第18話 深緑の巨龍


 ブネの体を突き破って飛び出してきたのは、巨大な龍だった。

 

 深緑の鱗、手を薙ぎ払うだけでビルを簡単に壊してしまえそうな巨大な手。

 

 ブネはこちらを睥睨すると、いきなり腕を振り下ろしてきた。

 横に転がって回避する。腕の着地点は小さいクレーターになっており、振動が伝わってきた。


 :やべえええ!! 語彙力ないからやべえしか言えないけどやべえええ!

 :ちょっとちびった

 :何メートルあるんだよ!?

 :東雲、こんなのに勝てるのか?

 :主が勝ってくれなきゃ世界が終わる

 :信じてはいるけど、一応今から避難準備しなきゃ……

 :多分避難する間もなく死ぬから無駄

 :東雲ー! がんばってくれー!!


「こんなのどうにかしろとか……あの人も大概イカレてんなっ!」


 隙を見つけて、がら空きの胴目掛けて双剣を振るう。

 が、はじき返されてしまった。


「硬ッ!?」


 まるでピッケルで鉱脈を叩いたときのような、カキーンという音がしたのだ。

 こちらの攻撃は通らない。相手の攻撃は一発でもかすったら死。

 中々の無理ゲーだ。


「とんでもない試練を与えてくれるじゃないの……」


 俺はいるかもわからない神様に、小言を呟く。

 

 ブネは勢いにモノを言わせて尻尾で薙ぎ払ってきた。

 それを高く跳躍して回避すると、落下エネルギーを利用してブネの尻尾に剣を思いっきり叩きつける。


『ギャオオオオオッ!?』


 またしてもはじかれてしまったが、ダメージは与えられたようだ。

 ブネは悲鳴を上げると、再び尻尾を振り回して攻撃してくる。

 その動きに規則性はない。ただのあてずっぽうな攻撃だ。


 だが、そういう攻撃こそ最も厄介である。


「よっ! ほっ! くそっ!」


 なんとか避けていくが、その度に凄まじい風圧が俺の体を襲い、バランスを取るのが危うくなる。気合いだ、気合い。なんとか根性で持ちこたえろ。


 やがて尻尾攻撃が終わったと思うと、ブネは一軒家ほどもある巨腕で攻撃してくる。今から避けるのは無理だ。


「ふんのぁぁぁあああっ!!」


 俺は無理矢理双剣をクロスして構えると、巨腕の攻撃を受け止めた。

 なんて馬鹿力だ。そりゃデカいから当たり前なんだけどさ!!


 :もう何回目かわからないけど、なにこれ

 :気持ちはわかるぞ

 :あんなバカでかい腕を剣二本で受け止めてるんだもんな

 :こんなん誰も予想できない

 :多分今まで見てきた主の戦いで一番苦戦してる

 :古参ニキおった。そんなにヤバいん?

 :前に苦戦してたやつ気になる!

 :スノードラゴン二体同時に相手してたときだな

 :ファッ!?

 :スノードラゴンって、確かSS級の魔物じゃ……


 コメント欄も盛り上がってるみたいだが、流石に今は確認する余裕がない。

 俺は腕にさらに力を込めて、押し出した。少しずつだが、ブネが力負けしているのが分かる。


「んぐぎぎぎぎぎぎ……」


 そして、競り勝った。

 ブネの右腕は弾き飛ばされ、無防備な腹が露わになる。

 他の部位は鱗が硬すぎて無理だが、何も守るものがない腹なら、あるいは……!


「いっけええええええ!」


 俺は腹に向かって全力ダッシュをすると、高く跳びあがって喉元から腹まで一気に裂いた。途端、濁流のように流れ出る血。


「ギャオオオオオオオオン!」


 ビネは苦しそうに身をよじると、二本目の尻尾・・・・・・で迎撃してきた。

 予想できていた俺は難なく躱し、一度距離を取る。


「どうやら、腹が弱点らしいな」


 :すごすぎる

 :ドラゴン相手にあんなに立ち回れるのか……

 :中々に大ダメージっぽいぞ

 :あれ、でも待って。何か回復してない?

 :ほんとだ。傷がどんどん治ってる


 コメント欄に不穏な文言を見つけた俺は、ブネの方に顔を向ける。

 そこには確かに、先程与えた深手の傷跡がなく、ピンピンしているビネの姿があった。


「おいおいマジかよ……」


 思わずそんな呟きを漏らしてしまう。

 圧倒的なパワーと二本の尻尾とかいう武器に加えて、リジェネ持ちかよ。

 笑えない冗談だ。


「どうやら、一気に勝負をつけるしかないみたいだな」


 :どうやって?

 :え、まだ勝算あんの?

 :ここからでも入れる保険はありますか?


