第57話 エルステムを喰らうもの

 リングの縮小に巻き込まれた迷宮の天辺。


 胡坐をかき、長い黒髪をたなびかせる少女を中心に、そこだけが歪にも夜の景色に染まっていた。


「身の程を知れよ、獣」


 顔布を掛け、世界を感じ視る少女。

 それの背を庇う様に佇む、灰髪緑眼の三人の巫覡。


 その内の一人、うら若き美少年は腰に差した刀を抜き、たった今、自らの手で地へと伏せさせた存在に侮蔑の視線を向けながら歩み出る。


「只人を片手間に喰らったところで力量の差は埋まらない、……二成の神気にでもあてられて、気でも狂ったか?」


「ヴぉろぁ……、出来損ないの――」


 人語を巧みに操る化け物。


 悍ましい事実を宿したそれの巨体に臆することなく、少年は刹那の間に刃を振るう。


 人の枯れた耳らしきものが、二つ宙を飛んだ。


「ヴぉろあッ!!?」


 面長の頭部の両側から赤い血をまき散らし、化け物が身悶え、叫ぶ。


 その様子はまるで、痛みで暴れ狂う人のそれだった。


「…僕が切ろうとした」


 既に腰の鞘へと治まった刃。


 それからなんの手ごたえも感じなかったことに眉を顰めた少年は、いつの間にか横に立っていた佳人へと小言を口にする。


「獣には耳が無いらしい、存分に躾けたあと、首を刎ねろ」


「……」


 底冷えするような声音。


 佳人の有無を言わせぬその態度に、その場が一瞬、静まり返る。


「切り落とすのは四肢だけでいい、生きた像として俺の部屋に飾るからな」


 残酷な台詞を口にしながら伊達男。


 少年は、こいつら注文が多いな、と内心で思いつつも、再び鞘から刀を抜く。


二茶にいちぇ


 『竜』の文字が浮かぶ顔布。


 その下から穏やかにも発せられた名前。


 少年――二茶にいちぇは、即時、体に込めた力を飛散させる。


「可愛がるのは良いけど、度が過ぎるのはよくない、まだそれには役目があるんだから」


「申し訳ございま――」


―――「ヴォロぁあッ!!」。


 少女に名を呼ばれること二度目・・・


 胸中を比喩できぬ幸福感で二茶にいちぇが満たした瞬間、となった化け物がその輪郭をハッキリと浮かばせ、血をまき散らしながら少女へと襲い掛かった。


「…ふふ、勇ましいね、気に入った」


 己の何倍もあろう化け物の巨体。


 それに襲い掛かられても尚、少女は背を向けたまま口を開く。


二茶にいちぇ……、貴公が今しがた犯した失態、……覚悟せよ」


「いくら才能があろうが所詮はガキ、もう一度、学び舎で巫覡の何たるかを躾けてもらった方がいいんじゃねぇか?、…なぁ、二茶にいちぇさんよぉ?」

 

 大口を開け、前のめりになっている化け物の肩にそれぞれ手を添え、佳人と伊達男。


 石像の様に動きを止めた目の前の巨体を無視して、二茶にいちぇを咎める。


 どことなく嫉妬心の様なものを部下・・である二人から感じつつ、化け物から気を逸らしてしまった二茶にいちぇは深く反省した。


「ねぇ、そんなに僕のことぉ~…、き・ら・い?」


 佳人と伊達男にせき止められて動きを封じられた化け物。


 それへと少女は振り向き、無駄にあざとさを出し、小首を傾げて質問する。


「悪……悪神、…悪神ッ、貴様を滅ぼし、人間どもを駆逐することだけが我ら枯人かれびとの願いッ!!」


 二人の死神に鎌を首にかけられながらも、徐々に目前に突き付けられた死という恐怖を腹の底から湧いてくる激情で塗りつぶして化け物は叫び散らかす。


「…痴れ者が、よく吼える」


「獣だけにな」


「二人とも、二度は言わないよ?」


「……」


「……」


 ピクリと動く死神の鎌を制止させ、少女は激情に任せて怒鳴り散らす目前のそれを見上げる。


「ねぇ、ねぇ、そんなに僕が嫌いならぁ――」


「いずれ我らの主神が還られるッ!!、その時が貴様ら人間の最後となるだろうッ!!、せいぜい体を清めておけッ!!、この汚物に塗れた薄汚い化け物がッ!!」


「むぅ…、人の話は最後まで聞く、そうパパに教わらなかったかい?」


 少女は軽くため息を吐きながら、トンッ、と地を蹴る。


 そして、己の体躯以上に大きい面長の顔の前へと跳び浮かび、「えいっ」と、何とも腑抜けた掛け声を上げながら化け物の下顎を蹴り千切った。


「ガヴォッ!!?」


 迷宮の天辺から飛ぶ肉片。


 それは、夜の景色から外れ、オレンジ色に淡く光るリングの中で一瞬で燃え消えた。


「ははッ、未成熟なでこの力、流石は二成の神ってところだね」


 この世界のギミックに宿る圧倒的な神気。


 それの凄まじさを目にした少女は、嬉し気に笑い、再び地へと降り立つ。


「さてと、これで少しはまともに話し合いが出来るかな?」 


「がヴぁ…ッ…ヴぉろぉ……」


「うん、いいね、何言ってるか分かんないけど」


 下顎を失って、大量の血を流しながら苦痛に顔を俯かせる化け物。


 それをみて、少女は満足げに頷く。

 

「君たち枯人かれびとは、他の人種に根付く幹――エルステムを喰らって力を得るよね?」


「ヴぉ…ヴぉぉおッ…」


「食べれば食べる程に強くなる、実にチート級な力だよ、羨ましい」


 お腹をさ擦りながら少女は化け物に近づき、その長い灰色の様な毛が生え揃う頭部に触れる。


 少女が触れた途端、化け物から流れ出る血が止まり、傷口が泡立ちながら元の形を成した。


 両耳を失い、顔の四分の一を失い、挙句には癒されるという屈辱まで与えられた。

 

