第9話 ワイルドベア
「ワイルドベアだッ!」
誰が叫んだのか分からないが、魔法騎士達の側面から巨大な熊が現れた。
真っ黒い毛並みで、胸元だけ白い輪っかのような毛がある。
(ツキノワグマかな?)
しかし、その体躯はエマの知る動物園で見た熊の二倍以上ありそうなくらい大きい。しかも、熊の癖に長い牙が生えていた。
「魔法使い、魔法で援護を!獣人、時間を稼げ!」
盾になる重量級の獣人が戻ってくるには時間がかかる為、身の軽い獣人達がワイルドベアを囲んだ。ワイルドベアーを挑発し、自分達に意識を集中させる。彼らに武器はなく、打撃や爪でワイルドベアに攻撃をしかけるも、決定打になることはない。
騎士達は何を……と振り返り見てみれば、皆真剣に詠唱しているではないか。魔法使いは大魔法を使う為に長い詠唱が必要になるからしょうがないとしても、魔法騎士……騎士ならば剣で勝負しろ!とエマは怒鳴りつけたくなった。
「もう!ちょっと貸して!」
エマは、しどろもどろ詠唱している若い魔法騎士の手から剣を奪った。
「ああ!詠唱が……」
「詠唱が苦手なら、剣の腕を磨きなさいよ」
ちょうどワイルドベアにボアが組み付き、イアンが危険なその牙を掴んでワイルドベアの肩によじ登ったところだった。
イアンは、ワイルドベアの目を自分ね鋭い爪で潰そうとしているようだ。しかし、いくら力自慢のボアでも、ワイルドベアを抑え込むだけの力はないようで、ワイルドベアはボアを薙ぎ払って、イアンを掴もうと頭に手を伸ばした。
「あんたが力いっぱい掴んだら、イアンがぺちゃんこになっちゃうでしょうが!ボア、そのまま!背中借りる」
エマは剣を握ったまま走り寄り、ボアの背中を踏み台にしてジャンプした。剣を両手で握り、ジャンプした勢いのまま剣をワイルドベアの左目に突き刺した。
怒り狂ったワイルドベアはエマを薙ぎ払い、イアンもその勢いで吹っ飛ぶ。イアンは空中で回転して地面に降りたが、エマは木に激突しそうになって目をギュッと閉じた。
思っていた衝撃が来ずに、エマはそっと目を開けた。
「エドガー……」
「怪我は?!怪我はないか!」
正面から至近距離で目が合ってしまった。
空中を飛ばされたエマを、凄い身体能力を発揮してダイレクトキャッチしたエドガーは、エマを抱き締めたまま安堵の息を吐いた。
「どこも問題ありません。ありがとうございます」
エマは慌てて立ち上がり、前髪を引っ張って目を隠す。
「獣人が剣を使うとは珍しいな」
「そう……ですか?私は力が弱いし、みんなみたいに強い爪がないから」
「鳥みたいに宙を飛んでいたがな」
「あ……、討伐完了したみたいですよ」
魔法使い達がワイルドベアに魔法を叩き込み、騎士達の魔法剣もワイルドベアの胸元に刺さっていた。
「熊肉……、あれは食べれるのかな」
「フハッ、キララは食欲旺盛だな。ワイルドベアの肉は食えるぞ。通常の熊よりも臭みがないくらいだ」
エドガーがキララの頭に手を置き、ポンポン叩く。
「キララー!」
ボアとイアンがエマの元に走ってきた。
「キララ、怪我は?怪我は?」
「ないよ。肉球のとこで叩き飛ばされたから、そんな痛くもなかったし」
「良かったぁ」
「ほんと、取れなくて良かった」
エマが髪を撫でつけながら言うと、ボアがキョトンとした表情をする。
「取れる?」
「いや、なんでもない!」
イアンが馬鹿だなぁという顔をする。ボアはエマがカツラをかぶっていることを知らないのだ。
「さて、第二班は討伐終了ということで演習終了だな。ところで、ワイルドベアに飛びかかる前に、キララは騎士の剣を取り上げて何か叫んでいたようだが?」
「詠唱が苦手なら剣の腕を磨きなさいよ……だったよな。まぁ、確かにな。詠唱に時間がかかるのは魔法使い達だけで十分だしな」
エドガーの問いに、エマの代わりにイアンが答える。
「いや、だって普通に剣で斬り掛かって倒せる相手に、わざわざ魔法まで上乗せしなくていいじゃない。無詠唱でできるならまだしも、詠唱に時間をかけるだけ無駄。それを言うならさ、獣人だって自分の爪を過信し過ぎてるよね。確かに柔らかい皮膚なら引き裂けるのかもしれないけど、ワイルドベアみたいなのにはあまり効果なかったじゃん。なんで武器を使わないの?」
