【中編】脳筋な元聖女は、辺境騎士団に入団して旦那様の推し活中です

由友ひろ

第1章 出会い

第1話 聖女エマ・ブランシェ

「……ゥウッ」


 王宮内庭園、ガゼボ建設中に事故が起こった。屋根に登っていた大工が屋根から転落、足を複雑骨折してしまったのだ。

 すぐに王宮内にある神殿治療院に連絡がいき、治療士がかけつけた。


「エマ様だ!おい、エマ様が来てくださったぞ。もう大丈夫だ!」


 怪我をした大工の仲間が、「聖女様に治療してもらえるなんて、おまえついてるぞ」と怪我人の肩を叩いている。


(こんな怪我をしたのについている訳ないじゃない。ヒーッ、骨、骨、骨が見えてるから!)


 聖女と呼ばれた少女は、内心では悲鳴を上げながらも、落ち着いた様子を装って怪我人の側に膝をついた。聖女は顔をベールで隠すしきたりになっている為、怪我の状態を見て貧血を起こしかけているのはバレないですんだ。


「聖女様!制服が汚れてしまいます」

「汚れれば洗えばいいだけです。まずは怪我人を……」


(グロイ!ウワッ、痛そう!見たくないよー)


 少女は光魔法の出力を一気に上げ、一瞬で骨を治し傷口を塞いだ。

 怪我をする前よりも綺麗になった足を見て、少女はホッと息を吐いた。

 これだけの治癒魔法は、司教クラスじゃないと扱えない。少女が上位魔法である完治が使えるのは、聖女であるからだ。


 少女はエマ・ブランシェ、十九才。元は孤児院出身の平民だが、光魔法の属性のおかげで神殿に所属して治療院で働くようになったのが十年前。光魔法の最上位魔法である蘇生魔法が使えることがわかったのが二年前、そのせいで聖女認定されて第三王子の婚約者にさせられたのが去年だ。


 エマの光魔法が最短で進化を遂げたのは、ひとえに彼女が極度の痛がりだったからだ。自分だけでなく、他人が痛がっているのも駄目で、「そんなもの見せないでーッ!見てるだけで痛そうで無理!!」と、グロい傷を見たくない一心で治癒魔法を連発していたら、いつの間にか蘇生魔法が使えるまでになってしまい、神殿から聖女であると、いらないお墨付きまでもらってしまったのだ。


 そんな極度に痛がりなエマは、一年後の結婚が怖くてならない。


 婚約者であるチャールズ・ステアは、明るく優しいと国民に人気はあるが、ビビリのエマだけは、チャールズの優しげな笑顔の裏に、利己的で残忍な素顔が隠されていることを嗅ぎとっていた。そんなチャールズも怖いが、何よりも結婚した後に必ず訪れる初夜が無茶苦茶怖い!

 治療士ゆえに、強姦被害を受けた女性を治療することもあり、そんな経験がさらに初夜への恐怖を膨らませる原因にもなった。


(良し、逃げよう!!)


 普通に逃げ出したら、確実に連れ戻される。絶対に連れ戻されない場所、それは……そう!異世界しかない!!


 エマは、心血を注いで新しい魔法陣の構築に没頭した。その魔法陣が出来上がったのはつい数週間前だ。しかし、肉体という質量のある物を転移させるだけの魔力を貯めるには、いくら聖女認定されたエマの魔力をもってしても、時間が百年ほど足りなかった。

 故に改良を重ね、魂のみを転移させるのならば、一年魔力を魔法陣に注げばなんとかなる……というところまでたどり着き、今、エマの手首にはその魔法陣が組み込まれたブレスレットがはまっている。このブレスレットは、魔力がフルに貯まらないと外れないようになっていた。


 魔力を使えば使うほど、ブレスレットにも魔力が貯まるようになっている為、エマは朝から晩まで一日の休みもなく治療士として働いた。まさにその献身的な働きにより、聖女としての評価もうなぎ上りに高くなり、そんな評判の聖女との純愛をアピールした第三王子の株までついでに上げた。


 それから一年がたち、魔法陣には魔力が9 9.9%貯まった。

 エマが二十歳になった今日、聖女と第三王子の結婚式が行なわれる。


 エマは無事に異世界に転移できるのか?


 そして、逃げ出すことしか考えていなかったエマは、大切なことを見落としていた。

 転移をした魂には、それが入る器が必要だということ。そして、その器には元に魂が入っているということを。

 エマが入ることにより押し出された魂の行く末は……。


 ★★★


「チャールズ・ステア、汝は妻となるエマ・ブランシェを慈しみ、生涯愛することを誓いますか」

「はい、誓います」

「エマ・ブランシェ、汝は夫となるチャールズ・ステアの誓いを受け入れるのであれば、ベールを上げなさい。チャールズ、その誓いが真実であるならばエマに誓いのキスを」


 この誓いを受け入れれば、そこで婚姻が成立し、魔法による契約により魂が縛られることになってしまう。


 エマのベールを上げる手が震え、身体がそれを拒否するように、ベールを握ったまま動かない。エマの腕のブレスレットがカチャンと音を鳴らした。


 いつまでたっても動かないエマに業を煮やした大司教が、風魔法でエマのベールを跳ね上げた。


 エマのプラチナブロンドの髪もフワリと揺らめき、久しぶりにさらされた菫色の瞳が驚きに見開かれた。その顔色は青白く、不安と恐怖が見て取れた。

 今日、二十歳になったというのに、小柄で華奢な体格のせいか、気の弱そうな少女にしか見えない。


 チャールズの趣味は妖艶な美人の為、その対極にあるようなエマの見た目に軽く舌打ちした。聖女のしきたりで顔を隠されていた為、チャールズも今この時に初めてエマの顔を見たのだった。