 自尊心をズタズタに切り刻まれた化け物は、それでも憎悪に満ちた瞳で己の敵を睨みつける。


「優れた能力を持ち、勇ましい心までも併せ持つそんな君に、チャンスをあげよう」


「……チャンス、だと?」


「うまくいけば僕を殺せる力を君は得るだろう」


「なッ!?」


「ちょ、それはッ…」


「えッ!?」


 少女の口から出た化け物への思わぬ発言。


 それの訳の分からなさに、三人の巫覡はただただ同様するばかりだ。


「僕が、そして君たちが崇める神々が待ち望んだ存在……ふふふ、それを喰らいなよ」


 宵の髪を両手で掬い上げ、口元を隠しながら少女は言う。


 背後の三人が再び驚いたような声を上げるも、化け物はいたって冷静といった様子で無言を貫いていた。


「大丈夫、今のあの子なら君でも十分に敵う、だからこう…パクっとね?」


「……六ングの縮小に巻き込まれた迷宮の天辺。


 胡坐をかき、長い黒髪をたなびかせる少女を中心に、そこだけが歪にも夜の景色に染まっていた。


「身の程を知れよ、獣」


 顔布を掛け、世界を感じ視る少女。

 それの背を庇う様に佇む、灰髪緑眼の三人の巫覡。


 その内の一人、うら若き美少年は腰に差した刀を抜き、たった今、自らの手で地へと伏せさせた存在に侮蔑の視線を向けながら歩み出る。


「只人を片手間に喰らったところで力量の差は埋まらない、……二成の神気にでもあてられて、気でも狂ったか?」


「ヴぉろぁ……、出来損ないの――」


 人語を巧みに操る化け物。


 悍ましい事実を宿したそれの巨体に臆することなく、少年は刹那の間に刃を振るう。


 人の枯れた耳らしきものが、二つ宙を飛んだ。


「ヴぉろあッ!!?」


 面長の頭部の両側から赤い血をまき散らし、化け物が身悶え、叫ぶ。


 その様子はまるで、痛みで暴れ狂う人のそれだった。


「…僕が切ろうとした」


 既に腰の鞘へと治まった刃。


 それからなんの手ごたえも感じなかったことに眉を顰めた少年は、いつの間にか横に立っていた佳人へと小言を口にする。


「獣には耳が無いらしい、存分に躾けたあと、首を刎ねろ」


「……」


 底冷えするような声音。


 佳人の有無を言わせぬその態度に、その場が一瞬、静まり返る。


「切り落とすのは四肢だけでいい、生きた像として俺の部屋に飾るからな」


 残酷な台詞を口にしながら伊達男。


 少年は、こいつら注文が多いな、と内心で思いつつも、再び鞘から刀を抜く。


二茶にいちぇ


 『竜』の文字が浮かぶ顔布。


 その下から穏やかにも発せられた名前。


 少年――二茶にいちぇは、即時、体に込めた力を飛散させる。


「可愛がるのは良いけど、度が過ぎるのはよくない、まだそれには役目があるんだから」


「申し訳ございま――」


―――「ヴォロぁあッ!!」。


 少女に名を呼ばれること二度目・・・


 胸中を比喩できぬ幸福感で二茶にいちぇが満たした瞬間、となった化け物がその輪郭をハッキリと浮かばせ、血をまき散らしながら少女へと襲い掛かった。


「…ふふ、勇ましいね、気に入った」


 己の何倍もあろう化け物の巨体。


 それに襲い掛かられても尚、少女は背を向けたまま口を開く。


二茶にいちぇ……、貴公が今しがた犯した失態、……覚悟せよ」


「いくら才能があろうが所詮はガキ、もう一度、学び舎で巫覡の何たるかを躾けてもらった方がいいんじゃねぇか?、…なぁ、二茶にいちぇさんよぉ?」

 

 大口を開け、前のめりになっている化け物の肩にそれぞれ手を添え、佳人と伊達男。


 石像の様に動きを止めた目の前の巨体を無視して、二茶にいちぇを咎める。


 どことなく嫉妬心の様なものを部下・・である二人から感じつつ、化け物から気を逸らしてしまった二茶にいちぇは深く反省した。


「ねぇ、そんなに僕のことぉ~…、き・ら・い?」


 佳人と伊達男にせき止められて動きを封じられた化け物。


 それへと少女は振り向き、無駄にあざとさを出し、小首を傾げて質問する。


「悪……悪神、…悪神ッ、貴様を滅ぼし、人間どもを駆逐することだけが我ら枯人かれびとの願いッ!!」


 二人の死神に鎌を首にかけられながらも、徐々に目前に突き付けられた死という恐怖を腹の底から湧いてくる激情で塗りつぶして化け物は叫び散らかす。


「…痴れ者が、よく吼える」


「獣だけにな」


「二人とも、二度は言わないよ?」


「……」


「……」


 ピクリと動く死神の鎌を制止させ、少女は激情に任せて怒鳴り散らす目前のそれを見上げる。


「ねぇ、ねぇ、そんなに僕が嫌いならぁ――」


「いずれ我らの主神が還られるッ!!、その時が貴様ら人間の最後となるだろうッ!!、せいぜい体を清めておけッ!!、この汚物に塗れた薄汚い化け物がッ!!」


「むぅ…、人の話は最後まで聞く、そうパパに教わらなかったかい?」


 少女は軽くため息を吐きながら、トンッ、と地を蹴る。


 そして、己の体躯以上に大きい面長の顔の前へと跳び浮かび、「えいっ」と、何とも腑抜けた掛け声を上げながら化け物の下顎を蹴り千切った。


「ガヴォッ!!?」


 迷宮の天辺から飛ぶ肉片。


 それは、夜の景色から外れ、オレンジ色に淡く光るリングの中で一瞬で燃え消えた。


「ははッ、未成熟なでこの力、流石は二成の神ってところだね」


 この世界のギミックに宿る圧倒的な神気。


 それの凄まじさを目にした少女は、嬉し気に笑い、再び地へと降り立つ。


「さてと、これで少しはまともに話し合いが出来るかな?」 


「がヴぁ…ッ…ヴぉろぉ……」


「うん、いいね、何言ってるか分かんないけど」


 下顎を失って、大量の血を流しながら苦痛に顔を俯かせる化け物。


 それをみて、少女は満足げに頷く。

 