 リスナーたちは不安がっているようだが、俺にはしっかり見えている。

 あいつに勝つための勝利の法則が。だが、そのためには準備が必要だ。


 もし失敗すれば、待っているのは──死。


 俺は再び地を蹴ると、ブネに肉薄した。


 当然の如く暴れるブネだが、今はその動きが緩慢に見える。

 これはゾーンというやつだろうか。極限の集中に達したとき、周りのものが手に取るように分かる現象。自分の実力がいつもより出せる現象。


 そんな感覚に、今俺は浸っている。


 右手を振り回して俺を捕まえようとしてくる。その手のひらを思いっきり斬り付ける。青紫色の鮮やかな血が流れ出て、ブネが苦痛に喘ぐ。

 今度は逆の手で同じ試みを繰り返そうとして、これもまた失敗。

 二つの尻尾を振り回して攻撃してくるが、全て回避。


 あれも知ってる。これも知ってる。

 全てが視える。視える。視える。


 気付けば、全身ボロボロのブネがそこにいた。

 俺も、あちこちに擦り傷や切り傷がついている状態だ。


 だが、ポーションを飲むなんていう無粋な真似はしない。


 ブネは真面目な漢だった。

 人に対して真摯であり、礼節を絶やさない。

 本当に悪魔なのかと疑ってしまうほどに、良い奴だった。


 だからこそ、俺もそれに全力で向き合わなければならない。


「待ってろよ、ブネ。今楽にしてやるからな」


 既にこの声が届かないとしても、そう言わずにはいられなかった。


「ガアアアアアアッ!」


 ブネは大きな咆哮を上げ、口に熱線を溜め始める。

 ドラゴンがやる攻撃の中で、もっともポピュラーな攻撃。


 ドラゴンブレスだ。


 しかし、ドラゴンブレスには致命的な欠点がある。

 それは、発動中は動けないこと。

 当然だろう。中断すれば口内で熱エネルギーが暴走して自爆するし、下手に動けばあらぬ方向へビームを撃ってしまうのだから。


 ドラゴンブレスは、最も体力を使う攻撃。

 だからこそ、最大にして最強なのだ。


 俺は全速力でブネの裏側に回り込み、なんとかやり過ごす。

 途端、凄まじい轟音と閃光が広場を支配した。


 俺はなんとか耳を塞いで目を閉じたから大丈夫だったが、リスナーは大丈夫だろうか。しかし、今はそちらに集中している暇もない。さっと目を通すだけに留める。



 :目があああ、目がああああああ!

 :鼓膜ないなった

 :あれ、何も聞こえない

 :めっちゃ目ちかちかした

 :昔中学でやったマグネシウム燃やす授業のときよりやばかった

 :今のはきっつい


 軽口を叩けているようだから大丈夫か。

 一瞬だけ微笑むと、再びブネに意識を向ける。


 ブネはまだ、自分の背後に俺がいることを気付いていないみたいだ。


 なら、今がチャンス!


 ダンジョンができてから数年。探索に携わった人の中には、空気中の魔素と適合して超人的な身体能力や、超自然的な力を身に付けた人々が存在する。

 そして、その人物との間に生まれた子にも、遺伝する確率が微々たる程度だがある。


 俺はそんな微々たる確率で生まれた子供だった。


 幼いころから喧嘩は負けなし。

 ついには、小学生にして番長の称号を授かったこともあるほどには問題児だった。

 そんな俺も中学生、高校生と進むにつれて、ダンジョンに興味を持つことになったのだ。


 渋る両親を説得して、なんとかダンジョン探索の許可を貰った俺は、ウキウキとした気分でダンジョンに潜った。


 そしてそれは、突然に現れた。


 自分の内から溢れる衝動、抑えきれないほどの強い力。


 怖くなって逃げ帰ったのを今でも覚えている。


 今ではもう随分と折り合いをつけてうまくやっていけているが、もし暴走したらどうしようと使うことを禁じていた俺だけの異能。それを今、少しだけ解放する。


「スゥ……フゥ」


 少しだけ深呼吸をし、気持ちを整える。

 それから双剣を握りしめて、ブネの尻尾に登った。


「グアアアアアアッ!?」


 ようやく俺の存在に気付いたブネが、驚いたような声を上げる。

 だが、もう遅い。


「フッ!」


 俺は音速で剣を尻尾に叩きつけた。

 先程までは硬すぎて刃がまったく入らなかったが、今は違う。

 まるでバターのようにするすると尻尾に入っていき、そのまま切り落とす。


「まずは一本目!」


 そのまま跳躍して二本目の尻尾の上に登ると、これまたあっけなく切断することに成功した。


「グアアアアアォォォウ!」


 想像を絶する痛みだったのだろう。ブネはのたうち回り、体をめちゃくちゃに動かして暴れている。だが、それすらも好都合だ。


「次は左腕ェ!」


 何かの拍子にやってきた左腕を、豪快に切り落とす。

 血の雨が降ってきて服が汚れたが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 ブネの体を駆け上がり、翼の根本に到達すると一閃。


「飛んで逃げられたら厄介だからな」


 そのままもう片方の翼も破壊。これでブネは、もうどこにも逃げることができなくなった。少なくとも、自己再生が始まるまでは。


「ガァァァアアアッ!」


 怒り狂ったブネが俺を振り落とそうと、身を激しく揺さぶる。

 何とか背中に剣を突き立ててバランスを取るものの、すさまじい振動だ。


 少し勢いが弱まったのを感知した俺は、そのままアイスピッケルの要領でビネの体に双剣を突き立てながら右腕の位置に降りると、渾身の力を込めて手を振り下ろした。


「これで右腕もおしまいっ、と!」


「ギャオオオオオオオオ!?」


 脚は無事とはいえ、尻尾、翼、両腕を失ったブネは今、どんな気持ちなのだろうか?

