第46話 グランドキャニオン

荒廃した大地。些少な植物。吹き荒れる黄砂。黄金の太陽。


 広範な岩上を、大和が歩く。


 歩き慣れたような、でも初めての道。


 この場所が既視感を助長するのは、あのゲームのプレイヤーなら当然だ。それ程に類似している。


 でも、2つの場所は似て非なる。


「はあ、はあ」


大和は今、世界の歴史が刻まれた場所に来ていた。


「やっと着いた」


此処はグランドキャニオンだった。


「ほら。父さん早く。本当にだらしないなあ」


 現実世界。2050年。


大和には息子が生まれていた。


息子はもう5歳になる。利発的で、聡明な子だ。


どうやら息子は父親の遺伝子を引き継がなかったらしい。大和はそれが嬉しく、でも時たま寂しかったりする。


親心とは複雑だ。今なら礼子の気持ちが分かる。


「ちょっと待て。父さんは、運動が、得意じゃないんだ。それはお祖母ちゃんから聞いてるだろ」


 息も絶え絶えに息子を追い掛ける大和。


「聞いているよ。それよりほら見て父さん、凄い眺めだよ。本当だ、此処がラントのモデルになった場所なんだね」


「来る前に、そう、言っただろっ」


 大和が最後の岩を上った。


「うわ。こりゃ想像以上だな」


 大和は感激する。


「父さんだって驚いてるじゃん」


 苦笑するしかない大和。


「Hey Yamato.You walk too fast!(おい、大和。速えって!)」


 壮大な景色の後方から、英語が飛んでくる。


「ああ。ごめんなさい、ウォードさん。息子に釣られちゃって」


「ちゃんと躾けろよな。それが親の役目なんだぞ」


 ウォードは義足を器用に動かして上る。傍から見れば、彼女が義足だとは分からない。だが歩き辛さはちゃんとある。義足でグランドキャニオンに来る人間は、かなり稀だった。


「大丈夫か、アデル。キツかったら休んでもいいんだぞ」


 彼女の横には恰幅の良い男性が居る。名前はカールだ。


年齢は52で、ウォード(アデル)より一回り以上年上。カールはウォードのパートナーだった。


ただし、2人は入籍していない。カールは一度離婚していて娘と息子が居る。2人で協議した結果、事実婚という決断をした。今後の状況次第では籍を入れる可能性もある。2人が一連の事態に関して前向きなので、大和は特に心配していない。


ウォードがヤマト達の隣までやって来た。絶景を目にし、大きく口を開いた。


「うおっ、こりゃ壮観だな。今まで見た中でナンバーワンだ」


 4人は世界遺産を目に焼き付ける。


「ほら、カールさん。こっちに来て。あそこに水があるよ。こんな所にも湖って出来るんだね」


 大和ははしゃぐ息子を微笑ましく見ている。


「やっと来れたな」


ウォードが隣に座った。


「はい。長かったです」


 砂塵混じりの風が流れる。ウォードは大和の顔を盗み見た。


「やっぱり……、エリザと来たかったか?」


「……はい」


 その答えを聞いて、ウォードが大和から視線を外す。


「でも、いいんです」


 顔を上げる大和。その視線は希望に満ちていた。


「来ようと思えばいつでも来れますから。一緒に」


 ウォードが笑う。


「それもそうだな」


 カールと1人息子のルーク。2人の居る方向がざわついていた。


「何だ」


 大和とウォードは同時に振り向く。


「おいおいルーク、そんな所に行かないでくれ。俺は生身の人間なんだ」


 カールがあたふたしている。ルークは崖から離れた場所に浮いていた。


「あっ。またアイツ」


 大和が焦燥する。


「ハッハッハッ。ああいう所は父親にも母親にも似てねえな」


 ウォードは他人事のように笑った。


「おいルーク、帰って来いっ」


「へへ、伝説の剣士もこっちの世界じゃ僕の方が凄いね」


 大和は腕を組んだ。


「ルーク、良いのか? 今帰って来るなら母さんには言い付けないぞ」


「うっ……」


 大和が言うと、ルークは大人しく空中から帰って来た。


「よし、良い子だ」


 地上に戻って来た1人息子の肩を抱く大和。


 仮想世界のグラウンド・オルタナスは、今から6年前に再始動した。大和とウォードはすぐにグラウンド・オルタナスの世界に戻った。世界は以前程盛況しなかったが、2人は気にしなかった。ただあの世界が好きだった。あの世界に救われた。だから、帰って来られただけで良かった。


 再始動後、グラウンド・オルタナスの世界の科学は急速に成長した。それは当然の成り行きだった。そうして生まれたのが、「サーモンゲート」という技術だ。


 世界の逆流・往来。「salmon」は日本語で「鮭」。鮭は川を遡上する習性を持つ。それと「summon」、召喚の意味。


メタバース世界の住人が現実世界に入り込める技術だった。この技術により、エリザ達グラウンド・オルタナスの住人の、現実世界への旅が可能になった。


 エリザとルークはよく現実世界に来ている。礼子や楓に現実世界を案内して貰っている。ルークと柊人は兄弟のように遊んでいる。


 エリザのお気に入りは「コンビニ」だった。「ラントにも作れないかしら」、と真剣に思案している。彼女は現在もラントの守護者を全うしている。


「そろそろ帰りましょうか」


 大和が言う。


「おいおい、何だよ。まだ来たばっかりじゃねえか」


 ウォードは異論を唱える。それからすぐに、含み笑いした。


「はいはい、分かった分かった。お姫様に会いたくなったんだろ? ホントしょうがねえなあ」


 大和は親友から顔を背ける。顔を見られたくなかった。


「え、何々? 何の話?」


 ルークが話に割って入る。


「何でもない。大人の会話だ」


「何だよ、教えてよ」


「静かにしてろ」


 全く――。


息子が居る手前、言える訳ないではないか。


 エリザに早く会いたいだけ、だなんて。



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