「君たち枯人かれびとは、他の人種に根付く幹――エルステムを喰らって力を得るよね?」


「ヴぉ…ヴぉぉおッ…」


「食べれば食べる程に強くなる、実にチート級な力だよ、羨ましい」


 お腹をさ擦りながら少女は化け物に近づき、その長い灰色の様な毛が生え揃う頭部に触れる。


 少女が触れた途端、化け物から流れ出る血が止まり、傷口が泡立ちながら元の形を成した。


 両耳を失い、顔の四分の一を失い、挙句には癒されるという屈辱まで与えられた。

 

 自尊心をズタズタに切り刻まれた化け物は、それでも憎悪に満ちた瞳で己の敵を睨みつける。


「優れた能力を持ち、勇ましい心までも併せ持つそんな君に、チャンスをあげよう」


「……チャンス、だと?」


「それをモノにすれば、君は僕を殺せる得るだろう」


「なッ!?」


「ちょ、それはッ…」


「えッ!?」


 少女の口から出た化け物への思わぬ発言。


 それの訳の分からなさに、三人の巫覡はただただ同様するばかりだ。


「僕が、そして君たちが崇める神々が待ち望んだ存在……ふふふ、それを喰らいなよ」


「…ッ!!?」


「大丈夫、僕は傍観者だから手は出さない、思う存分やるといい」


「…仮にも守護の役目に準じる貴様がそれを口にするのか」


「役目に準じるだけで役目じゃない、ふふふ、僕は何処までも自由が瓜なのさ小に巻き込まれた迷宮の天辺。


 胡坐をかき、長い黒髪をたなびかせる少女を中心に、そこだけが歪にも夜の景色に染まっていた。


「身の程を知れよ、獣」


 顔布を掛け、世界を感じ視る少女。

 それの背を庇う様に佇む、灰髪緑眼の三人の巫覡。


 その内の一人、うら若き美少年は腰に差した刀を抜き、たった今、自らの手で地へと伏せさせた存在に侮蔑の視線を向けながら歩み出る。


「只人を片手間に喰らったところで力量の差は埋まらない、……二成の神気にでもあてられて、気でも狂ったか?」


「ヴぉろぁ……、出来損ないの――」


 人語を巧みに操る化け物。


 悍ましい事実を宿したそれの巨体に臆することなく、少年は刹那の間に刃を振るう。


 人の枯れた耳らしきものが、二つ宙を飛んだ。


「ヴぉろあッ!!?」


 面長の頭部の両側から赤い血をまき散らし、化け物が身悶え、叫ぶ。


 その様子はまるで、痛みで暴れ狂う人のそれだった。


「…僕が切ろうとした」


 既に腰の鞘へと治まった刃。


 それからなんの手ごたえも感じなかったことに眉を顰めた少年は、いつの間にか横に立っていた佳人へと小言を口にする。


「獣には耳が無いらしい、存分に躾けたあと、首を刎ねろ」


「……」


 底冷えするような声音。


 佳人の有無を言わせぬその態度に、その場が一瞬、静まり返る。


「切り落とすのは四肢だけでいい、生きた像として俺の部屋に飾るからな」


 残酷な台詞を口にしながら伊達男。


 少年は、こいつら注文が多いな、と内心で思いつつも、再び鞘から刀を抜く。


二茶にいちぇ


 『竜』の文字が浮かぶ顔布。


 その下から穏やかにも発せられた名前。


 少年――二茶にいちぇは、即時、体に込めた力を飛散させる。


「可愛がるのは良いけど、度が過ぎるのはよくない、まだそれには役目があるんだから」


「申し訳ございま――」


―――「ヴォロぁあッ!!」。


 少女に名を呼ばれること二度目・・・


 胸中を比喩できぬ幸福感で二茶にいちぇが満たした瞬間、となった化け物がその輪郭をハッキリと浮かばせ、血をまき散らしながら少女へと襲い掛かった。


「…ふふ、勇ましいね、気に入った」


 己の何倍もあろう化け物の巨体。


 それに襲い掛かられても尚、少女は背を向けたまま口を開く。


二茶にいちぇ……、貴公が今しがた犯した失態、……覚悟せよ」


「いくら才能があろうが所詮はガキ、もう一度、学び舎で巫覡の何たるかを躾けてもらった方がいいんじゃねぇか?、…なぁ、二茶にいちぇさんよぉ?」

 