 きっと、無限の痛みを感じているに違いない。早く終わらせてやろう。


 コメント欄は怒涛の流れで、超人離れした動体視力を持つ俺でも視認できない。

 チャンネル登録者数は、500万人と書いてあった。

 普段の俺なら頭を抱えて悶絶しているところだが、今はそうも言っていられない状況だろう。


「それじゃあ皆、あいつを終わらせてきます」


 そう宣言すると、俺は背後にあった壁を蹴ってきりもみ回転をしながら、がら空きになったブネの心臓目掛けて突っ込んだ。


 今日だけで、こいつは三度も俺に心臓をぶち抜かれたことになるな。


 俺は苦笑しながらもブネの心臓を突き刺し──その巨躯の向こう側まで突き抜けた。


『ガ………………』


 心臓を失ったブネは力ない言葉を少し漏らしたあと、地面に体を横たえ、完全に絶命したのだった。


 :うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 :やったあああああああああああ

 :すげえええええええええええええ

 :東雲強すぎいいいいいいい!

 :主、GJすぎるwww

 :ブネ……お前もすごいやつだったよ

 :こんな激熱な戦い見れて久々に満足してる

 :チャンネル登録しました!

 :切り抜き班もこぞって切り抜くんやろなぁwww

 :新しい"伝説"に辿り着いちまったぜ……

 :≪あやチャンネル≫東雲さん凄すぎます! 私なんていうか、もう興奮が抑えられません!

 :≪Nagi≫おつかれさん。これでまた一段と人気者だな。テレビに出たらゲラゲラ笑ってやるよ


 怒涛の勢いで流れるコメント欄に苦笑しつつも、俺は礼を言う。


「古参のお前らも、新参の皆さんも、ここまでご視聴いただきありがとうございました。帰りはポータルだし、とくに見栄えするものもないと思うので、今日はここらで終了とします。それでは、また次回。あ、あとNagiはぶっ飛ばす」


 そう言って、配信を終了しようとして、はたと手を止める。

 そういや、深淵の奥に行ってなかったな。


 大抵、ダンジョンの最奥部には宝が眠っているのだ。

 このダンジョンを踏破したのは俺が初めてのはず。


 そう考えたら、気持ちがワクワクしてきた。


「そういえば奥のエリア確認してなかったから、そこだけチェックするわ。終わる終わる詐欺してすまん」


 :ぜーんぜんいいよ

 :むしろ何で見ないのか疑問に思ってた

 :きっととんでもないお宝が入ってるぜ

 :フラグやめろwww

 :でも普通に億単位がつく代物とか眠ってそう

 :確かにな

 :主引き運良いからなぁ


 わいわい騒ぐコメント欄とともに、俺は深淵の奥深くへと進んでいく。


 そこは、きらきらと金貨が煌めく、いかにもファンタジーというような風景だった。


「うわぁ、すっげぇ……」


 とはいえ、全部持ち帰る気はない。だってなんか罪悪感があるじゃん。

 誰のものかも分からないお金とかさ……。

 俺は道端に100円が落ちてただけで交番に届けに行っちゃう男なんだぜ?


 けど、気になるから一枚だけ拝借。


「さてさて、お宝は何かな」


 金貨の山の真ん中に、どっしりとかまえている金縁に赤い色の宝箱。


 ワクワクしながら蓋を開くと、そこには──


「なんだこれ、ルービックキューブ……?」


 四角い小さな箱が入っていたのだった。


 :ルービックキューブwwwwww

 :なんじゃそりゃwwwwwww

 :こwれwはwひwどwいwww

 :一生懸命頑張って深淵踏破したご褒美がおもちゃとかwww

 :よかったな主、おもちゃができてwww

 :おもちゃにされてるのは主定期

 :味気ねぇ~www

 :こんなのを守らされてたブネさんかわいそう……w


「うっせ! これは多分アレだ、その……なんかすごい仕掛けがあるんだよ!」


 キレ気味に反応するも、リスナーたちは笑うだけでまったく相手にしてくれない。

 仕方ないのでとぼとぼとさっきの大広間に戻り、挨拶もそこそこに配信は終了した。


 後は、帰ってシャワー浴びて歯を磨いて寝るだけだ。

 飯は……なんか今日はいいや。どっと疲れたし、食欲がない。


 残されたのは、静寂の空間と俺とブネの遺体のみ。


「お疲れさん。あの世ではゆっくり休みなよ」


 そう言って俺は、ブネの死体の横で煙草に火を点けた。

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