第13話

比奈子が3歳になった。


まだまだ大きくなっても手のかかるお年頃。


抱っこはもちろん、ご飯食べるときも

あーんしてとおねだりするし、

活動量もお家と児童館、支援センターだけでは昼寝をしてくれなくなって、

広い公園に連れてっては、

ボール遊びや遊具遊びで体力を消費して、

やっと寝てくれる。


知らないお友達がいると、声をかけてどこかに行ってしまうというアクシデントも起こった。


だんだん社会性が身についてきたのはわかるけども、トイレに行ってる間にどこかに行くのはやめてほしかった。


あいかわず、比奈子のお世話は果歩の仕事と

なっていた。


あんなに意気込んで

育児がんばるぞと言っていたのに自由に行動する晃に、

もう期待はしない果歩だった。


唯一、親子3人で過ごすといえば、

休日である土日くらい。


車のメンテナンスに車屋に行ったり、髪を整えたり、歯医者で歯の掃除に行く以外は

ほぼ親子で外出していた。


食材を買い出しに行ったり、遊園地や、動物園、水族館など果歩が行きたいところに晃が連れて行くという流れだった。


絵里香といた時は、土日はほぼパートで休みがなかったため、こんなに家族で過ごすとは思っていなかったため、違和感を感じた。


どこに行っても、3歳の比奈子は、楽しそうにしていなかった。むしろ、子どものように喜んでいるのは果歩の方だった。


「ねぇねぇ、比奈子〜。

 ペンギンさん可愛くない?」


動物園にいるペンギンは青い広めのプールで泳いでいた。泳ぎ疲れて横になっているペンギンもいる。


「うん。そうだね。」


棒読みに近い返事だった。


「比奈子、

 そんなにペンギン好きじゃないのかな。

 ゾウさん見に行こうか。」


 晃は比奈子の手を繋いで、違うところに

 歩く。

 ペンギンを勧めた果歩はしばし

 がっかりしていた。


 「ぺんぎん…可愛いのに。」


 比奈子は父の晃と手をつなげることの方が

 嬉しかった。


 日中はずっと母の果歩と一緒にいるため、

 たまにしか一緒にいない父の晃といる方が大切だと感じていた。



「そういえば、晃、あのこと、

 考えてくれた?」


「え、何だっけ。」


「私、そろそろ、働きに出たいって

 言ってたでしょう。

 それで何をしようかと

 思ってさ。

 在宅でできるのにするか

 外で働くにするか

 悩んでる。」



「ふーん。」



 比奈子とかがんで

 大きな象を指差して見ながら、

 ふと立ち上がった。


「果歩が働くってことは、

 家事分担するってことだよね。」


「そ、そうだね。

 協力してもらわないと

 働けないかな。

 私全部したら、意味ないし。

 むしろ、少しは今も手伝ってくれてる

 よね。」


「確かにね。

 俺はどちらかといえば、

 働かなくていいなら

 育児と家事に集中してもらって

 そのままでいいんだけど。

 でも、果歩は働きたいんだもんね。」


 腕を組み、顎に指を置いて考える。


「んじゃぁさ、

 間をとって

 やっぱ、在宅ワークが

 いいんじゃない?」


「あんまり収入はならない上に

 預け先とか無いし、比奈子を見ながらに

 なるけど、良いのかな。」


「果歩が良いなら、それでいいよ?」


 何となく腑に落ちない果歩。


「あのさ、私のためにならないって

 気づかない?」


「え?」


「比奈子と離れないことは

 育児をする上で安心感だと思うけど、

 私自身、思いっきり好きなことが

 できないってことだよ?

 晃はいいよね。簡単に行ってきますって

 言って仕事行けるんだから。

 私が働いたら、保育園に預けるとか、

 小学生行ったら学童に入れるんだよ。」


 こんな出かけてる時に

 喧嘩したくなかった。

 でも、ついつい本音が出てきた。

 言うつもりなかったのに、

 なんか無性にイライラした。


「ごめん。気づかなくて…。

 好きなことすればいいじゃない?

 俺にとっては、好きな仕事ではないけど

 稼がなくちゃいけないから。

 2人のこと養わないとって思ってるし。

 果歩の好きにしたら?」



 テンションがかなり下がったようで、

 晃は何も言わずにその場から

 いなくなった。


「どこ行くの?」


 比奈子は空気を読んで、果歩の近くに

 寄り添った。



「タバコ!!」


 晃は遠くで叫んだ。


 深くため息をつく。

 

 比奈子は果歩の左手をぎゅっと繋いだ。



(その気持ち、よくわかる。

 私もスーパーで働きに出たとき、

 喧嘩になった。

 晃は、専業主婦でいて欲しい

 願望強かったから。

 きっと今も同じ。

 お家で待っててくれる奥さんが

 良いのよ。

 現実問題難しいんだけど。)



 うんうんと頷くように果歩の気持ちを

 受け止めた。

 話をされた友人ではなかったが、

 今は共感できた。



 働きに出てほしくないって

 素直にいえない。

 ずっと育児だけでは

 気が滅入ることが多い。

 尚更、大きくなればなるほど、

 お世話の仕方に変化が出る。


 体力勝負でもある。


 果歩が働きたいと言い始めてから、

 晃は家に帰る時間が遅くなった。

 家で夕食を食べないで外食が増えた。


 団欒があるのは土日だけ。


 果歩は、反抗してるんだろうなと

 思っていたがとがめることはしなかった。



 それが仇となるとはつゆ知らず。



***


「小松さん、これで合っていますか?」


「えっと、うん。大丈夫。

 初めての割には結構できるよ。

 バッチリ!」


 晃に後輩ができた。

 新人の24歳の

 鈴木響子すずききょうこ

 1ヶ月前に入った。

 第二新卒という枠組みだった。

 前のところに勤めていたが、

 親の都合により、引っ越しとなったらしく

 県外から市内に来たばかりで

 第二新卒として採用だった。


 仕事の教え方は

 前の職場でも評判が良かった晃。

 岸谷智也に嫉妬されるくらいだった。


「小松さーん。

 俺よりも鈴木さんばかりじゃないですか。

 俺のこと忘れてないですよね。」


 晃の首にマフラーのように両手をかけた。


「えー、智也は俺の先輩だろ?

 年下だけどさ。

 むしろ、仕事を教えなきゃ

 いけない立場だろ。」


「そうですけど、んじゃ、飲み会しましょう。

 鈴木さんの歓迎会っていう流れで。」


「智也はいつも飲んでるじゃないか。

 まぁ、鈴木さん入ったばかりで

 飲んでないね。そういうの平気?」


 鈴木はメガネを掛け直した。

 前髪を手でおろした。


「そうですね。

 まぁまぁ、飲めますよ。」


 恥ずかしそうに言う。


「よし、決定ね。

 女子はカクテルとかチューハイ好き

 だろうから、近所の居酒屋にしましょう。

 俺が店決めますから。」


「はいよ。んじゃ、智也、よろしく。

 鈴木さんも、いいんだよね?」


「私、なんでも飲めますから。

 大丈夫です。」


「意外〜若いのに。

 なんでも飲めるのか。」


 最近はほぼ、外食だが、

 メンバーの追加は久しぶりだった。

 

 智也は何だか嬉しそうだった。


 晃はパソコンのキーボードをカタカタと

 仕事の続きをやり始めた。


 文書作成はずっと画面を見ているため、

 時々目がかすむ。

 

 目薬をつけては気合いを入れた。



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