「まぁなぁ。でもさ、長い剣を振り回すのは性に合わないんだよ」
イアンは頬をコリコリ掻きながら言う。
「俺は、剣は軽すぎてなんか合わない」
「ボアは大剣とか大槍ならいいんじゃない。槍って、振り回すのに遠心力かかるから力がいるし」
「槍かぁ。触ったことないなぁ」
「イアンは投げられる感じの短剣とか。接近して使う感じ。フフフ、これは両刃でね、麻痺毒とか塗っておくと効果的なんだって」
イアンのイメージはズバリ忍者の手裏剣やクナイ。ボアのイメージは弁慶だね。こんな感じというのを地面にお絵描きしてみる。
「なるほど。獣人は素手で最強というイメージがあったから、武器を持たせるという概念がなかったが、確かに個人の特色を活かせる武器というのはありそうだな。というか、そんな武器は初めて見た」
(ウオッ!そうだエドガーの存在をすっかり忘れて下手な絵を地面に描いてしまった)
真上から覗きこまれ、その距離の近さに心臓がバクバク鳴る。
(そういえば、さっきはこの大胸筋に抱きとめられたんだった。ムチッと弾力のある素晴らしい雄っぱいだった!)
せっかくなら、もっと堪能すれば良かったと、エマの煩悩が脳内で大暴れする。そんなエマの煩悩など知らないエドガーは、感心したようにエマが描いた絵を見ていた。
「キララは着目がいい。俺も詠唱するより剣をふるった方が速いから、魔法にはあまり頼らん。一瞬で詠唱できる身体強化くらいだな。キララ、今度獣人目線で獣人に合う武器を考案してくれないか。一度会議に参加して欲しい」
「私が?!もちろんOKです」
たかだか兵士見習いが……なんてエマは思わない。自分で
「それは良かった。それとついでに、魔法騎士と手合わせもしてみて欲しい。魔法騎士はどうしても剣よりも魔法に頼ってしまいがちになるんだ。わざわざ魔法使いと魔法騎士を分けた意味がわかっていないんだ。俺も酔狂で髪を短くしているのではなく、魔法よりも剣で最強であることを示したつもりなんだが」
「だから、エドガー……様は短髪なんですね。とてもお似合いです。でもそうですね。先手必勝って言葉もあるくらいですから、魔法を使わせないうちに叩き潰せば勝てるでしょうね」
例えば、魔法騎士同士の模擬戦だと、詠唱の速い方が有利だと言われている。つまり、「始め」の声がかかると、お互いに剣に魔法をのせてから打ち合う為、短くても最初の一分は静かにお互いに詠唱に没頭するのだ。さっき騎士の顔に水の入った革袋を投げつけたように、詠唱を止めてしまえば魔法騎士はただの騎士だ。騎士道には反する戦い方になるのだろうか、そんなのエマの知ったことじゃない。
そしてエマは、いやキララの時の話だが、子供の頃に「忍たま○太郎」にドはまりして、玩具の手裏剣の練習をしまくり、バク転からの手裏剣投げとか、体操クラブの友達を巻き込んでの体操技も組み込んでの忍者ごっこをしていた経験がある。
忍者ごっこをしていた元聖女、きっと世界広しと言えど、エマだけであろう。
「本当に騎士に勝てるか?」
「エドガー様には無理ですけど、魔法にこだわる人……とくに頭に血が登りやすい人なら勝てるかな?でも普通に戦っても面白くないんで、この武器ができたらOKです。あと、こんな衣装とかあるといいなあ」
エマは手裏剣とクナイ、それからマキビシなども地面に絵を描き説明し、忍者の衣装まで細かく指定する。忍者のコスプレを楽しみたい……だけではなく、武器を収納する為に必要なのであった。
「騎士はまず剣術で勝負するんだということを教えてやってくれ」
「まぁ……剣術だけで勝負なら敵わないですけどね」
「じゃあ、俺が剣術の稽古をつけてやろうか?」
エマはプルプルと顔を横に振る。
「騎士団長直々に稽古とか、恐れ多すぎて無理です!」
剣を振るカッコイイエドガーが見れるのなら、「是非お願いします!」と土下座をしてでも頼みたいところなのだが、万が一カツラがバレたらと考えると、エマは泣く泣く断るしかなかった。
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