第51話

いつも通りの朝だった。

寝坊して、朝ごはんは、目玉焼きとウィンナーで

隣に住んでる1つ下の後輩は、幼稚園の頃からの

幼馴染で、つい最近、彼氏彼女になった。


高校生になってやっと交際することになる。


本当はお互いに昔から気になっていた。


ずっと温めていた想いが叶った訳だが、

全然、普段通りで新鮮さもほんの一瞬。


交際ってドキドキするもんじゃないのかと

通学路を隣同士で歩いて、顔をジロジロと

見ても全然気持ちが上がらない。


「何、見てんだよ。」


「別に…。寝ぐせと髭と…。

 どこがかっこいいって思うのかと。」


「は?」


 眉毛をゆがませてイラッとする。


「それでファンクラブはいまだ健在のようね。」


 昇降口の靴箱に雪菜は、指さして

 現状を報告する。

 ここ、連日、上靴に画鋲が入る日もあれば、

 上靴そのものが無くなる日もあり、

 片方のサイズが変わってることもあったり、

 雅俊と付き合うことになって、

 かなりの嫌がらせを受けていた。

 

 上靴のほかにも外靴が行方不明になることもあった。


「侮るなかれ。

 俺も上靴、行方不明はもちろん。

 財布の盗難。自転車のカギの紛失。

 いやー、数えたキリがない。

 雪菜のファンクラブも半端ないぞ。」


「ちょっと待って。その自転車のカギ紛失は、

 ただ自分で無くしただけでしょう?」


「あ、ばれた?」


「うん。

 誰も自転車のカギ盗まないでしょう。

 自転車盗むならわかるけど…。」


「俺だって、苦労してるってアピールしたかったの。」


「今までの歴代の彼女は嫌がらせ受けてたの?」


「…あまり聞いてない。

 そもそも、すぐ別れるしな。

 ハハハ…。」


「でも、私らもそんな経ってないよ?

 まだ2週間じゃん。」


「ほら、見ろ。

 学校内では、歴代1位だぞ。

 前の先輩は半年以上続いたけど、

 ここの学校では、雪菜がダントツだね。」


「どんだけ、女子を振り続けたのよ。

 あんたは…。」


「最短2日かな?」


「はぁ…。」

 

 頭を抱えて、ため息をつく。


「かなり嫌がらせ受けているけど、

 やめる?付き合うの。

 リスク背負うね、俺と付き合うと。」


「うん、ちょっと考えておく。

 今後のこと。」


「マジか…。」


「上靴何回買いなおせばいいか。

 いつか破産するわ。」


「大丈夫だろ?

 雪菜の家、共働きだし、公務員だろ。

 何とかなるって。」


「よく言うわ。

 家庭事情知ってるからって。

 マジで、付き合うのやめようかな?!」


「えー、せっかく2週間も続いてるのに?」


「あんたの性格知ってるから言ってるんだわ。

 やっぱ恋愛と友情は別よ!?

 じゃあね!

 私こっちだから。」


 雪菜は頬を膨らまして、画鋲の入った上靴処理をした。

 買わずに済んで少し安堵したが、この画鋲をどこに

 持っていこうかなとバックを探っていると。


「これに入れたら?」


 近くを通りかかった凛汰郎が声をかけた。

 手には小さなビニール袋を持っていた。


「あ、ありがとう。

 助かる。」


 ジャラジャラと袋に入れていく。


「小学生みたいなことするやつ、

 いるんだな。

 今の時代にも。

 発想が古いな…。」


「そう、確かに。

 今は、100円均一とかで

 安く手に入るもんね。画鋲も。

 足つぼになるかなって思ったけど、

 無理だった。」


「頑張ろうとしなくてもいいって。」


「ハハハ…。だよね。」


 画鋲を入れたビニールをバックに入れる。


「大変だな、いろいろと…。」


「うん、そうだね。

 やめようかなって考えちゃうくらい。」


「やめるのか?」


「…すぐにはやめないんだけどさ。」


「……他人にどうこう

 言われてもってところなのか?」


「そこまで追い求めてはないけど。

 あと数か月の辛抱かなと…。

 私たち、卒業するでしょう。

 学校から出ればそんなことないだろうし。」


「まぁ、そうだけどな。」


 教室までの距離を雪菜は凛汰郎の横を

 歩きながら進む。

 

「何かあれば言いなよ。

 大したことはできないけど。」


「ありがとう。大丈夫。

 気持ちだけ受け取っておく。」


 教室に入ると、凛汰郎は、

 スイッチを入れたようで

 急に話さなくなった。

 

 凛汰郎は、雪菜と別れてから、

 誰とも話さない。

 前と同じ陰キャラに戻していた。

 

 付き合いで、気を使って

 陽キャラを演じていたのかもしれない。

 それが本当の凛汰郎なのか分からなくなる。


「雪菜、おはよう。」


 緋奈子が声をかけた。


「おはよう。

 今日も事件が起きました。 

 ほら。」


 雪菜は毎朝の上靴事件を緋奈子に報告していた。


「うわ、最悪だね。

 画鋲じゃん。幼稚な人もいるもんだ。」


「でしょう? 足つぼになるかなぁなんて

 入れてみたけど、無理だったわ。」


「よくやるね。それ無理だって。

 足つぼもきっと痛いだろうけど。」


「明日はどんな嫌がらせしてくるかな?」


「雪菜、もしかして、楽しんでる?」


「殺される訳じゃないし、

 小学生のいたずらって思えば平気だよ。」


「強いメンタル?! 