 その舌打ちはエマにしか聞こえなかったが、それがチャールズに対する恐怖を増大させた。


(キスされる前に治癒魔法を使わなければ……。何か、傷……傷……)


 エマの肩に手を置き、今まさに顔を近づけてキスしてこようとしているチャールズの首元に鬱血痕キスマークを見つけ、エマは治癒魔法を行使した。

 清純な空気がチャールズを覆い、見えないところについていた鬱血痕まで、一瞬にして綺麗さっぱり消え去った。それと同時にブレスレットから黄金の光が溢れ出てエマを覆う。


「なんだ!いったい?!」


 驚いて手を離したチャールズだったが、黄金の光が落ち着くと恐る恐るエマの肩に手を置き直した。あの光が何かはわからないが、攻撃系の物ではないことは理解した。そうすると、自分を驚かせたエマに腹が立ってきて、チャールズは力任せにエマの肩を掴むと、とにかく誓いのキスを済ませてしまおうと顔を寄せた。


「ちょっと、痛いじゃないの!この変態!」


 いつもはベールの内側にこもって、聞き取りにくいくらい小さな声でしか話さないエマが、チャールズを怒鳴りつけたかと思うと、チャールズの顔面に掌底を打ち込んできた。その勢いでエマの腕からブレスレットが外れ、カーンと鋭い音をたてて床に落ちた。


 思ってもみなかった攻撃に、思わず尻もちをついてしまったチャールズが見上げた先に見たのは、驚きと嫌悪(イケメンが痴漢とか最低!)からゴミ虫を見るように見下ろすエマの菫色の瞳だった。


「チャールズ王子様!エマ・ブランシェ、なんてこと……って!オーラがオーラが無色に?!おまえ!聖女としての力をどこにやった!」


 大司教がワナワナと唇を震わせ、大勢の人の前でブレスレットを拾う為に屈んだエマを指差して叫んだ。


「は?」


 それからは怒涛の如く物事が進んでいった。


 結婚式は中止(新婦が新郎の顔面を張り手したんだから中止にもなるだろう)。


 いきなりオーラ測定とやらをされ、「白い!白だ!真っ白だ!」と叫ばれた。エマには、白の何が悪いのかもわからなかったし、オーラってなんだよ?!と思ったが、あまりに周りが騒ぎ立てるから聞くに聞けなかった。


 というか、ここどこ?あなた達誰?ついでにエマって誰よ?って感じなんだが、他人がパニクっていると、比較的自分は落ち着けてしまうもので、周りを観察しつつそこまでパニックになっていない侍女のような人を捕まえて、さりげなく話をふってみた。


 結果わかったのは、エマというのは自分のことで、聖女という職業をしていたこと。

 聖女エマのオーラは金色の核に七色に輝く美しいものらしく、それが白一色になってしまったから騒いでいるらしいということ。(オーラが何かはわからなかった。知ってて当たり前みたいな物らしい)

 エマには婚約者がいて、それが王子様だということ。つまり、さっきエマにキスしてこようとしていたのが王子様で、痴漢でもなんでもなかったらしいのだ。知らない間に自分が婚約していて、しかも結婚式の最中だったっていうのも驚きだった。


 オーラが白というだけで「無能」呼ばわりされ、あの顔だけ良いイケメン婚約者が目の前に現れ、「聖女じゃなくなった君は、ただの役立たずの孤児じゃないか。孤児となんか結婚できるか!婚約破棄だ!」と指を差されて言われた。人に指を差してはいけないと、イケメンだと習わないのだろうか?いや、イケメン関係ないか。世の中の他のイケメンに失礼だ。

 まだ顔を見たのは二回目(多分覚えていないだけだろうが)ではあるが、どうにも好きになれる人種とも思えなかったので、ありがたく婚約破棄を受け入れた。


 しかも、このやたら偉そうなイケメン、「おまえには新しい夫を用意した。無能な平民の癖に貴族の妻になれるんだからありがたく思え」とか、何様?(第三王子様です)発言してくれちゃって、この時は自分が誰だか何者だかもわからなかったから、とりあえずは承諾しておいた。


 だって、じゃあ出ていけと言われても、どこに行って何をして生きていけば良いかもわからなかったからね。


 という訳で、エマはウェディングドレスから質素で地味なドレス(誰かのお古らしい)に着替えさせられた。豪華なアクセサリー類は全て外されたが、床に落ちたあの質素なブレスレットだけは持っていくのを許され、僅かな私物の入った鞄を渡されたエマは、辺境行きの馬車に押し込まれたのだった。

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