第6話 実害

 フォーラムを送った後に、川口はスマホを使ってSNSのアカウントを一つ開設した。「新しい天気予報」というユーザーネームだ。この際ユーザーネームはなんでもいい。

 そのアカウントでは、川口が作った「旧時代」による天気予報とこれからの地球の気候変動の情報を中心に投稿することにした。

 まずは、翌日の天気と1ヶ月後の地球の様子を手短に書き込んで投稿する。

「とりあえず、明日の天気をば……。1ヶ月後の様子は……、最大海面上昇が+3mで、気温は例年に比べて2℃くらい高い、と」

 メッセージをネットの海に放流し、反応を待つ。

 1時間後、メッセージを見てみる。

「……全く反応がねぇ……」

 表示された数を示すPVは、たったの7。他人の画面に7回しか表示されていないのだ。

「ま、まぁ、作ったばっかりだし、初日はこんなものか……」

 スマホを机に置いて、天を仰ぐ。

「何か工夫しないと、PVは全く伸びないんだろうなぁ……」

 量子コンピュータに向き合い、そして一つ思った。

「天気予報だから、毎日やらないといけないのか……?」

 土日祝日に大学への登校が確定した瞬間だった。

 そして無情にも、時間は刻々と経過する。

 少し気温が上がった3月。日課のように毎日の更新を続けていると、多少いろんな人に見られるようになった。

 コメントも貰うようになったのだが、そのほとんどは誹謗中傷にも近い罵詈雑言の塊である。しかし、そんなものは見なかったことにするのが一番だ。

 そして最初に地球の気候変動を予測して1ヶ月たった。つまり答え合わせの時間でもある。

 その結果、赤道上の国家の海面上昇が+2.6m、日本沿岸では平均して+0.8m上昇した。

「割と精度の高い予測が出来ているな」

 第一印象はそんな感じだろう。

 そんな中、ある報道がされる。世界中の氷河がかなり早いスピードで溶けているのだ。このスピードは、川口が作った温暖化モデルに合致するレベルである。

 それに合わせて、気候変動に関する政府間パネルIPCCと、その母体である世界気象機関WMOが連名でとある発表を行う。

『これまでの気象データと世界中の観測の結果から、一つの結論を導きました。現在我々の時代は第四紀氷河時代の最中であると言われていますが、その氷河時代が終わりを迎えつつあるということです』

 氷河期の終わり。文字通りの言葉に、人々は一瞬何を言っているのか分からなかっただろう。

 現に、会見の場でも記者たちが困惑している様子が見受けられる。

『これはもう止めることは出来ません。各国におかれましては、それぞれこれから起こるであろう水害や、その他多数の災害に対処するよう、お願いします』

 そして最後に、こう付け加えた。

『我々は地球に敗北しました。母なる星は我々を見捨てたのです』

 国際機関所属の職員とは思えない発言に、記者たちは困惑するしかなかった。

 その報道を見た川口は、すぐに「新しい天気予報」に書き込みを行う。

『先ほどニュースにあった通り、氷河期の終わりが近いです。このアカウントでは、日々の気候変動について予測しています。どうか大切な人を守るために、ご活用ください』

 そうして送信する。

「……もっと、もっと発信しないと」

 川口は使命感から、気象予報に傾倒しそうになった。

 だが、友人の姿が思い出される。助けになってくれる友人の姿。それが、川口の暴走を止めてくれた。

「適度に肩の力を抜く……」

 一つ深呼吸をして、川口は量子コンピュータに向き合う。

 まずは日本の現状を把握しなければならない。バーチャルティーチャーを使って、現状の日本の気象情報を収集してもらった。

 それからさらに情報を抽出し、海面変動の情報を取り出す。

 数値からグラフへと分かりやすく変換すると、線形的に上昇しているのが分かるだろう。

「このままだと、近いうちに沿岸部が沈むぞ……」

 この予測は、温暖化モデルでも予測済みの状態である。

 川口はすぐに「新しい気象予報」に書き込もうとしたが、すでに遅かった。

『速報です。地球温暖化の影響の一つと思われる海面上昇により、江戸川区を中心に浸水が発生しています。近隣住民の方は、落ち着いて避難を行ってください』

 地球温暖化による海面上昇は、まるで大潮の時のようにゆっくりと着実に浸水していく。

 それが最初は水たまりのように、次第に大雨で浸水した時のようになる。

 江戸川区などに位置する海抜0m地帯を中心に、海水が流入してくるだろう。数日前は目立たなかった海水も、常に道路を流れるようになる。そしてそれは、0m地帯に流れ込み、二度と排水されることはない。

 これによって、一部の交通網が麻痺する。東京のことだからなおさら大変なことだ。

 事の重大さに気が付いた住民は、すぐに避難を開始する者としない者に分かれた。

「どうして逃げないんだ……? 危険はすぐそこまで迫っているのに……」

 この場合、生存性バイアスというのだろうか。そのような心理が働いているのかもしれない。

「駄目だ……、俺一人の力じゃどうにもならない……」

「そこは僕たちが何とかしよう」

 そういって部屋に入ってきたのは、山下先生であった。

「今しがた大学と統合気象学会から返事が返ってきてね。SNSを使った危険予報の周知というのが許可されたよ」

「本当ですか!?」

「今は川口君のノウハウを生かすことしか出来ないけど、大丈夫?」

 それはすなわち、川口の負担が増すことを意味している。

 だが、もう大丈夫だ。

「いけます。やらせてください!」

「よし。そうなれば、まずは打ち合わせからだな」

 そういって予定の調整に入った。

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