第12話 協力体制

 戻ってきたシルキィはなぜかメジュール子爵……ではなくて豚子爵を担いでいた。


 ペットを拾ってきてはいけません! 戻してきなさい!


 という親の気持ちが痛いほどよくわかる。



「捨ててきなさい!」

「な、何をですか?」

「もちろんペットの豚だな」

「ちょっと待て、アデル。捨てるのはもったいない。せっかく貴重な食料が手に入ったんじゃぞ?」



 シアの視線が完全に豚子爵のほうを向いていた。

 それをみて慌ててシルキィは自分の後ろに豚子爵を隠す。ただ、その小さな体では豚子爵の体の半分も隠せていない。


 それでも両手を広げて必死に隠そうとしていた。



「オークさんは食料ではありませんから食べたらダメ!」



 シルキィが助けを求めるようにアルマオディの方を見る。



「ほぉ、これはイキのいいオークではないか。でも、オーク肉は不味いぞ?」

「な、なんでみんな食べること前提なんですか!? このオークさんは僕のことを助けてくれた良いオークさんなんですよ!?」



 良いオーク?

 突然襲いかかってきて、聖女見習いたちを爆弾としてけしかけて来る豚が?

 いや、待てよ。女児に優しく話しかけてくる人ということだよな。



「……騙されてないか? すごく犯罪臭がするのだが?」



 見た目少女と肥満気味なおじさん。

 と文字にするだけでもう良くない展開が起きる気しかしない。


 一方の豚子爵はアルマオディに睨まれて萎縮している。



「魔王様を探す手伝いをしてくれたんです。だから魔王様も恩がありますよね? 勝手にこんなところに来たんだから」

「う、うむ? 恩、といえば恩になるのか?」

「そうです! だからお礼を言ってください!」



 シルキィの圧に押されて、不思議に思いながらもアルマオディは頭を下げていた。



「助かったぞ、オーク」

「あっ、いや、別に私は何もしていない……」



 本当に何もしていないのに、自分を圧倒するような相手に頭を下げさせたことにタジタジの豚子爵。


 もし嘘がバレてしまったことを考えるとできるだけこの場は穏便に過ごしたいところだった。



「謙遜は美徳だが、過ぎたるは相手の好意を無碍にすることにもなるぞ?」

「は、はぁ……」

「では、礼も言ったことだから食事に――」

「それよりもどうしてここにいるんだ? メジュール子爵」



 改めて本題へと入る。

 ここ、レイドリッヒ領に入るには少なくてもシアが領地に張っている結界を突破する必要がある。


 ・俺に敵対心を持つ。

 ・領地へのいかなる攻撃。

 ・魔物全般。


 これらが現在の結界が敵として認識する対象だった。


 以前、豚子爵はこの領地を襲ってきた。

 つまり俺の敵として認識されているはずの豚子爵が結界を突破して館まで来ているのは不思議なことだったのだ。


 さり気なく目配らせでシアに確認するが彼女も首を傾げていた。

 どうやら結界の異常はなさそうだ。



「今まで散々ここを襲ったのだ。思うことがあるのもよくわかる。もちろん水に流せなんて都合の良いことを言うつもりはない。私の撒いた種だ。いずれ賠償をさせていただくつもりだ。だが、恥を忍んでお願いしたい。私の領地を復興させるために力を貸してはくれないだろうか?」



 豚子爵が床に頭を擦りつけて必死に謝ってくる。

 その殊勝な態度に俺は驚きを隠しきれなかった。


 それに気になる単語も出てきた。



「……復興? どういうことだ、詳しく話してくれ」



 ゲーム内だとメジュール領が壊されるなんてことはなかった。

 すでにゲームと違うルートへ入っていることは重々承知の上だったが、さすがに王国側の戦力である豚子爵を襲う理由は王国にはない。


 それだと襲ってきた相手は魔族と言うことになるが、そもそも魔王であるシルキィが動物好きのようで豚子爵に気を許してしまっている。

 魔族の王が付いているのだから襲撃者は魔族でもなくなる。



 ……第三勢力?



 あと考えられるとすれば大神殿の勢力であるが、ここも豚子爵は切り札を貸し与えられるほど親しい。


 つまり彼が襲われる理由が全くないのだ。



「私にもまだ何が何やらわからないのだが、領地を壊し回った襲撃者はどうもハングラッシュ公爵の手のものらしい」



 豚子爵がそれをいうと隣の部屋でガタッと物音が聞こえる。

 そして、バタバタと敢えて聞かせているようにしか思えない足音が聞こえ、この部屋に第三王女が入ってくる。



「今の話し、本当ですか!?」

「ま、マリア様!? ど、どうしてこちらに?」

「それは今は関係ありません。それよりもハングラッシュ公爵がメジュール子爵の領地へ攻め入ったというのは本当ですか?」



 グイッと豚子爵に近づいていく第三王女。



「私に気づいていなかった襲撃者が告げたことになります。おそらく間違いないかと」

「ハングラッシュ公爵ということはユーシスお兄様が? でも、この地を襲うということは魔族に与するということ……。って魔王がここにいるのですから、魔族が与するわけないのですわ。もう訳がわからないです」



