第91話 謎カエルちゃん

 今回の連層ダンジョンは九層構造だったようだ。

 記録では過去最長が十層らしく、攻略難易度を考慮するとまちがいなく過去最大級と言える。


 しかし連層式の特徴は、難易度がどの層も比較的安定している事。

 たとえダンジョンコアのある層であろうと敵が強くなりすぎたりする事は無い。


 ――な、はずなんだけど。


「ちっさ! かわ! 何あのカエル!」


 俺達が最後に遭遇した相手は、なんだか奇妙なカエル風の魔物。

 見る限りだと、今までの魔物と比べてもとても強そうには見えない。


 大きさは遠目で見て人の腰くらいまでだろうか。

 それでも直立しているし、目が大きいから二頭身に見えてデフォルメ感が強い。

 コンと似たような雰囲気を感じる、愛嬌のある存在だ。


 そんなのがケートス戦並みの大部屋の中央にちょこんと陣取っている。

 しかも目も大きいからか、俺達に気付いてじっと見つめてきているし。


 でも襲ってくる気配は無い。

 俺達が陣形を整えていようもボケーっと突っ立ってるだけで。


 時々口をパクパクさせていて妙に可愛いなコイツ!


「……襲ってこないね」

「それだけ余裕があるのか、あるいは敵意が無いのか」


 雰囲気から察するに、まだ誰も遭遇した事がない相手らしい。

 となると慎重に事を進めないと。

 可愛いからと油断すればどんな目に遭うかもわからないからな。


 ――え?


「え、ちょ」

「待って待って、どういう事!?」

「あいつ、そっぽ向いてるぞ!?」


 なんだ、どういうつもりだ!?

 奴がいきなり背中を向けてきた、だって!?

 それどころかピョンと一つ跳ねて少し奥へ行ってしまった。


 まさかこれ、無理に戦う必要はないのでは……?


「これってぇ実はコンちゃんみたいに懐柔できたりしない~?」

「いや、無理だ。あいつの意思が読み取れないから」

「ウフフ、まるで上の空みたいな感じですものね……」


 もし相手に対話の意思があるならすでにやっている。

 しかし奴は俺達に意識そのものを向けていない。

 これでは交信自体ができないんだ。


「ゲコ」

「あきらかに戦意無いよね、あれ」

「もしかしてこれ、ダンジョンコア狙えるんじゃない……?」


 ……それもありかもしれないな。

 このまま膠着状態に陥ってもらちがあかないし。


 幸い、この部屋にフィールドらしき効果はかかっていない。

 地面もかさついた黒土だけだし、高く広い天井に罠らしきものも見当たらない。

 進むにも特に問題は無さそうだ。


「よし、ならいっそそうしてみようか。ゆっくり、奴を刺激しないように奥へ行こう」


 みんなも同意らしく、揃って首を縦に振っている。

 意思が統制できているなら混乱する事もないだろう。


 そう理解し、俺達は壁沿いにゆっくりと進み始めた。

 あくまでも視線はカエルの方へ、盾部隊を前面に構えさせつつ。


 それで時間をかけて部屋半分の所まできたのだが。


「カエルちゃん、まだ何もしてこないねー」


 まるで動きが無いな。

 せいぜいあくびをして退屈そうにしているくらいで。


 本当にこのままコアを破壊できてしまうのでは?


「間宮君、進軍速度を上げよう。この布陣ならある程度は無茶も利くし」

「いや待て、慎重に進めないと何があるかわからない」

「でももうコアはすぐ目の前だろ? ドブはる並みならものの数秒で届く!」


 でもそんなコアを前にして、統制にほころびが生まれ始めてしまった。

 この状況で混乱するのはとてもまずい。


 たしかにコアまでもう五〇メートルと無さそうな距離観だ。

 軽装タイプで一斉に飛び出せば、何か起きる前に破壊できるかもしれない。


 しかしもしあのカエルがボス扱いなら話は別だ。


 その場合、コアの耐久度は異様にまで跳ね上がる。

 ダンジョンはボスがいる場合、倒さないと攻略しづらい仕様になっているから。


「こうなったら軽装部隊で先陣を切って――」

「けどあのカエルがボスだった場合、反撃をもらうのでは――」

「いっそあのカエルをさっさとやっちゃえば――」

「みんな、落ち着け!」


 なんて事だ、ここで人数の多さが裏目に出たか……!