 大口を開け、前のめりになっている化け物の肩にそれぞれ手を添え、佳人と伊達男。


 石像の様に動きを止めた目の前の巨体を無視して、二茶にいちぇを咎める。


 どことなく嫉妬心の様なものを部下・・である二人から感じつつ、化け物から気を逸らしてしまった二茶にいちぇは深く反省した。


「ねぇ、そんなに僕のことぉ~…、き・ら・い?」


 佳人と伊達男にせき止められて動きを封じられた化け物。


 それへと少女は振り向き、無駄にあざとさを出し、小首を傾げて質問する。


「悪……悪神、…悪神ッ、貴様を滅ぼし、人間どもを駆逐することだけが我ら枯人かれびとの願いッ!!」


 二人の死神に鎌を首にかけられながらも、徐々に目前に突き付けられた死という恐怖を腹の底から湧いてくる激情で塗りつぶして化け物は叫び散らかす。


「…痴れ者が、よく吼える」


「獣だけにな」


「二人とも、二度は言わないよ?」


「……」


「……」


 ピクリと動く死神の鎌を制止させ、少女は激情に任せて怒鳴り散らす目前のそれを見上げる。


「ねぇ、ねぇ、そんなに僕が嫌いならぁ――」


「いずれ我らの主神が還られるッ!!、その時が貴様ら人間の最後となるだろうッ!!、せいぜい体を清めておけッ!!、この汚物に塗れた薄汚い化け物がッ!!」


「むぅ…、人の話は最後まで聞く、そうパパに教わらなかったかい?」


 少女は軽くため息を吐きながら、トンッ、と地を蹴る。


 そして、己の体躯以上に大きい面長の顔の前へと跳び浮かび、「えいっ」と、何とも腑抜けた掛け声を上げながら化け物の下顎を蹴り千切った。


「ガヴォッ!!?」


 迷宮の天辺から飛ぶ肉片。


 それは、夜の景色から外れ、オレンジ色に淡く光るリングの中で一瞬で燃え消えた。


「ははッ、未成熟なでこの力、流石は二成の神ってところだね」


 この世界のギミックに宿る圧倒的な神気。


 それの凄まじさを目にした少女は、嬉し気に笑い、再び地へと降り立つ。


「さてと、これで少しはまともに話し合いが出来るかな?」 


「がヴぁ…ッ…ヴぉろぉ……」


「うん、いいね、何言ってるか分かんないけど」


 下顎を失って、大量の血を流しながら苦痛に顔を俯かせる化け物。


 それをみて、少女は満足げに頷く。

 

「君たち枯人かれびとは、他の人種に根付く幹――エルステムを喰らって力を得るよね?」


「ヴぉ…ヴぉぉおッ…」


「食べれば食べる程に強くなる、実にチート級な力だよ、羨ましい」


 お腹をさ擦りながら少女は化け物に近づき、その長い灰色の様な毛が生え揃う頭部に触れる。


 少女が触れた途端、化け物から流れ出る血が止まり、傷口が泡立ちながら元の形を成した。


 両耳を失い、顔の四分の一を失い、挙句には癒されるという屈辱まで与えられた。

 

 自尊心をズタズタに切り刻まれた化け物は、それでも憎悪に満ちた瞳で己の敵を睨みつける。


「優れた能力を持ち、勇ましい心までも併せ持つそんな君に、チャンスをあげよう」


「……チャンス、だと?」


「うまくいけば僕を殺せる力を君は得るだろう」


「なッ!?」


「ちょ、それはッ…」


「えッ!?」


 少女の口から出た化け物への思わぬ発言。


 それの訳の分からなさに、三人の巫覡はただただ同様するばかりだ。


「僕が、そして君たちが崇める神々が待ち望んだ存在……ふふふ、それを喰らいなよ」


 宵の髪を両手で掬い上げ、口元を隠しながら少女は言う。


 背後の三人が再び驚いたような声を上げるも、化け物はいたって冷静といった様子で無言を貫いていた。


「大丈夫、今のあの子なら君でも十分に敵う、だからこう…パクっとね?」


「……六ングの縮小に巻き込まれた迷宮の天辺。


 胡坐をかき、長い黒髪をたなびかせる少女を中心に、そこだけが歪にも夜の景色に染まっていた。


「身の程を知れよ、獣」


 顔布を掛け、世界を感じ視る少女。

 それの背を庇う様に佇む、灰髪緑眼の三人の巫覡。


 その内の一人、うら若き美少年は腰に差した刀を抜き、たった今、自らの手で地へと伏せさせた存在に侮蔑の視線を向けながら歩み出る。


「只人を片手間に喰らったところで力量の差は埋まらない、……二成の神気にでもあてられて、気でも狂ったか?」


「ヴぉろぁ……、出来損ないの――」


 人語を巧みに操る化け物。


 悍ましい事実を宿したそれの巨体に臆することなく、少年は刹那の間に刃を振るう。


 人の枯れた耳らしきものが、二つ宙を飛んだ。


「ヴぉろあッ!!?」


 面長の頭部の両側から赤い血をまき散らし、化け物が身悶え、叫ぶ。


 その様子はまるで、痛みで暴れ狂う人のそれだった。


「…僕が切ろうとした」


 既に腰の鞘へと治まった刃。


 それからなんの手ごたえも感じなかったことに眉を顰めた少年は、いつの間にか横に立っていた佳人へと小言を口にする。


「獣には耳が無いらしい、存分に躾けたあと、首を刎ねろ」


「……」


 底冷えするような声音。


 佳人の有無を言わせぬその態度に、その場が一瞬、静まり返る。


「切り落とすのは四肢だけでいい、生きた像として俺の部屋に飾るからな」


 残酷な台詞を口にしながら伊達男。


 少年は、こいつら注文が多いな、と内心で思いつつも、再び鞘から刀を抜く。


二茶にいちぇ


 『竜』の文字が浮かぶ顔布。


 その下から穏やかにも発せられた名前。


 少年――二茶にいちぇは、即時、体に込めた力を飛散させる。


「可愛がるのは良いけど、度が過ぎるのはよくない、まだそれには役目があるんだから」


「申し訳ございま――」


―――「ヴォロぁあッ!!」。


 少女に名を呼ばれること二度目・・・


 胸中を比喩できぬ幸福感で二茶にいちぇが満たした瞬間、となった化け物がその輪郭をハッキリと浮かばせ、血をまき散らしながら少女へと襲い掛かった。


「…ふふ、勇ましいね、気に入った」


 己の何倍もあろう化け物の巨体。


 それに襲い掛かられても尚、少女は背を向けたまま口を開く。


二茶にいちぇ……、貴公が今しがた犯した失態、……覚悟せよ」


「いくら才能があろうが所詮はガキ、もう一度、学び舎で巫覡の何たるかを躾けてもらった方がいいんじゃねぇか?、…なぁ、二茶にいちぇさんよぉ?」

 

