第97話 魔物となってしまった遥
信じられない事に、遥が魔物と化してしまった。
まるで金属のような質感を持つ異質な存在に。
それも三メートルにも届きそうなほどに巨大化して。
今までの大型ボス級と比べるとまだ小さい方だ。
だけど強さはもはや計り知れない。
なにせ元々の才能と、経験と、ダンジョンにおけるレベル補正がある。
おまけに軒下で鍛えた分もあるからこそ、普通のプレイヤーで太刀打ちできるかどうかさえわからない。
そんな奴が威圧感をギラギラと放ちながら一歩、また一歩と近づいて来るのだ。
軒下事情を知らない匠美さん達でさえ引かざるを得ないらしい。
あの異様さ、もう人間らしさは欠片も残されていない。
強いて言うなら今のアイツは――魔物遥だ!
「あは、あははは! キャハハハハ!!」
「「「っ!?」」」
「ユカイ、ユカイ! 美味しそうなお肉タチ! 自ら食べて欲しそうに待っているゥ!」
「な、何言うとるんやコイツ!?」
「ワタクシ、とてもお腹が空いていますの! だからとてもとても食べたイィ!」
こんな声を発しているのは艶やかで丸い顔から。
金属感があるにもかかわらず柔らかに歪み、大きな唇のようにぱっくりねっとりと開かせて喋っている。
どういう仕組みになっているんだよ、あれは……!
「でもね、でもね、ワタクシ、もし食べて良いのならカナタが食べたいですの」
「なっ!?」
「きっとあなたのお肉、とてもとても美味しいでしょウ。そしてあなたのお肉を取り込めば、今よりもさらにずっと強くなるでしょウ」
「何を言っているんだお前は!? 正気じゃないのか!?」
「ウフフフ、いいえワタクシ、とても正気ですわヨ。すごく食欲でス。あなたが好物で、他の肉はゲロマズですすワ」
どんどん言葉が支離滅裂になっている……!?
魔物化した事で言語能力が極端に落ちて来ているのか!?
だけど記憶はあきらかに遥かそのものだ。
だとすれば軒下の事も、俺達が強いという事も知っている。
その上で取り込もうとしているんだ。
だからこそ軒下と関係無いプレイヤーは眼中にない、そういう事なんだな!?
「けぇどォ!」
「!?」
「それでもォ、もっと食べたい! 骨までしゃぶり尽くしたい人がいますのォ!」
「ま、まさかそいつって……!?」
だけど遥の狙いはもう俺ですらなかった。
奴の首がぐにゃりと歪み動いて狙いを定める。
俺の背後にいた、つくしへと向けて。
「つくしィィィーーーーーーッ!!! ワタクシの友達ィ! あなたを食べ尽くす事がァ、ワタクシの夢でェ! 食欲ゥ! あァオオオーーーーーーッッッ!!!!!」
「クッ、まずいぞ、みんな逃げろおおおーーーーーーッ!!!!!」
そうして狙いを定めた瞬間、遥が叫びを上げた。
金切り音を混ぜた不快な絶叫を。
途端に肌へビリビリとした感覚が走る。
それだけ奴の殺意が凄まじいんだ!
でも、それでもッ!!
「行かせるものかよぉぉぉ!!!」
「ヒヒッ!?」
ゆえに俺は魔拳闘法で即座に飛び出す。
両拳にマナを込めたまま一瞬にして懐へと飛び込んだのだ。
タイミングに問題はない。
インパクトを決めれば、こんな細い腰など――
「あっはァァァ!!!」
「な、何ィィィ!?」
だが俺の拳は、外れていた。
外されたのだ。ぐにゃりと芯のような体を歪ませる事によって強引に。
見るからに堅そうな体なのに。
明らかに当たったはずなのに。
奴はそれさえ見切っていた!?
魔物になる前に俺の動きを見ていたからかあッ!!?
「つぅくぅしィィィーーーーーーッッッ!!!!!」
「あ、ああ……」
「くっ、走れつくしィ! ダンジョンの外までえッ!!!」
そんな遥は俺さえ無視して部屋の入口の方へ。
立ち尽くしていたつくしへと一直線に走っていく!
クソッ、あまりにも勢いよく飛び出してしまって、これじゃもうとても追い付けない!
なんとかみんなには自力で逃げてもらわないと!
すでに全員が出口へ向けて走り込んでいる。
これなら他の人達は逃げる事もできるだろう。
だけどつくしは俺の事を心配して足を止めてしまった!
澪奈部長とモモ先輩に引かれているけど、これじゃあ追い付かれてしまうぞ!?
一体どうすればいい、どうすれば――
「!? こ、これは……!?」
けどその時、俺の足元に長杖が転がっていた事に気付く。
さっきの戦いで負傷した人が落としたものだ。
ゆえに俺は咄嗟に杖を蹴り上げその手に掴む。
そしてすかさず構え、遥へと向けて魔法を解き放った。
「〝
すると刹那、つくしと遥の間に光の壁が形成される。
その直後に遥の腕剣が突き出されたが、壁に当たった途端にぐにゃりと曲がってあらぬ方向へ。
よし、間に合った!
「こ、これはなんですのォ!?」
さらに俺は杖を即座に一回転。
固有技〝
「〝
直後、杖先から極大の光波砲が撃ち放たれた。
人一人分もの太さを体現した超出力レーザー魔法だ!
それが一瞬にして光の壁へと打ち当たり、さらには反射して遥の行先を阻む。
その超絶圧力を前に、魔物遥でさえたまらず跳び退いていた。
なにせ直撃すれば、着弾した岩壁を瞬時に溶岩と化せるほどの熱量だからな!
ただ、おかげで杖の先端も出力に負けて蒸解してしまったが。
「カナタァ……そんな隠し玉をまだ隠し持っていたのですわねェ……!」
「ああ、悪いな。それにどちらかというと、俺は前衛より後衛の方が得意なんだ」
「なんですってェ?」
「だから、満足したいなら俺と戦った方がいいかもしれないぞ……!」
「くひ、くひひっ! イイ、イイですワァ! それもそれで面白そうですのォ……!」
でもいい感じに引き付けられた。
これでつくし達は難なく逃げる事ができるはず。
よし、澪奈部長達が無理矢理つくしを連れて行ってくれたみたいだ。
これなら俺も本気で戦う事ができるだろう。
さぁて、あとはどう対処するか。
きっと遥は中途半端に戦って勝てるほど甘くないだろうからな……!
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