 いきなり意見が錯綜し始めて止まらなくなってしまった。

 匠美さんや凜さんみたいな人は辛うじて落ち着いているが、この状況はまずい。


「君が行かないのなら我々達が先導する! GO麗聖っ!」

「お、おい!?」

「私達も行くわ!」「俺も!」


 だめだ、もう止められない!

 来栖川君や東雲さんら麗聖を筆頭に半数が飛び出してしまった!

 いくらカエルが無害だからって油断し過ぎじゃないか!?


「アカンでこいつァ。ったく、あんのアホゥ共が……!」

「ぼ、僕達どうすればいいんでしょう?」

「緒方君は匠美さんに従って守る事に集中してくれていい」


 気付けばもういつものコア目掛けての競争状態に。

 を跳ね上げてしまうほどに大勢が勢いよく走り始めていく。


 なんて事だ、日本最高峰のトップスでもこうなってしまうのか?

 せっかくここまで意思統一できてきたのに台無しじゃないか。

 これではとてもじゃないが戦略志向を推し進めるなんて――


 ――え、泥?


「な、に……!?」


 しかしここで初めて気付く。

 いつの間にか、足元が異様にまで湿っていた事に。

 かさついていたはずの黒土が僅かな水で浸っていた事に。


 それどころか、急激に水位が上昇していく……!!


「ッ!!? まずいッ!! みんな何も考えず跳べえええッ!!!!!」

「「「ッ!?」」」


 だから俺は咄嗟にこう叫んでいた。

 湿気どころか冷気さえも感じていたからこそ。


 ゆえにその刹那――なんと地面がたちどころにして凍りつく!


 それどころか床一面に刺々しい氷棘さえ形成。

 反応の出遅れたプレイヤー達が一挙にして足を貫かれてしまっていた。


 一方の俺達は幸いにも無事だ。

 俺もつくしも遥も自力で跳ね、モモ先輩も澪奈部長に掴まれて一緒に跳んでいる。

 緒方君も匠美さんに掴まれていて、他の大阪チームや五位チームもしっかりと跳ね飛んで難を逃れていた。


 だがそれ以外がボロボロに。

 一部メンバーは逃げられているが、半数以上がまさに地面へ釘付けだ。

 中には思わず尻餅を突いてさらなる被害まで生まれているぞ!?


「〝初級熱波術ヒートウェイヴ〟!」


 そこですかさずモモ先輩が地面へ弱めの炎熱魔法を展開する。

 おかげで一帯の氷棘が解け、無事に着地する事ができた。


 だが……


「「「うわあああ!!!」」」

「痛い、痛いよぉ!」「う、うう、足があああ!」

「くっ、人の話を聞かないからっ!」


 もはや被害は甚大だ。

 貫かれた足は凍傷さえ引き起こし、炎熱を受けても治る気配はない。

 一人ほどに至っては今の拍子に体をも倒したらしく重篤状態である。


「ゴゲ、ゴゲーッゲッゲッゲッ!」

「や、野郎……笑ってやがる!」

「なんてこと、これは全部あいつの仕業だったっていうの!?」


 そしてこの惨状を引き起こしたであろうカエル野郎は遠くで跳ねていた。

 それも嬉しそうに手を叩きながら、高々と笑い声まであげて。


 奴め、ずっとこれを狙っていたっていうのか!

 油断させるためにずっとすっとぼけていたのかよ……!


 ――だとすれば、奴がこのダンジョンのボスだという事か!


 ならなんとかして奴を倒さないと被害は増え続けるばかりだ!

 こうなった以上はもはやパワーゲームだろうとやってやるしかない!!

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