 大口を開け、前のめりになっている化け物の肩にそれぞれ手を添え、佳人と伊達男。


 石像の様に動きを止めた目の前の巨体を無視して、二茶にいちぇを咎める。


 どことなく嫉妬心の様なものを部下・・である二人から感じつつ、化け物から気を逸らしてしまった二茶にいちぇは深く反省した。


「ねぇ、そんなに僕のことぉ~…、き・ら・い?」


 佳人と伊達男にせき止められて動きを封じられた化け物。


 それへと少女は振り向き、無駄にあざとさを出し、小首を傾げて質問する。


「悪……悪神、…悪神ッ、貴様を滅ぼし、人間どもを駆逐することだけが我ら枯人かれびとの願いッ!!」


 二人の死神に鎌を首にかけられながらも、徐々に目前に突き付けられた死という恐怖を腹の底から湧いてくる激情で塗りつぶして化け物は叫び散らかす。


「…痴れ者が、よく吼える」


「獣だけにな」


「二人とも、二度は言わないよ?」


「……」


「……」


 ピクリと動く死神の鎌を制止させ、少女は激情に任せて怒鳴り散らす目前のそれを見上げる。


「ねぇ、ねぇ、そんなに僕が嫌いならぁ――」


「いずれ我らの主神が還られるッ!!、その時が貴様ら人間の最後となるだろうッ!!、せいぜい体を清めておけッ!!、この汚物に塗れた薄汚い化け物がッ!!」


「むぅ…、人の話は最後まで聞く、そうパパに教わらなかったかい?」


 少女は軽くため息を吐きながら、トンッ、と地を蹴る。


 そして、己の体躯以上に大きい面長の顔の前へと跳び浮かび、「えいっ」と、何とも腑抜けた掛け声を上げながら化け物の下顎を蹴り千切った。


「ガヴォッ!!?」


 迷宮の天辺から飛ぶ肉片。


 それは、夜の景色から外れ、オレンジ色に淡く光るリングの中で一瞬で燃え消えた。


「ははッ、未成熟なでこの力、流石は二成の神ってところだね」


 この世界のギミックに宿る圧倒的な神気。


 それの凄まじさを目にした少女は、嬉し気に笑い、再び地へと降り立つ。


「さてと、これで少しはまともに話し合いが出来るかな?」 


「がヴぁ…ッ…ヴぉろぉ……」


「うん、いいね、何言ってるか分かんないけど」


 下顎を失って、大量の血を流しながら苦痛に顔を俯かせる化け物。


 それをみて、少女は満足げに頷く。

 

「君たち枯人かれびとは、他の人種に根付く幹――エルステムを喰らって力を得るよね?」


「ヴぉ…ヴぉぉおッ…」


「食べれば食べる程に強くなる、実にチート級な力だよ、羨ましい」


 お腹をさ擦りながら少女は化け物に近づき、その長い灰色の様な毛が生え揃う頭部に触れる。


 少女が触れた途端、化け物から流れ出る血が止まり、傷口が泡立ちながら元の形を成した。


 両耳を失い、顔の四分の一を失い、挙句には癒されるという屈辱まで与えられた。

 

 自尊心をズタズタに切り刻まれた化け物は、それでも憎悪に満ちた瞳で己の敵を睨みつける。


「優れた能力を持ち、勇ましい心までも併せ持つそんな君に、チャンスをあげよう」


「……チャンス、だと?」


「それをモノにすれば、君は僕を殺せる得るだろう」


「なッ!?」


「ちょ、それはッ…」


「えッ!?」


 少女の口から出た化け物への思わぬ発言。


 それの訳の分からなさに、三人の巫覡はただただ同様するばかりだ。


「僕が、そして君たちが崇める神々が待ち望んだ存在……ふふふ、それを喰らいなよ」


「…ッ!!?」


「大丈夫、僕は傍観者だから手は出さない、思う存分やるといい」


「…仮にも守護の役目に準じる貴様がそれを口にするのか」


「役目に準じるだけで役目じゃない、ふふふ、僕は何処までも自由が売りなのさ」


 化け物はしばし思考に耽った後、少女から視線を外す。


 そして、道を塞ぐオレンジ色に染まった景色を見た。


「傍観者兼道案内役はこの二成琉琉が請け負ったッ!」


 化け物は覚悟を決めた。

 そう判断した少女は、声高らかに宣言し、愉快そうに腕を振り上げる。


 次の瞬間、リングが割れるように左右へと広がり、内側まで続く道ができた。


「この先にある住宅街、そこの中央広場に君たち兄弟・・が通ってきた歪みがあるよね?」


「ッ!?……貴様ッ!!」


「はは、僕らは弟君に手を出してはいないよ、安心して」


 少女の言葉を信用できないのか、化け物は四つの緑眼を血走らせ、体中の筋肉を隆起させる。


「君が信じないそれ自体を真実にしてあげてもいいんだよ?」


「……ッ」


 怒りに表情を歪ませる化け物。

 反対側・・・へと向かった弟のことを想い、徐々に体の力を抜いていく。


「時が来たらあの歪みの先に、二成の神気を感じるはず、そしたら僕を殺す力を得るチャンスだ」


「……」


「気取られないよう、その瞬間が来るまで息を潜めておくんだよ?、得意でしょ?、潜伏は…ふふ」


 意地悪気に笑う少女。

 不快に映るそれをみて、化け物は最後に迷う。


 悪神と罵った少女の気まぐれに付き合うか、それとも主神と崇め奉る存在から授かった神託通りに動き、ここで無駄死にするかの二択を。


『二成ノ神、守護セヨ』


 化け物の脳裏に主神の言葉が響く。

 まるで誤った選択を咎めるように。


――ッド!!。


 化け物は湧き出てくる本能のままに跳んだ。


 脳裏に響いた主神の言葉よりも、憎悪の対象が示した道の先、絶対的な力を得ることを優先した。


「あはは、がんばってねぇ~、エリアボス・・・・・さん」


 後ろから発せられた少女の台詞。


 それを耳で拾わずに、砂の大地を駆け、霧と化す。


 全てはこの世界で邂逅した悪神を討つため。


 彼は己が掲げた仁義を捨て、二成の神を喰らうことを決意した。


== 視点は入江拓斗いりえたくと ==


 砂漠都市の中心にある住宅街。


 その東端には、スーパーマーケットと呼ばれるエリアがある。


 物資がそれなりに豊富、且つ複数のハイティアエリア(レア度の高いアイテムが出やすいエリア)と中央部で隣接してしまっているため、敵との遭遇率がかなり高く、漁夫が大量発生しやすい場所としてABEXプレイヤーたちの間では有名だ。