 第三王女が頭を抱えていた。



「わからないことが多すぎますね。アデル様、私の方からもお願いしてもよろしいですか?」

「襲われた事実に目を瞑って……ですか?」

「それは然るべき対処をさせていただきます。でも、何か私も知らない動きがありそうです。それはアデル様も興味があるのではないでしょうか?」

「うっ」



 確かにストーリーを完全に逸れた動きは俺の方で掴みにくい。

 そのきな臭い動きを掴めるかもしれない。


 それだけで確かに豚子爵の手を貸す理由にはなりそうだ。



「それとメジュール子爵。あなたもこれだけのことをされて王国に忠誠を尽くす、ということはされませんよね?」

「もちろんだ! なんの関係もなく私の領地を壊しおって」

「まぁ、内々ではメジュール領の評判が悪すぎて、取り潰しの話しも出ていましたが――」

「え゛っ!?」



 いや、さすがに当然だろう。

 日々の生活すらできない民たちがここ最近、よく豚子爵領から抜け出して俺の領地へ来ていた。

 そのおかげで俺たちも人出不足を解消できていたので、カインにはその動きをこっそり支援して貰っていた。


 そのことに豚子爵は全く気づいていない様子だったので領地経営はまるで興味がなかったのだろう。



「とにかくこれからはしっかり民のことを考えて行動してください。その働き如何で本来は極刑に処すべきあなたに恩赦を与えることにしましょう」

「は、ははぁ……」



 豚子爵は第三王女に対して何度も頭を下げていた。



「それならボクの方からも一つ報告するよ」



 シルキィが前に出る。



「あなたは確か――」

「はい、魔王様の元家来で今はそのあとを継ぎ、現魔王を名乗らせて貰っているシルキィです」

「おい、シルキィ。お前は王なんだぞ? そんな謙る必要はない」

「あっ、そうでした。じゃない。そうだった。ボクは魔王シルキィ。よろしくね」



 シルキィの態度にアルマオディは顔に手を当てて呆れていた。

 ただ全く予想もしていなかった魔王になったばかりの彼女だ。その心積もりをいきなり説いたところでわかるはずもない。

 追々魔王らしくなっていくのだろう。



「はい。私は――。魔王? えっと、そちらの方が魔王アルマオディ様ですよね?」

「うん。元々ボクは四天王って呼ばれてたよ。でもこの領地に来たら魔王様が……。魔王様が……。と、とにかくボクが任された以上は務めを果たすよ」

「そうなのですね。わかりました。では改めて、私はアーデルス王国第三王女、マリア・アーデルスでございます。どうぞよろしくお願いします」



 第三王女が笑顔を見せる。



「そっか。それならオークさんの敵なのかな?」



 シルキィが殺気を放つが、それを涼しげな表情でやり過ごす。

 ただ、よく見るとやや表情が青くなり、額からは汗が浮き出ているのがわかる。



「先ほどお話しさせて貰っていた通り、私はこの国をどうにかしたいと思っている者です。ですので、メジュール子爵もこの国のために働いてくださるのなら私は敵ではありませんわ」

「……わかった」



 シルキィが殺気を抑えると第三王女の顔色が元に戻る。



「よろしければシルキィ殿下もお力をお貸し願えないでしょうか? アルマオディ様もぜひに」

「我は馳走が出るのなら喜んで協力しよう。ただし、世話になってるアデルの意に反することはせんぞ?」

「それならボクは魔王様の意に反することはしないよ?」

「かしこまりました。では、お二方も協力していただけると言うことで」



 おい、ちょっと待て。俺はまだ何も言ってないぞ?



 俺の不満を察したのか、次に第三王女は俺の方を向く。



「アデル様も協力していただけないでしょうか? もし王国がなくなるような事になればアデル様の地位もなくなってしまうことになりますよ?」

「その時は俺一人で旅にでも出ますよ」

「それができるなら最初からされていたのでは?」



 すっかり俺の心を見透かされている気持ちになる。


 確かに最初はなんの未練のない土地だった。

 滅ぼされるなら救ってやるか、くらいの気持ちで始めていたのだが、今では俺のことを慕ってくれる仲間がずいぶんと増えた。


 さすがに彼らを見捨てて自分だけ逃げるなんてことはできない。



「はぁ……、わかりました。私は領地や仲間のためだけに協力する。これでいいですか?」

「はい、もちろんです。それはつまり私のために協力してくれるってことですよね?」

「……あなたは私の仲間というわけではないですよね?」

「えっ? 酷いです。あんなに色々なことを何もしてくださらなかったのに」

「何もしてないのですから酷くはないでしょう」

「――時には何もしないことが残酷な事もあるんですよ」



 平行線を辿ったまましばらくすると第三王女がプッと笑い声を上げる。



「冗談ですよ。今はそれだけ協力してくだされば結構です。いずれ私の騎士様になっていただくだけですからね」

「それはケイトで間に合わせてください」

「無理ですー!」



 ようやく年相応の笑顔を見せてくれる第三王女。

 するとそんなときに大慌てで扉を開けるカインの姿があった。


 彼にしてはそんな動きをするなんて珍しい。



「カイン、何か緊急の出来事があったのか?」

「は、はい。いえ、緊急か緊急じゃないかといえば私にとってはすごく緊急なのですが、その……」



 どうにも歯切れが悪い。



「とりあえず状況を説明してくれ」

「わかりました。いつものように封印の洞窟くんれんじょうにて、水魔法でダンジョンを水浸しにまほうのとっくんを行っていたのですが――」

「ちょっと待て。妾の聞き捨てならないことが聞こえた気がするのだが?」

「気にするな。あそこが一番効率がいいんだ。続けてくれ」

「気にするわ!!」



 声を大にするシアをよそにカインは話しを続ける。



「それがその……、私のレベルを見て貰えますか?」



 カインに言われるがまま彼のレベルを見る。

 するとそこには大きく能力の跳ねあがった数値が表示されるのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――

今日のステータスのコーナーは……

話の展開的に彼しかいませんよね。ということでカインさんです。


 カイン・アルシウス

 レベル:61

 スキル:【剣術:4】【采配:4】【調査:3】

 魔法:【水:7】【闇:5】


一気に跳ね上がりました。

その理由は――次回のお楽しみに。

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