第122話 魔物退治のプロフェッショナル
ダンジョンの周りは実に静かなものだった。
誰もが楠の事を警戒し、自衛隊にも周囲一帯を封鎖されていたから。
おかげで遠くからでも奴の姿がよく見える。
ダンジョンの入口のすぐそこで鎮座する様子がな。
そんな奴もとうとう俺に気付いたらしい。
立ち上がってダンジョンからのしりのしりと出てきた。
動画で見た時と同様、肩側部と腹部に人質が紐でくくられたままだ。
もう誰も疲れ切っていてぐったりとしているようだが。
「遅かったなァ、待っていたぜェェェ間宮彼方ァァァ……! てっきりビビり散らかして漏らしてんのかと思ったよォォォ」
まるで口の中で何かを転がしているかのような声だ。鈴かな?
目立ちたいっていう奴の欲求と自尊心が形になったかのようだよ。
ただ、対峙してみるとやはり大きい。
単純に考えて人間の約二倍の大きさだからな、見上げないと見きれない。
おまけにあの四本の剛腕……まともに殴られたら即死はまぬがれないな。
「だがよォォォ来たからにはてめぇは容赦しねェェェ! ここはダンジョンの外でェ、ステータスの恩恵もなァァァい! つまりてめぇはもうイカサマもズルもできねェェェって事だよォォォ! ギャッハッハッ!!」
ああ、その通りだ。
今回ばかりはまずいかもな。
なにせ相手は魔物で、常時ダンジョン補正がかかってるような相手だから。
対する今の俺はいわばレベル0。
軒下のレベル補正すら無い状態だ。
頼れるのは自身の肉体と培った経験のみ。
――だが!
「なぁに黙ってンだよォォォ? マジでビビっちゃってんのかぁ?」
「……ああ。正直、怖くて怖くて仕方がないよ。まさか本当に自分の力だけで魔物と戦う日が来たのかってさ」
「ヒヒヒッ!! だったらその恐怖をォォォ俺が塗り潰してやるよォォォ! てめぇのきたねぇ血でよォォォ!」
奴が待ちきれんとばかりに走り込んで来る。
地面を揺らしながら、腕を振り上げつつ!
来るぞ、奴の攻撃が!
集中しろ!
理解しろ!
把握しろ!
周囲のすべてを即認識し、すべての可能性を洗い出せ!
奴は魔物でも、生物である事に変わりはないんだ!
ならば避ける事は可能なはず!
直後、巨拳による突き降ろしが地面を打ち抜いた。
アスファルトを砕き、拳をうずめてしまうほどに強く! 振動まで及ぼして!
しかし俺はかろうじてかわせていた。
咄嗟に背後へと跳ねた事で。
「おいおい、かわすんじゃねェよォォォ……! さっさと潰れちまえよォォォ!」
再び奴の攻撃が来る!
巨腕を活かした大振り横薙ぎの拳が!
それもバックステップでなんとかかわし、距離を保つ。
その直後に別の腕が振り抜いてきたが、それさえ体をずらして間一髪避けた。
「こいつッ!!? ちょこまかとォォォ!」
一発一発のプレッシャーがすさまじい。
一撃でももらえば即終了、その事実が俺の精神をゴリゴリと削ってくる。
常に極限状態。
一瞬でも油断すればその時点で死はまぬがれないだろう。
――でも、これなら避けれない訳じゃない!
「避けるんじゃねェェェ! くたばれよ、くたばれよ間宮ァァァ!!」
拳を振り抜き、さらに腕をスイングさせてなんとか当てようとしてくる。
それも俺は体をひねって跳んで避ける。
掌で潰そうとしても指の間をかいくぐって避ける。
二本の腕で同時攻撃されても間をぬって避ける。
連打してきてもすべて避ける。
避けて、避けて、避けまくる。
「なんでだ!? なんで当たらねぇんだよォォォ!!?」
……ああ相変わらずだ、この感覚は。
軒下ではいつもこうしてギリギリの戦いを求められるから。
すでに体になじんで、もう感覚的に敵の攻撃を理解できるんだよな。
おかげで奴の攻撃がすべて丸見えだ。
特性も、練度も、その底力さえも。
「おかしいだろおッ!? 僕は魔物でェェェ! てめぇは人間ンンン!! どう考えたって僕の方が強いィィィ! あの司条遥だって今なら越えられるはずなんだァァァ!!!!!」
さらなる攻撃が来ても無駄だ。
もう俺はお前の攻撃を見切ったよ。
自慢の尻尾でさえ、かわし方を工夫すれば余裕をもって避けられる。
でもこれは決して油断なんかじゃない。
俺の中で構築された理論が完成したからこそ、だ!
「アアアアちくしょうがァァァ!!! 死ねっ! 死ねっ! 死ぃねェェェェェェ!!!」
奴の攻撃はそれだけ単純過ぎるんだよ。
まったく技術も経験も活かせていない。
ただのパワー任せの素人パンチを放っているに過ぎないんだ。
そう、つまり楠自体はそこまで才能に溢れている訳じゃないという事。
ただ戦い方を知って、少し他よりも優れていただけの男でしかない。
その点で遥は違ったよ。苦戦する訳だよな。
すべての攻撃を瞬時に理解し、見切り、俺達の手をことごとく封じてきたから。
それは単に、なにより才能がずば抜けて溢れていたからに他ならない。
それと比べると楠の実に単調なこと。
攻撃力は高くとも鈍重で、細かい制御も効かない。
おまけに軌道も読みやすく、思考さえ読み取れそうだ。
まったくの素人なんだよ。
俺にとって、この動きは!
「クッソがあああ!!! ――うっげぇ!?」
だからそれを証明するために、今度は避けながら一撃を見舞ってやった。
腕の関節、そのちょうど境目を狙ったナイフの一突きで。
「ギッヒィィィ!!?? 僕の、僕の無敵の腕に傷がァァァァァァ!!?!?」
大きければ大きいほど、弱点もまた大きくなる!
魔物で生物である限り、この理屈は避けられないんだよ!
たとえ他の装甲が堅くても、収縮する筋肉だけは硬く出来ない。
その場所を見極め、狙ったのだ。
杉浦三佐から預かったこのナイフで深々と突き刺してやったぞ! どうだ!
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だァァァ!!! この僕がもう負けるわけがないんだ! ぼぼぼくは無敵デ最強ノプレイヤァァァァァァ!!!!!」
「思考も魔物化し始めたか。それでプレイヤーだなんてよく言えるよ。だから――」
……目論見通りだ。
冷静さを失えば最後、その性質に歯止めはきかない。
魔物化した事で理性を保たせにくくなるからなおさらだろうな。
つまり戦いはこれからだ。
ここから一気に、お前を追い詰めてやる!
魔物化してしまった事を後悔するほど、存分になッ!!!!!
「お前を倒して証明するッ!! 魔物化なんて理不尽ですらないのだとなッ!!!」
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