 危機管理能力がちゃんと働いている者であれば、忌避して立ち寄らないか、長居はせず、軽く物資を見てまわってすぐに立ち去るのが普通。


 戦闘狂や収集家、そして漁夫の利を狙う策士ぐらいだろう、そんなところへ喜々として向かうのは。


 現に俺のの気分は、最悪だ。


三回目・・・のリング縮小までもう時間が無い、手っ取り早くお互いの情報を共有したあと、速やかに移動しよう」


 スーパーマーケットの二階にある事務室。


 計七人が集うそこで、ソファーに腰を下ろした渉さんが談合の口火を切る。


 俺は話し合う前に、眼鏡をかけた女子高生へとさっきの謝罪をしたかったが、ここではそんな暇もないと勝手に理由をつけ、僅かに開けた口を閉ざした。


「まず君たちはONEアクションというチーム名で、『個人V最協エベ祭り』というABEXの大会に出場者として参加していた、…ということでいいのかな?」


「はぃ~、そうでぇす」


「…はい」


 対面に座るイケメンに頬を染めてカリン。

 恋愛脳な親友を横目に文。


 俺はそんな二人を気にしつつ、出口の方から「そうです」と答えを返す。


 出口付近に立っているのは、敵がいつ来てもすぐ対応できるようにするための見張りだ。


 ゲームの知識をそのまま鵜呑みにしてはいけない。


 そんなことは分かってはいるが、変な所で現実を帯びたこの世界では、万が一があり得る。


 警戒するに越したことは無い。


 それに――…、


「そうか、まぁ、そうだよね……、あ、因みに私と彼女と彼は、オブザーバー側として大会には参加していた。こっちの子は、君たちと同じ参加者だね」


 スレンダーなOL。

 さっきのモブ男。

 血だらけの女子高生。


 渉さんがいる時点で大会の関係者なのだろうとは思ってはいたが、やっぱりそうなのか。


 となると、他にも同じ境遇の人たちがいると判断するのが自然だが……。


「ちなみに、ここに転移されてから今に至るまでの間に、黒髪ロングの若干ウェーブ掛かった癖毛の中学生のとびっきり可愛い女の子を見かけなかったかい?」


 大会の関係者がここには転移されている。


 その可能性が高いことを、俺たちとの遭遇で渉さんも察したのだろう。


 さっきまで冷静で頼れる男といった様子だったのに、今は妹の身を案じるお兄ちゃんって感じだ。


 渉さんの妹は確かケロぺロスの輪とかいうチーム名で大会に参加していたはず。


 俺たち同様にこのイカレタ世界にいる可能性はきっとゼロではない。


 心配するなという方が無理な話。


「俺たちが見た中にはそういった特徴の子はいませんでした。聞こえてくる悲鳴や怒号も、どれもこれも中学生って感じではなかったです」


「そ、そうか……」


 俺の回答に、ホッとする渉さん。


 だが、完全に安心しきってはいないようで、またすぐ表情を硬くした。


「渉さん、俺からも一つ質問なんですけどいいですか?」


「勿論」


 俺は敢えて間を開け、女子高生を横目で見た後、口を開く。


「そっちの人、仲間はどうしたんです?、一人で転移されたとかですか?」


「彼女は救助隊の一人でね、仲間とは別行動中」


「…救助隊?」


 突然出てきたその言葉に、俺は首を傾げる。


「何でも彼女のチーム、PASは、ここから…、この世界から出るための方法をみつけたらしくてね、僕たちの様な真人間を見かけては、タワーマンションへ向かうよう誘導してくれているのさ」


「……どうしてタワーマンションに?」


「勿論そこに出口があるからだよ。そうだよね?、ピリリカ・・・・さん」


 血だらけになっても尚、清楚な雰囲気を漂わせる眼鏡をかけた女子高生。


 彼女はまるで自分が救いの女神であるかのような微笑みを浮かべ、頷いて見せた。こっちを一度も見ず、渉さんだけを見て。


 死にかけても動じない所といい、俺たちONEアクションを避けてるというか無視してる感じがする所といい、…どうにも不気味な人だ。


 VTtuberのピリリカといえば良く炎上することで有名らしいが、こんなにも中身は大人しい人なのか?。


 ……わからん。 


「えッ!!!?、まさかこのまま異世界からの帰還系!?、持ち込んだチートアイテムで現代無双!?、化け物やゾンビが蔓延る世界になってました!?、えーーッ、楽しみーーッ!!」


「ほ、本当ですか!?、本当に私たち、家に帰れるんですか!?」


 渉さんの腕を組み、ぴっとりと寄り添うピリリカという女子高生。


 それに猜疑心のこもった視線を送っていると、渉さんと対面するようにソファーへと座っていたカリンと文が嬉し気に声を上げだした。


 絶望の状況が続く中で見出された希望。


 縋るなという方が無理な話(馬鹿を除く)。


 現に、俺でさえ帰れるかもとなって、少し喜んでいる部分はある。


 だけど話はそう単純なものではないだろう、…きっと。


「渉さん、ここからは別行動にしましょう」


 俺は色々と考えた結果、ONEアクションのみで行動することを決めた。

 

