第32話
不意うちに
また手をつながられた雪菜は
ドキドキしながら、
後を着いていく。
何も断ることができなかった。
でもどうしても手を離さなければ
いけないことが起きた。
「ごめん、凛汰郎くん。
トイレに行ってきてもいいかな。」
いきなりパッと手を離す。
急に進行方向を切ったハンドル
みたいにポケットに手を入れている。
「ああ、どうぞ。」
「ごめんね。すぐ戻るから。」
雪菜は、
エレベーター近くの女子トイレに
駆け出した。
手持ち無沙汰になった凛汰郎は
キーホルダー雑貨が並ぶ商品を
眺めては何かを閃いて、
レジカウンターに持って行った。
無表情だった顔が笑顔になっていく。
トイレの鏡を見つめ、深呼吸をした。
いくつ心臓があっても
足りないくらい鼓動が早かった。
(イヤホンを買って
終わりだと思ってた…。
一緒にいて大丈夫なのかな。
嫌いじゃないとは言ってたけど、
好きではないだろうなぁ。)
バックに入れていたハンカチで
ぬれた手を拭いた。
トイレの通路から、
お店の方に行くと
凛汰郎が待っていた
場所にいなかった。
どこに行ったんだろうと辺りを探す。
どこにもいなかった。
雪菜が探してた頃、
凛汰郎は、レジカウンターで
商品のラッピングを
頼んで待っていた。
雪菜はスマホを取り出し、
初めて、凛汰郎に電話をかける。
無意識だった。
ポケットに入れていたスマホの
バイブがなる。
気づいて、すぐに電話に出た。
「もしもし…。」
『凛汰郎くん、今どこ?
トイレから出たところ
なんだけど…。』
いつも通りの会話ができていた。
「あー-、もうすぐ終わるから
そこで待ってて。」
凛汰郎は、雑貨スタッフから
ラッピングされた商品を
電話をしながら受け取った。
スタッフより雪菜を優先していた。
待たせるのは悪いと駆け出して、
さっきのトイレの前に行った。
雪菜は、壁を背にスマホをポチポチと
触っていた。
誰からかラインが来ていた。
凛汰郎は、ラインの相手に嫉妬した。
今、雪菜と一緒にいても、
まだ心はつながって
いないんだろうなと思っていた。
声をかける前に雪菜が先に気づいた。
「あ、凛汰郎くん。
もう、どこに行ったのか
心配したよ。
迷子になるのはそっちじゃない?」
「……迷子じゃないよ。
これ買ってたから。」
手に持っていたピンクのかわいい
ラッピング袋を見せた。
「誰かにプレゼント?」
自分へのものじゃないとすぐに
解釈する雪菜。
凛汰郎は袋を雪菜に押し付けた。
「今日のお礼。」
「え?なんで?
弁償するのは私の方だし
お礼なんて、いらないよ。」
「バックに付いてたクマ、
壊れてただろ。」
「そ、そうだけど…。」
「ほかに渡すやついないから。ん!」
恥ずかしそうに顔を向こう側で手だけ
雪菜に伸ばした。
「あ、あー、ありがとう。
開けてもいい?」
静かにうなずく。
雪菜は袋から商品を出すと、
中からいつも持っているクマとは
全然違っていたが、同じ大きさの
可愛いグレーの狼のぬいぐるみだった。
ボールチェーンがついていて、
バックにつけられるものだった。
「可愛いね。……何か凛汰郎くんみたい。
クマじゃないけど。」
雪菜はずっとぬいぐるみをぐるぐると
まわして見つめた。
「え、嘘。クマじゃないの?
クマだと思って買ったつもり…。
ちょっと買いなおしてくる。」
「別に、いいよ。
これで。
選んでくれたんでしょう。
大丈夫だから。
可愛いし、クマじゃなくても。
凛汰郎くんにそっくりだから、
むしろこれで。」
雪菜は、
凛汰郎の顔の横にぬいぐるみを
垂らしてみた。
くすくすと笑う。
「俺にそっくりって
どういう意味だよ。」
「そのままだよ。
ねぇ、それより、
あとどこに行くの?」
「…何かわけわかんないけど。
アーケード行こうかと思ってて。」
「そうなんだね。
んじゃ、行こうよ。
あっちから行く?」
雪菜は、自然と凛汰郎の腕を
つかんで、
出入り口に進んだ。
凛汰郎は頬の端っこを少し赤くして、
言われるまま着いていく。
ペデストリアンデッキでは、
男性がストリートスナップを
モデルさんのようなスタイルの良い
女性をパシャパシャと撮っていた。
通行人がちらほらと
通りかかったが、少し
恥ずかしくなって、歩幅を縮めた。
駅周辺でデートするのは
初めてのことで
緊張しっぱなしの2人だった。
下の交差点ではクラクションが
鳴り響いている。
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