風玉様の手をきゅっと握った。
「……じ」
「?」
「……なじ、お…な…じ…」
「
何の事かと佐己を見ると、佐己は震えながら、小さな手で必死に風玉様の手を握っている。
「同じ…、大切な人をなくした事ね?」
確認するように問い掛けると、佐己は小さく首を引く。
「ゆ…るす…、朔姉も…きっと…怒ってない…よね?」
そう言うと佐己は私の顔を覗き込んでくる。
その顔は、これで良いのかどうか分からない。だが必死に最善の方法を考えている、…そんな顔だ。
「…うん。お姉さんは言っていたよね、いつも笑顔で、優しさを忘れないで…って。誰かを許すって優しいだけじゃなくて、強さもないと出来ない事だと思う。…佐己、貴方は優しくて強い子だね」
私にも正解は分からない。
佐己と同じ境遇に陥った時、許せるかどうか分からない。
でもだからこそ、許すと言う選択肢を選んだ佐己を、ただ褒めてあげたい。
そんな気持ちで、私は佐己を強く抱きしめた。
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