 短い間だったが、七人一組のチーミングはこれにて解散である。


「え、どうしてだい?」


「ちょ、ちょっと拓斗!、私たちだけで向かう気!?」


「茜様と離れるのやーーッ!!」


 騒ぐ二人を余所に、俺は渉さんへと視線を向ける。


「団体行動は目立ちやすく、連携もしづらい、加えて移動速度も落ちる。この先のエリアは建物が密集する住宅街、小回りが利いた方が色々と都合がいいと思います」


「……それはそうかもしれないけど」


「今は他人より自分のことを考えた方がいいですよ、渉さん。…妹さんを見つけた時、僕らが足手まといになって助けられなかった、なんてことになったらどうするんですか?」


「し、しかし、君たちはまだ子供で、私たちは大人……、守る義務が」


「こんな状況で守るも何もないでしょう、自分のことを優先してください」


「……」


 俺は適当に思いついた台詞をぺらぺらと口にして渉さんを無理やり説得した後、壁に寄り添ってカッコつけるモブ男に近づく。


「それ、返してくれませんか?」


「あ?、なんだクソガキ」


「その銃、さっき僕が拾ったやつです、返してください」


「……駄目だ」


 モブ男に殴られて没収されたONEアクションの唯一の武器、ハンドガンSR


 それを返してもらおうと思ったが、モブ男のパッとしない態度から察するに、どうにもそういう訳にはいかないらしい。


 旅ゆく小学生一行に武器の一つも返してくれない。


 大人げなさすぎないか?。


 俺はこの場を仕切っている渉さんにも説得してもらおうと、そっちに視線を向ける。


「すまない、拓斗くん、…その武器はピリリカさんに持ってもらう予定なんだ」


 …は?。


「もう時間がないから手短に話すけど、私と葵と鹿島くんは、落ちているアイテムの一切を使用することができない」


「…それって、まさか」


「あぁ、多分、僕らがオブザーバー・・・・・・であることが原因、なんだと思う」


「…ほかのアイテムとか試しましたか?、アーマーとかは?」


「すべてを試したわけじゃないけど、拾って試した限りではそのどれもが無反応、…無駄だったよ。中には触れることも出来ないものもあった……、透けるバグみたいな感じでね」


「ピリ……」


 血だらけの女子高生。


 さっきからずっと謎に微笑む彼女を見て、出かけた台詞を飲み込む。


「ピリリカさんがアイテムを使えることはさっき確認済み」


「……」


「君たちが別行動をとるとしたら、もう私たちが今、頼れるのは彼女しかいない」


「……」


「ここへは物資を補給しに来た。役に立たない大人三人が荷物持ちを請け負って、ピリリカさん、そして君たちのサポートをするために。…だけど、ここには使えそうなアイテムはまるで落ちていなかった。…すでに誰かが漁ったか、他の所の様に元々、無かったか少なかったか……」


「他の所もここと同じような感じだったんですか?、……銃が一つも無いような?」


「あぁ、…だから、その銃を返すことはできないんだ、……すまない拓斗くん」


「いえ、いいですよ、自分のことを優先しろってさっき言ったのは俺ですから」


 いやいやいや、全然よくねぇよ。


 さっさと別行動をとりたいのにそれが出来なくなったじゃんか。


 敵と化け物が集中するこの先を武器無しでいけってか?、ふざけんなよ。


――このまま渉さんについていけばいい――


 阿保か。


 女子高生の話が嘘だった場合どうすんだよ。


 逃げ場のない所へ向かわされたあと、後ろから襲われて終わりじゃねぇか。


――嘘つくメリットなんかないだろ――


 馬鹿か。


 お前はここへ至るまで何を見てきたんだ。


 中途半端にゲームを模したこの世界、終わり方の予想ぐらい猿でも思いつくだろうが。


 ABEXは計六十人いるプレイヤーが、三人一組となって、最後の一チームになるまで競い合うゲーム。


 罠で獲物を引っ掛け、楽に狩りしようなんてことは誰だってするはず。


 追い詰められた獲物ほど希望にすがるんだ。


 女子高生の話は……、信用できない。


――なら渉さんたちはどうする――


 ……それは。


――この、卑怯者――


 うるせぇよ、この臆病者。



「すみません、私、ちょっとお花摘みに」


「あ、私もちょうど行きたかったから一緒にいこ」


「なら俺は護衛役としてついていきますッ」


「三人とも、時間がないから早めにね」


 OLと女子高生とモブ男が席を外し、ここへ来たときにあった一階のトイレへと向かった。


 普通このタイミングでトイレとか行くか?。


 リングの縮小まで残り30秒を切ってるんですけど?。


 呑気にもほどがあんだろ。


 その辺で用をたすか、垂れ流しとけよ。


 …馬鹿共が。


「拓斗くん、やっぱり一緒に来ないか?」


 アイテムが使える要因として確保しておきたいのか、それとも純粋な優しさか、俺たちONEアクションを気に掛ける渉さん。


 俺は彼の提案に、無言のまま頷くほかなかった。


―――ブォオオンッ、ブォオオンッ。

 