 雅俊くんと付き合ってから

 嫌がらせがあるんでしょう?」


「そうなんだけどね。

 雅俊の方も嫌がらせあるって言ってた。

 だから、引き分けだよ!」


「どんな戦い?

 いや、お互いあるからいいでしょう

 じゃないと思うけど?」


「大丈夫、ほとぼりいつか冷めるって。

 あと、うちら数か月で卒業するわけだし。」


「ざっと4か月くらいかな。」


「うん。そうだね。

 ほら、ホームルーム始まるよ。

 席に戻った方いいよ?」


 雪菜は緋奈子を席に誘導する。

 ちょうどよく、担任の先生が教室に入ってきた。


 窓の外を見ると飛行機雲ができていた。


 学校に通うのももう少しだと思うと

 名残惜しくなる。


 カザミドリがせわしなくカラカラとまわる。


◇◇◇


 

「お邪魔します。」


 雪菜の父、龍弥に怒られてから、

 一度も雪菜の部屋に入っていない。

 入ることができなくなったため、

 今度は、雪菜が雅俊の部屋に

 お邪魔することになった。


 放課後にそのまま、帰ってきたため、

 制服のままだ。

  雅俊は、リビングから、慌てて、

 麦茶の入ったピッチャーとコップを

 トレイに乗せてやってきた。


「ごめん、適当に座ってって

 もう座ってるよな。」


 ベッドの上に腰かけて、

 部屋をジロジロと見渡す。


「ここに置いておくから飲んで。」


「うん、ありがとう。」


 雪菜は、立ち上がり、

 壁に貼ってる写真や

 ポスターを見た。

 雅俊は、テーブルや、机の周りを急いで

 片づけている。


「ごめんな、全然片づけてなくて。」


「あ、これ。

 元カノ?」


 指さしたのは、お祭りに浴衣を着た女性が

 映った写真だった。

 背景には打ち上げ花火があった。


「あー…。ごめん。見たくないよね。」


 手を伸ばして、写真をはがした。


「いいのに、別に。

 知ってたし。

 梨沙先輩でしょう。

 バイトで一緒の。」


「…うん。」


 寂しそうな顔で見る雪菜。

 申し訳なさそうな顔で雅俊は、

 写真を机の引き出しにしまった。


「私がもっと早くに気づいてれば

 よかったのかな。」


「え?」


「雅俊が梨沙先輩と付き合うって

 知った時から、遠慮してた。

 もう、

 そのまま幼馴染の関係でいようって

 思ってたから。

 ごめんね。ずっと自分に嘘ついてた。

 一度は気持ちに清算していたのに。

 でも、実際、こういう写真見るとダメかも。」


 顔を塞いで、涙を流す雪菜。

 

 過去の記憶で、自分とは違う人と

 一緒にいるのを思い出すだけで、

 嫉妬心が溢れ出てきた。

 

 いつも一緒にいるのが自分ではない。


 今は一緒なのに、時系列を図り間違っている。


 写真は過去が残るもの。

 見るだけでショック受けることもある。


「俺が片づけてなかったから。

 ごめん。

 今は、雪菜だけだから。」


 頭を抱えてぎゅっとハグをした。

 その言葉を聞いてもどこか信用できないのは

 なぜだろう。

  こんな思いを何度もしなくてはいけないかと

 思うと、心がいくつあっても足りない。


 想いは、目に見えてわかるものではない。

 持っているものがたとえ、考えていないものでも、

 他の人から見たら、想ってるものだと勘違いするものだ。


 雅俊は、

 本当に梨沙のことよりも雪菜のことが

 忘れなかったはずだった。

 それが伝わない悔しさがにじみ出る。


 どうしたら、信じてくれるのか。

 どうやったら、想いが伝わるのか。

 

 どんなに考えても解けない難題だ。


 顔を近づけて、口づけしようにも

 拒否られて、雪菜は、部屋を飛び出した。


 腕からするりと抜けた雪菜の体が

 パッと消えた。


 自分の体をぎゅっと抱きしめては、

 握りこぶしを作って、手のひらに

 爪が食い込んだ。


 タイムスリップができるなら、

 梨沙と会う前の時間に戻りたい。

 


 切実に願う雅俊だった。


 嫌な気分でも、真っ暗な夜空には

 キラキラと輝く満月があった。


 雪菜は、目に涙を浮かべて、

 隣の家の自分の部屋まで駆け上がった。


 ベッドに顔をうずめては、

 朝まで起き上がることはなかった。

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