第27話

凛汰郎は、雪菜の左腕をつかんだまま

とまった。

氷になったみたいだった。


「え、…えっと…。」


「う、うん。」


「お、俺……。」



「あ!!

 ごめんね、用事思い出しちゃった!

 急いで行かないといけないところが

 あって…。

 それじゃ、また!」


 雪菜は恥ずかしくなり

 それ以上を聞きたくなくて、

 ごまかすように慌てて階段を

 駆け降りていった。


 何かを言いたかったのに

 言えなかった悔しさが滲み出る。


 「あ〜…。

  ちくしょ〜。」


 雪菜が立ち去ったあと

 額に手をつけて、髪をワシャワシャと

 かきあげた。


 チャンスだったはずなのに、

 言葉が思いつかなかった。


(俺は一体、何を言いたかったんだ?)


 自分で自分が分からなくなっていた。


 

 その頃、急いで階段を駆け降りて、

 昇降口近くにある靴箱に着いた。


 自分の靴を取ろうとする前に

 靴箱の縁に手をかけて、 

 呼吸を整えた。


 (さっき、私は何を言っていたの!?

 バカバカバカ!勘違いされるじゃない。

 あんな、告白みたいなこと言ったら…。

 でも、ん?

 凛汰郎くんは何を

 言いかけていたのかな。)


自分の頭を軽く両手のグーで叩き、

気持ちを落ち着かせた。

冷静になって、靴をすのこの近くに置いた。


あのまま、ずっと近くにいたら

心臓がどうにかなりそうだと、

靴の踵部分を整えて、

昇降口を出た。


遅れて、凛汰郎も、靴箱に到着していたが、

すでに雪菜の姿はなかった。




「雪菜、今帰り?」


 雅俊が顔をタオルで拭きながら、

 校門に向かう雪菜に声をかけた。


 顔を耳まで赤くしている雪菜が気になったからだ。


「え…。あ、うん。」


「俺、まだ部活。

 3年はいいよなぁ。

 引退したんだもんな。」


「ごめん、雅俊…。

 話す余裕ないから…。」


「お、おい。」


 口元に手をやり、顔を隠して

 立ち去ろうとすると、

 後ろから、声がした。


「白狼!!」


 話の途中で終わってしまったことが

 気になり、しかも雅俊と話してるのに嫉妬し、

 話そうと思ってなかったが、 

 凛汰郎が思わず声をかけた。


 はっとして、何も言えなくなった雪菜は、

 そのまま急ぎ足で校門に向かう。


 雅俊は2人の行動が

 気になったが、

 部活のキャプテンに呼ばれ、

 練習に戻った。

 

 凛汰郎は、雅俊を横目に急いで、

 雪菜を追いかけた。


 前に立ちふさがって、歩くのを止めた。


「さっき、言いかけて、

 ちゃんと言うから聞いてほしい。」


「え…。」


 少し頬を赤くして雪菜は真剣に

 凛汰郎を見た。


「俺、嫌いじゃないから。

 俺は。

 言いたかったのはそれだけ。」


「……うん。 

 そうなんだ。」


 告白ってわけじゃないんだとがっかりした

 雪菜は、しゅんと気持ちが冷めた。


 告白したつもりの凛汰郎は、言い切ったぞと

 思っていたが、あまりにも

 変な顔をする雪菜にどう反応すればいいのか

 わからなくなった。


 「家まで送る…。」


 凛汰郎は今できることの最大の思いを

 告げるように雪菜の荷物を持った。


「え、大丈夫。

 帰る方向違うでしょう?

 私、こっちで、凛汰郎くんは

 あっちでしょう?」


「気にすんなって。」


「え、え、なんで?」


 よくわからず、バックを持っていく凛汰郎を

 追いかける。


数十メートル進んで、思い出す。


「あ、塾行くんだった。

 わるい、ここまででいい?」


「え、だから、別に頼んでないって。」


 カーブミラーのある交差点。

 凛汰郎は、雪菜にバックを返した。


「あ、ありがとう。」


 よくわからず、少し一緒にいることができて

 うれしかったが、不思議な気持ちになった。


 後ろを向いて、話し出す。


「あのさ……。

 明日もいい?」


「何が?」


「ここまで一緒に来るの。」


「なんで?」


「…なんでって。

 別に深い意味はないけど。」

 

 素直に一緒に帰りたいだなんて

 言えない凛汰郎。


「ん?」

 

 2人の間に風が通り過ぎる。


「ごめん、やっぱ、いいや。

 塾あるし。

 忘れて。」


 話がかみ合わない。

 思いが伝わらない。

 何が言いたいかお互いにわからないまま

 それぞれ立ち去った。


 雪菜は後ろ髪を引っ張れるように

 何度も後ろを振り返ったが、

 凛汰郎は一度も振り向かずに

 家路に向かっていた。

 

 想われていないんだろうなと

 ネガティブに考えてしまっていた。

 

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