 建物の中でも容赦なく響き渡るサイレン。


 人の焦りを煽るようなその音の中に、気のせいか、破裂音の様なものが聞こえた気がした。


―――警告、リリリ、リングの、収縮が、ハジ…ハジ始ま、始マッ…はじまッ…はじはじ…始マッテマシタ。


「拓斗くん、今すぐここを出よう」


「…はい」


 一階・・から僅かに聞こえたその音。


 それを聞き逃さなかった俺と渉さんは、すぐさま移動を開始する。


「え、葵さんたち待たないの?」


「あっちはあっちで適当に向かってんだろ、急ぐぞ」


 俺と文は、既に渉さんの金魚の糞と化したカリンの後に続いて走る。


 向かう先はスーパーマーケットの二階にある非常口。


 ここで奇襲があった時に選ぶ逃走ルートとしては、一番逃げられる可能性が高い。


「わ、渉さーーんッ!!、葵さんがッ!!」


「助けてぇッ!!」


 たった今、通り過ぎた一階と二階を繋ぐ階段から、必死の形相で駆け上がって来たモブ男と、銃を持った・・・・・女子高生。


 さっきの破裂音といい、一人足りないところといい、何かから逃げている様子といい、最悪の展開が俺の脳裏を過る。


「渉さんッ!!、このまま非常出口へ向かうのは危険ですッ!!、絶対出待ちされてますッ!!」


「ならどこにッ!」


「屋上へ向かってくださいッ!!、大きく迂回しますッ!!」


「…ッ、分かった!!、皆、急ぐよッ」


 スーパーマーケットで敵と遭遇した際に逃走経路として最も使用されている二階の非常出口。


 そこがある部屋を通り過ぎ、渉さんは上へと繋がる階段の方へと進行方向を変えた。


「なに勝手に逃げてんだよぉおッ!!、このドクサレち〇ぽ野郎がッ!!」


 一階のトイレのあった方向から女の怒声。


 OLの人でも、背後を走る女子高生のものでもない。


 全く知らない奴のそれだ。


―――パンパンパンッ!!。

 

「お゛ぅッ」


 一階からの銃声。

 背後を走って来ていたモブ男が声をだし、倒れる。


「ッち、クソがッ」


 何が起きたの一瞬で理解した俺は、咄嗟に振り返り、走る。


「拓斗ッ!!」


「気にすんな、先に行ってろッ!!」


 頭から血を流し倒れるモブ男。

 それが手にしている銃を取りに向かう。


「男は全員去勢ッ!!、てめぇらに人権なんかねぇええからッ!!…きゃはは、きゃははははッ!!」


 気味の悪い笑い声を出しながら階段を駆け上がってくるキチガイ女。


 俺はモブ男…、加島さんの死体からハンドガンSRを奪い取り、すぐその場を走り去る。


「おいおいおい、餓鬼、てめぇめちゃくちゃかわいい顔してんじゃねぇか、私の性奴隷確定な」


 キチガイ女は続けて「殺したあとゆっくり可愛がってやるよ」などとほざき、笑いながら銃弾を見舞ってくる。


「…っち、くそ、逃げられねぇッ」


 渉さんたちは既に階段を上がっていった。


 遅れていた女子高生もそのあとに今、続いた。


 俺だけだ、俺だけが今、キチガイ女の視線に晒されている。


 このままでは逃げられない。


 ならもう――…、やるしかない。


「おぁ?」


 霞む記憶の中で、俺は女子高生に向かって五回引き金を引いた。


「お姉さんが綺麗すぎて逃げるの止めたの~?」


 ゲーム通りの設定であれば、右手に握る銃の残弾数はあと一発。


 加島さんたちが弾を補充しているところは見ていないので、ほぼそれが確実だろう。


 そして、キチガイ女が手に握る銃の弾倉に入っている弾数は――…、


「盛ってんじゃねぇよクソ餓鬼ッ!!」


 ちゃんとしたハンドガンの銃口。


 それを奥の方まで視認した俺は、咄嗟に横へと飛ぶ。


――パンッ…。


 弾丸が頬を霞めた。


「こんな時にリロードしてんじゃねぇよッ!!」


 特に装填をしている様子も無く、無駄にハンドガンの引き金を引き続けるキチガイ女。


 俺はそれの手首へとエイムを合わせ――…、


―――ズドンッ!!。


 銃を手にしていたキチガイ女の手首が吹き飛んだ。


「あぎゃあああッ!!、痛いッ、手が…手が……ッ!?、私の手がねえぇじゃねえかよぉおッ!!、アーマー着てる意味ねぇじゃねぇかッ!!」


 吹き飛んだ手首は、都合のいいことに、こっちへと転がってきた。銃を持ったまま。


「あ、おいッ!私の返せッ!!、この腐れ粗チ〇ポ野郎がぁああ゛!!」


 キチガイ女が引き金を無駄に引き始めてから1.25秒はとっくに経過。


 俺はもしやと思いつつ、エイムを女の額に合わせる。

 

 そして、弾倉が空になったはずのそれの引き金を引く。


―――パンッ!!。


 ゲームでは自動的にリロードされていた。

 

 自主的にも可能だが、実際にやり方を知らないので出来ない。


 弾を見つけた際、どうすればいいのかと今の今まで疑問に思っていたが、多分恐らく、この銃の中に沢山詰まっているのだろう。


 バックパックのないこの世界ならではのギミック。


 …全くふざけた世界だ、ここは。


「いってぇええッ、てめぇ、このクソガキ、許さねぇ、許さねぇぞっ!!、外で待ってる仲間を呼んで、お前をぐちゃぐちゃのミンチにしてやるッ!!」


 奪った銃でクリティカルヒット。

  

 シールドが割れる音が響き渡った後、キチガイ女の頭から血が流れ出る。


「……銃弾の威力によって、アーマーが防げる肉体へのダメージ量が変わる、のか?」


 手首を吹き飛ばしたさっきの銃。

 額から血を流す程度に収まった今の銃。


 高威力なのは前者。


 俺は色々と疑問に思いながらも、再び引き金を引いて、わめき散らかしていたキチガイ女を黙らせる。


「…アーマーが割れれば、一撃死……ふーん、成程ね」


 命のやり取りをした挙句、人ひとりを撃ち殺した。


 それなのに、俺の頭はやけに冴えていた。


 心なしか、今の自分に笑えて来る。


『さっきの拓斗、……怖かったよ』


 不意にさっき言われた文の台詞が脳裏を過った。


 俺は無意識にユッキーがくれた右手首のミサンガを左手で触れた。


「……いそがねぇと」


 急激に落ち込む感情。


 目の前に横たわる女の死体に罪悪感を覚えながら、俺は渉さんたちを追った。

 


―― 後書き ――

 

 歪な世界に大天使が降臨までもう間近。


 あと二話で収めようと足掻いた結果の9000文字。


 早めに更新していくので許して。


 

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