第5話 お守り

 今日は雨ということもあり、白狐しろこは境内の端にある屋根付きの休憩所に腰かけていた。田舎にぽつんとあるバス停のような造り。例に漏れず古くなってしまっていて、雨漏りしてないか心配になる。

 白狐しろこは俺に気づくと子どもが跳ねるようにこちらに駆けてきて、傘の中に入ってきた。

「待ってればいいのに。雨に濡れちゃうだろ」

「神様は濡れないのだよ~。それにこの機を逃したら相合傘できないでしょ」

「濡れないなら傘に入る必要なくないか」

 傘を自分の方に寄せると、白狐しろこは半泣きになりながら傘を持つ手にしがみついてきた。

「えーん!神様にいじわるする~!」


「いよいよ明日かぁ」

「うん。昼間からだって」

 母さんの手術は2時間ほどかかるらしい。明日は学校を休ませてもらい、母さんの側にいるつもりだ。病院の先生の話では入院のおかげで体力は戻ってきているそうだがまだ安心はできない。昨日会いに行ったときは、眠っていたのもあってかあまり元気そうには見えなかった。

「はいこれ」

 白狐しろこの袖から小さなお守りが差し出された。健康祈願とかかれた紫色のお守り。かわいらしい白い狐がデザインされている。

「私が渡すのも色々と変なのだけど。母君に渡してあげなさい」

「あ、ありがとうございます……初穂料は?」

「ふふ、いいのだよ。今までたくさん供えてくれたしね。これは私の祈りを込めた、ちょっと特別なお守りなんだ」

「……ありがとう。母さんも安心するよ」

 母さん、神様からお守りを賜ったなんて聞いたら驚くだろうな。まして神様が俺と同い年くらいの容姿だったなんて知ったら。

「明日はここに来なくていいよ。昭和あきかずも気を張るだろうから、ゆっくり休んで」

「別にそんな……ここに来るくらいで疲れたりしないし。明日も来るよ」

「うふふ~。そんなに私に会いたいの~?」

「うん」

「……あぅ」

 白狐しろこの口がぽかんと空いて、ほんのりと頬が朱色に染まっていった。おまけに謎の手振りと尻尾が暴走し始めて、なんだかカオスになってきた。

「ああああ昭和あきかずってさ!結構強引なとこあるよね……」

「なんだそりゃ。それとも、来ちゃまずい?」

 白狐しろこは大きくかぶりを振った。

「ううん!そうじゃなくて……ただ明日は、ちょっと用事があるんだ」

「なんだ、そういうことかよ……わかったよ」

 久しぶりの用事……ってか。何があるかくらい話してくれてもいいのに。

 白狐しろこからのお守りもあるし、きっと大丈夫だけど……明日会えないのは、ちょっと心細い。


 むにっ。

 不意に、白狐しろこの指が俺をつついた。

「うおわっ⁉」

「ふふ、びっくりした?」

「急に驚かすなって……」

「いつもの仏頂面になりかけてたから。ほら、笑顔笑顔!」

 そう言って白狐しろこは両手の人差し指で、自身の頬を吊り上げて見せた。普段自然に笑っているだけに、指で笑顔を作っているとかえっておかしく見えて、また可愛いかった。

「わかったよ。ちゃんと笑顔でいるって」

「よろしいっ!」

 ――そうして今日も、俺は白狐しろこの屈託のない笑顔に元気づけられていた。

 まったく、白狐しろこには世話になりっぱなしだな……すべてが終わったら、改めてお礼を言わないと。


★★★


「ごめんね昭和、寝てばっかで。入院中もお見舞いに来てくれてたんでしょう?」

「いいからそんなの。休養も必要なんだから」

 母さんとの会話は2週間ぶりくらいだろうか。母さんは少し顔がほっそりとして、話し方もどこかぎこちない。人とちゃんと話すのも久しぶりなのだろう。

「ごめんね迷惑かけて。ご飯食べれてる?家事は大丈夫?」

「見ての通り元気。家事も大丈夫だよ」

「よかった……」

「俺の心配なんてしなくていいから。今は母さん自身を大事にしてよ」

「うん……ごめんね心配かけて」

 謝りたいのはこっちのほうだ。俺も少なからず家事を手伝ってきたけど、これをすべてこなすのは時間も体力もかなり労する。これに加えて日中は仕事をしていたと考えると、母さんがいかに大変だったのかよくわかった。

「これ、お守り。家の近くの神社。あそこでもらったんだ」

「あら……白狐しろぎつね神社の?かわいいお守りね」

「母さんのこと、あそこの神様に話したんだ。……絶対大丈夫だよって」

「あら昭和、あなた神様とお話ししたの?」

「そ。ヘンテコな神様だよ」

「その発言がだいぶヘンテコじゃないの。すごいことよ神様とお話しなんて」

「そう?」

 あれは神様というより……なんというか、油揚げが大好きで耳と尻尾が狐の女の子だ。博識で茶目っ気があって、良くも悪くも畏敬の念を感じさせない、とっつきやすい子。

「昭和、あなた見ないうちにちょっと変わったわね」

「え、なに急に」

「あなた、前はそんな風に笑わなかったもの。仏頂面してばかりだから」

「……白狐しろこのおかげかな」

 初めのうちは白狐しろこに散々表情が硬いって言われてたっけ。段々と言われなくなったのは、自然と変われていたのかもしれない。

「昭和。もうそろそろ時間だから」

「あ……」

 やばい。母さんを元気づけようと息巻いていたのに、話そうと思っていたことの半分も話せてないじゃないか。

 急いで話をまとめようにも、頭がこんがらがって滅茶苦茶だ。……もういい、浮かんできた言葉そのままを、声にして伝えよう。なんにせよ、言葉にすることは力があるのだと教わったばかりだ。

「母さん。話したいこととか、一緒にやりたいこと、まだまだいっぱいあるんだ」

「……うん」

「母さんがいない間に料理とか結構できるようになったし。……ああでも、油揚げ使った料理があんまり思い浮かばなくて。それは教えてもらいたいな」

「そうね……」

「母さんがもっともっと楽できるように、心配かけないように俺、頑張るから。だからえっと……しっかり治して、一緒に帰ろう」

 涙もろいのは母親譲り、か……。熱いものが目から溢れてくるのに構わず、震える母さんの手を取った。

「うん……ありがとうね。私も頑張る」

 笑顔でいるはずだったのにな……やっぱり俺はまだまだだな。

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